抄録
法医学は、医と法の間の無数の接点において発生するさまざまな問題を、医学的観点から解決することを目ざしており、人の死を正面から見すえ、死因論を主要テーマにおいている。法医学実務にたずさわる者のすべてが、現在のわが国の状況では、「変死体」や「異状死体」に関し、その死因や死亡時刻などを正確に判定するための監察医による検屍および剖検制度が不十分であると、痛切に感じている。そのため、人の死にかかわる刑事および民事上の諸問題が不適切に処理されて死者の名誉や遺族の権利がそこなわれたり、地域によって扱いに不平等が生じる危険性をはらんでいる。すでに死亡した人の体にメスを入れることに対し、日本人の多くは抵抗を覚えるであろうが、同じ社会に属する個人の死を正しく判定して社会的に認知することは、その個人の人生を社会的に完結させ、意味あるものとするために必要であり、このことは、死を通して生の意味を問う「生命倫理」の態度につながるものと思われる。