2009 年 2 巻 p. 94-107
「剥き出しの生」とは、アガンベンによって、法制度の外にある「生政治」を意味するものとして導入された。「強制収容所」がその例である。しかし、「剥き出しの生」は、20世紀の強制収容所に見られるだけではない。近代資本主義成立期に見られた奴隷制度もまた「剥き出しの生」といえる。そして、その「剥き出しの生」は、近代が生み出した光の側面である「人権」の観念と密接に結びついていた。
ハイチにおける黒人奴隷の反乱は、フランス革命において人権宣言が採択された2年後に起きたが、それは近代の端緒における「剥き出しの生」と「人権」のパラドクシカルな関係を示すシンボリックな出来事であった。「人権」の観念はまぎれもなく近代という歴史性が刻印されている。にもかかわらず、普遍的に妥当するものとして扱われるのである。
「統治」や「生政治」は後期フーコーのキーワードであるが、同時にフーコーは「啓蒙」や「批判」についても強い関心を寄せていた。本稿は後期フーコーのこの二つの側面の関係を、近代と剥き出しの生という形で問題提起する試みである。