印度學佛教學研究
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馬鳴,無著,世親――『釈軌論』第5章より――
堀内 俊郎
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2022 年 70 巻 3 号 p. 1109-1114

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抄録

 馬鳴(Aśvaghoṣa)の著作群は従来考えられてきたよりも大きな影響を後代の作品に及ぼしていたことが近年明らかにされている.ところで,世親作の経典解釈方法論でありチベット語訳としてのみ残る『釈軌論』のうちの第5章では,仏法を敬意をもって聴くべきことを示す話や偈頌,すなわち法話の例が,様々に提示され,解説されている.筆者は今回,同章が馬鳴の『ブッダチャリタ』から1偈を引用し,注釈していることを発見した.これは世親論書における同論の引用が指摘された初めての例であろう.他方でまた,同章末尾には『スートラ・アランカーラ(『荘厳経論』)』という著作から2偈が引用されていることが知られていたが,その出典や詳細は不明であった.今回,そのうちの2番目の偈は,『大乗荘厳経論』12.6偈と完全には一致しないものの,多分に類似することが見出された.この事実に対してはいくつかの解釈の可能性が考えられるが,もっとも高い可能性は,『釈軌論』同箇所は馬鳴の『荘厳経論』からの引用であり,一方,『大乗荘厳経論』当該偈は,馬鳴の同論の偈頌を素材にして作成されたものだということである.タイトルの類似から両『スートラ・アランカーラ』の関連は推測されてはいた.すなわち,『大乗荘厳経論』は馬鳴の『スートラ・アランカーラ』の大乗版(大乗・荘厳経論)であるという可能性が.しかし,後者は後代の文献での断片的な引用などによってしか知られておらず(いうまでもなく,漢訳の『大荘厳論経』(T no.201)は全くの別文献である),前者との具体的な関連は不明であった.今回のこの発見は,馬鳴の『荘厳経論』と無著の『大乗荘厳経論』の関連を初めて実証的に裏付けたものとなろう.

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