2022 年 70 巻 3 号 p. 1234-1237
義淨(635-713)訳『觀所緣論釋』(GSYLS)および『成唯識寶生論』(BSL)は,ダルマパーラ(Dharmapāla, 護法, 6c)の思想および,それがインドや中国の唯識仏教の発展へ与えた影響を理解するために重要な文献である.GSYLSは,ディグナーガ(Dignāga, 陳那, ca. 480-540)著ĀlambanaparīkṣāとVṛttiに関する注釈書であり,BSLは,ヴァスバンドゥ(Vasubandhu, 世親, 4-5c)著Viṃśikā(またはViṃśatikā)とVṛttiに関する注釈書である.
しかし,GSYLSとBSLには義淨の漢訳しか現存しないため,ここからダルマパーラの思想を解明しようとする場合,意味が曖昧な点が多く解読は困難である.したがって,GSYLSとBSLに描かれているさまざまな認識に関する複雑な議論を詳細に分析するためには,義淨訳の表現特性や特別な用語などについて理解することが不可欠である.
本論文は義淨訳において特定の意味がある用語表現に焦点を当てるものである.まず,その特別な用語表現に基づいて,対論者の異議(pūrvapakṣa)とそれに対する解答(uttarapakṣa)について説明する.さらに,義淨訳の解読を難しくしている特徴について二点挙げておく.一つは,同一サンスクリット語に対して複数の漢訳を当てていること,もう一つは,サンスクリット語の漢字音写をそのまま使用していることである.