印度學佛教學研究
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チャンドラゴーミンのkarman論
川村 悠人
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2018 年 66 巻 3 号 p. 992-998

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抄録

バルトリハリは,Vākyapadīya 2.486において,「Mahābhāṣyaに示された種に従うチャンドラ師など」が,文法学伝統を再び繁栄させたことを語っている.ここに言及されるチャンドラ師がチャンドラ文法の創始者チャンドラゴーミンであることは,一般に認められている.バルトリハリが,文法学伝統の復興に尽力した先師らのうち,チャンドラゴーミンをその筆頭とし,しかもācāryaという敬称を付して彼の名を挙げていることを考慮するならば,チャンドラ文法に保存された文法理論は,パタンジャリからバルトリハリへと継承され発展する文法学伝統に思索を巡らす上で,看過し得ないものと言わねばならない.本稿は,パーニニが規定するkarman(行為対象,〈目的〉)をチャンドラゴーミンがどのように自身の文法体系に組み込んだかという問題に焦点をあて,チャンドラゴーミンとバルトリハリの思想的繋がりを見ようとする試みである.バルトリハリのkarman論の全貌は小川2008; 2012; 2014; 2015などに明らかにされており,我々はその研究成果を利用して,同理論とチャンドラゴーミンのそれとを比較できる時代を迎えている.

チャンドラゴーミンは,Aṣṭādhyāyī 1.4.49: kartur īpsitatamaṅ karmaの規定から「行為を通じて到達しようと望まれるもの(īpsita)であること」,すなわち「行為を通じて到達されるべきもの(āpya)であること」をkarmanの特質として抽出し,その特質がAṣṭādhyāyī 1.4.49–51が規定するkarman全てに妥当すると見る.そして,これら三規則が説明する言語表現を網羅できるものとして,Cāndrasūtra 2.1.43: kriyāpye dvitīyāの定式化に至る.このことは,チャンドラゴーミンがバルトリハリと同様,karmanを「行為主体によって行為を通じて得ようと望まれるもの」と意味論的に規定する一規則にAṣṭādhyāyī 1.4.49–51は短縮されうる,という考えを有していたことを示す.

他方,チャンドラゴーミンはパーニニ文法のさらなる簡易化を図っている.彼は「話者の意図」(vivakṣā)に依拠することで,意味論的には規定しえないkarman,例えばgrāmam adhiśete「村に住まう」における「村」などをも,Cāndra­sūtra 2.1.43の射程に収めているのである.これは,より簡易簡潔な(laghu)文法体系を目指した必然的結果と言える.

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© 2018 日本印度学仏教学会
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