本稿の目的は,期待損失の増加と減少に対する経営者の貸倒引当金計上行動に非対称性が見られるか否かについて検討することにある。その分析から以下の点を発見している。第1 に,期待損失の増加に対しては貸倒引当金を引き当て,期待損失の減少に対しては貸倒引当金の取り崩しを限定的に留める計上行動の非対称性が確認された。第2 に,貸倒引当金のなかでも裁量性が高いと考えられる個別貸倒引当金に関して,不良債権の増加と減少に対する計上行動の非対称性が顕著に現れることが確認された。本稿の結果は,近年関心が高まっている期待損失に対する貸倒引当金計上行動の経済的帰結を分析する上での示唆を有していると考えられる。