印度學佛教學研究
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ウパグプタ伝説の諸伝承
――マーラ調伏譯を中心に――
山崎 一穂
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2012 年 60 巻 3 号 p. 1214-1219

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抄録

本論文ではアショーカ王伝説の一部をなすウパグプタ伝説所収の一挿話マーラ調伏譯を取り上げ,11世紀にクシェーメーンドラによって著された仏教説話集Avadanakalpalata (Av-klp),12世紀にビルマで編纂された宇宙論文献Lokapannatti (Loka-p)所収本の源泉資料解明を試みた.比較対照に供したのはDivyavadana (Divy),漢訳『阿育王伝』,『阿育王経』,『大荘厳論経』,『賢愚経』,『注維摩詰経』,チベット僧ターラナータの『仏教史』所収の七つの並行話である.マーラ調伏譯はLODERS [1926]の先行研究に基づくと概ね二系統に分類することが可能である.すなわち『大荘厳論経』の梵本であるKumaralata(二世紀後半)のKalpanamanditikaを大幅に借用して著されたDivy,漢訳『阿育王伝』,『阿育王経』の三本と『大荘厳論経』に代表されるDivy系統伝本,それ以外の非Divy系統伝本である.Av-klpはDivy系統に属する.尤もAv-klpにはDivy系統伝本の伝える内容の欠落や相違を示す場合もあるが,いずれもクシェーメーンドラの省略或いは彼による物語の肉付けと見なし得るものである.これに対しLoka-pの所伝は犬の屍に関する記述が非Divy系統のものと一致することから,非Divy系統の伝本に親近性を示す.Loka-pにはマーラとウパグプタの神通力競争に関する記述が存するが,これには『賢愚経』,『根本説一切有部律破僧事』における外道と舎利弗の神通力競争モチーフに並行個所が見られる.従ってLoka-pの編者がこのモチーフに着想を得て,類似のモチーフをマーラ調伏譯に挿入した可能性が考えられる.

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© 2012 日本印度学仏教学会
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