抄録
転倒・転落は, 高齢化社会のQOL阻害因子として重要な問題である. 本稿では, 転倒・転落を来たしやすい症例に出会った時の診断プロセスをフローチャートで示した. 手順としては, まずどのような環境で転倒したのか外因分析から始める. そして股関節, 膝関節, 足変形など整形外科的要因をチェックし, さらに向精神薬や降圧剤の服薬状況を把握することが大切である. 続いて病的要因の上位にランクされるめまい, 筋力低下, 痙性, 運動失調, 錐体外路症状, 失立・失歩などを順を追って検討する.
純粋易転倒症候群pure easy falling syndrome (PEFS)は, まさに転びやすさを主徴とする症候群である. この病態にはさまざまな疾患が関与する. とくに進行性核上性麻痺(PSP)や正常圧水頭症(NPH), 失立・失歩が背景にある可能性がある. PSPは, 疾患自体が転倒のリスクとなるほど転倒と密接な関連を持つ. NPHは, 起立歩行障害を呈し, 転倒の原因疾患として重要な位置を占める. これは髄液シャント術で症状の改善が望めるので知っておくべき疾患である. 失立・失歩は, 感覚障害や痙性も運動麻痺も錐体外路症状もないのに, 急に倒れることを特徴とする. その原因には感覚性ニューロパチーや頸髄症, 視床病変がある. 頸髄性失立・失歩は頸椎権牽引で症状が改善するので常に念頭に置くべきある.
転びやすさの背景にある新たな病態に注意を払い, より広い視野で高齢者の転倒・転落問題を見定め, 背後にある神経機構を明らかにし, 予防法を確立しなければならない.