2023 年 71 巻 3 号 p. 988-991
本稿は,初期仏教における善巧方便(Upāya-Kauśalya)について論じたものである.筆者は,善巧方便の意義と歴史性という二つの主要なカテゴリーに焦点を当てている.大乗仏教における善巧方便については,Michael Pye(マイケル・パイ)やJohn W. Schroeder(ジョン・シュローダー)など,様々な仏教学者によって研究されてきた.しかし,初期仏教における善巧方便については,これまで,あまり注目されてこなかった.この教義は後のマハーヤーナ(Mahāyāna)諸経典Aṣṭasāhasrikāprajñāpāramitāsūtra(アシュタサーハスリカー・プラジュニャーパーラミター・スートラ),Vimalakīrtinirdeśasūtra(ヴィマラキールティ・ニルデーシャ・スートラ)Saddharmapuṇḍarīkasūtra(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ)などの形成と発展に影響を与えたのである.初期仏教において,善巧方便という用語は明確ではなく,また後世のマハーヤーナ(Mahāyāna)諸経典ほど言及されているわけでもない.しかし,善巧方便と研究することは,初期仏教における説法の形能を明らかにすることにつながる.研究対象は主に,初期仏教における善巧方便について書かれた『ニカーヤ』(Nikāya)と研究書である.調査の結果,筆者は善巧方便という概念が,梵天(Brahmā)が釈尊に衆生のために説法することを頼むという伝承とともに,『ディガーニカーヤ』(Dīghanikāya),『アーグッタラニカーヤ』(Aṅguttaranikāya)『ジャータカ』(Jātaka)において,非常に早く登場することを見出した.