抄録
道徳哲学的にみたとき、「自己決定」とは、「いくつかの選択肢の中からーつの選択肢を他人の強制によらずに選ぶ」ことを意味する。とすれば、純粋に「自己決定」による中絶とは、「産むことも可能であるが、あえて産まないことを選ぶ」ということになる。このような意味での中絶と「避けることのできないやむをえざる決定」としての中絶は明確に区別されなければならない。ところで、純粋な意味での女性の「自己決定」の権利が常に胎児の「生きる」権利に優越するということは自明ではない。女性の「自己決定権」は母体外で生存可能な胎児の生死を決定する権利を含んではいない。しかし、他方、母体外で生存不可能な胎児については、母体を使用する権利、したがって、「生きる権利」を与えるのは、女性の「同意」である。本稿は、この「同意」を妊娠が単なる「可能性」ではなく「現実」になったときに与えられるべきものとして位置づけている。