印度學佛教學研究
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『大雲経』におけるナーガールジュナについての予言――ポタラ宮所蔵のサンスクリット語写本に基づく一考察――
葉 少勇
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2023 年 71 巻 3 号 p. 1004-1009

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抄録

 チャンドラキールティは『入中論注』において,『大雲経』からナーガールジュナについての予言を引用している.すなわち,将来,「Nāga(-āhvaya)と呼ばれる比丘」(nagāhvayo bhikṣuḥ)が現れ,仏陀の教えを広めるだろう,という部分を指す.この予言に関連する内容は『大雲経』の漢訳とチベット語訳に見られるが,nagāhvayaに対応する語句はどこにも見られない.そのため,この予言は真にナーガールジュナを指しているのか,という疑問がすでにプトンによって指摘されていた.

 現在知られている『大雲経』の唯一のサンスクリット写本はポタラ宮に保存されている.この写本の中で予言される人物は「Tathāgatanāga(-āhvaya)と呼ばれる比丘」(tathāgatanāgāhvayo bhikṣuḥ)である.この呼称は文中において繰り返し現れるため,たんなる筆記者のミスとは考えられない.また,この読みはチャンドラキールティの説明にも符合する.しかし,『大雲経』のチベット語訳において,対応する内容は「如来と同名の比丘」(de bzhin gshegs pa dang ming ’thun pa’i dge slong)となって,この読みは前後の文脈から外れるのではない.

 音節と音節の形が近似しているため,もともとサンスクリットの読みは,チベット語訳に一致する「如来の名前と[同じ]名前をもつ比丘」(*tathāgatanāmāhvayo bhikṣuḥ)であるべきだが,後にいくつかの伝本の中でtathāgatanāgāhvayo bhikṣuḥと誤写されるようになったと考えられる.このような事例は,最初こそ書写中の偶然のミスとして出現したものであったが,読者にとっては『楞伽経』の有名な表現である「nāgāhvayo bhikṣuḥ」を思い起こさせるものであって,最終的にその形がテキスト全体における諸用例を統一するために使用され,ついにポタラ本を由来とする,新しいテキストの系統を生み出すことに至ったのかもしれない.『大雲経』中のナーガールジュナに関する予言がインドでは主に中観派の伝統において言及されるので,これを中観派の伝本と呼ぶことも可能であろう.

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