2021 年 31 巻 1 号 p. 37-45
昨今、民間保険会社において遺伝情報の利用規制に関する検討が重ねられている。本稿では、契約後に発病した被保険者の疾病が遺伝性疾患であることを理由に、支払査定時に「先天性条項」を適用して保険会社の免責を認めた裁判例から、遺伝情報の利用規制において検討すべき課題を明らかにする。同裁判例は、遺伝子検査によらず臨床診断に基づき遺伝性疾患と診断された場合、被保険者が当該疾患により不利益な取り扱いを受けても遺伝情報に基づく差別的取扱いと認識されないこと、そのため、遺伝情報の利用規制によっても不利益取扱いを回避できず、規制の趣旨を没却する可能性があることを示唆する。医療情報と遺伝情報の峻別が困難であることを前提に、利用規制が対象とする「遺伝情報」とは何なのか、議論を尽くす必要がある。さらに、遺伝性疾患を有する者に生じる本裁判例のような不利益に対しどのような介入が可能なのか、保険業界のみならず社会全体でのオープンな議論が望まれる。