印度學佛教學研究
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中世真言僧における宋代翻訳経軌の受容
――杲宝を中心に――
亀山 隆彦
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2017 年 65 巻 3 号 p. 1310-1315

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抄録

中国における仏典翻訳事業は,9世紀半ばに一度途絶するが,それからおよそ160年後,当時中国を治めていた宋の皇帝,太祖,太宗,あるいは真宗の手厚い援助により再興する.彼らは,当時の都に訳経院と呼ばれる施設を作り,そこに数多の梵文仏典を集積し,法天(Dharmadeva),天息災(Devaśāntika),施護(Dānapāla)といった僧をして,その翻訳にあたらせた.法天らは,11世紀半ばまでに263部573巻の仏典を翻訳したと伝えられるが,武内孝善氏によると,その47パーセント,123部は密教関連の経典ないし儀軌であった.また,それら翻訳された密教経軌の中には,『ヘーヴァジュラタントラ』や『秘密集会タントラ』といった,いわゆる後期密教に属するものも少なからず含まれていた.

先行研究でも指摘されるように,非常に多くの,極めてバラエティに富む密教経軌が,10世紀から11世紀にかけて一時に漢訳された.それらは中国のみならず,韓国や日本の仏教者にもひろく閲読されたと思われるが,本論では,これら宋代に翻訳された密教経軌の日本における受容について考察する.特に,真言密教僧がそれら経軌をどのように読み,また,いかなる影響を被ったか考えてみたい.

真言僧が,宋代翻訳経軌をいかに受容したかという問題については,既に千葉正氏が論考を試みている.千葉氏は,鎌倉・室町時代を代表する東寺の学僧,杲宝の『アキシャ鈔』『秘蔵要文集』といった著作を検討し,それら文献中の教学議論において,施護あるいは天息災訳の密教経軌が,極めて重要な役割を担っていることを指摘する.筆者も,このような千葉氏の方法論にならい,杲宝の主要著作の一つである『大日経疏演奥鈔』に確認される宋代翻訳経軌の引用および解釈を検討し,上述の問題について考察を試みる.

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© 2017 日本印度学仏教学会
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