日本顎咬合学会誌 咬み合わせの科学
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症例報告
歯科技工士によるリレー連載 How to 技工製作 その6 デンチャーワーク
─簡単なゴシックアーチ・トレーシング
跡部 雅彦
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2010 年 30 巻 3 号 p. 254-259

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抄録

はじめに
総義歯製作におけるチェアーサイドの手順は,大別して
①印象採得
②咬合採得
③試適
④装着と考えられる.
それぞれに重要なミッションであるが,その中でも咬合採得は難易度が高い.ゆえにトラブルも多い.そもそも無歯顎(総義歯)患者は,咬合高径だけでなく水平的な下顎の偏位がある顎関節内障である場合が多い.
一般的に咬合採得の術式は,咬合床のワックスリム(蝋堤)を熱したスパチュラ等で軟化させ,口腔内に装着して「ハイ,噛んで」と患者に指示するのが通法であろう.しかし,時として高齢などの理由により耳が遠くなり,口腔内を診査してみると顎堤は著しく吸収し,フラビー化や舌肥大が見られるうえに,唾液が介在した口腔内状態で,限られた時間内に正確な顎位を記することの難しさは誰にでも想像できる.そしてそのデータに誤差が生じているとしたら,決定的に歯科医師と歯科技工士そして患者との信頼は失われ,再製作などの時間的・経済的な損失をも生じさせることになる.しかもその発生頻度は少なくはないはずである.
水平的顎位の決定に際し,「目で見て確認できる」ゴシックアーチ・トレーシングは有効な手段である.しかし実際の普及率が低いのも事実である.その理由の1つは面倒な操作と思われていること,2つめはゴシックアーチ・トレーサーを組み込める歯科技工士が少ないのではないか考えられる.
そこで,ゴシックアーチ・トレーサーの組み込み法を臨床例により,普段着的に紹介する.用意するものは,ゴシックアーチ・トレーサーだけである.日常の技工手順の中にほんのひと手間の感覚で取り入れていただきたい.
Ⅰ.ゴシックアーチ・トレーサーの選択
ゴシックアーチ・トレーサーを選択するにあたっては,主として次の点を基準にしている.
①組み込みの簡便さ
②トレーシング時の安定性・正確性
③シンプルで堅牢で安価
これらの点から,下顎に描記針を持つ口内描記法のHAゴシックアーチ・トレーサー(東京歯材社,阿部晴彦先生開発)を採用した(図1,2).
Ⅱ.模型作製
1 模型作製
各ランドマークの記入(図3)
2 咬合床作製(図4,5)
Ⅲ.咬合採得
1 正中,咬合平面確認(スマイルライン)
2 リップサポート調整
3 人工歯選択(図6)
Ⅳ.ゴシックアーチ・トレーサー組み込み
1 咬合器装着(プロアーチⅠ 使用)
平均値でマウントする(図7).
2 下顎仮床の咬合平面に対し,ゴシックアーチ・トレーサーのトレーシング・ピンを水平に固定する.
スタイラスを前後,頰舌的中央に位置させ,トレーシング時の仮床の安定を図る(図8,9).
3 トレーシング・ピンにスぺーサーをのせ,さらに描記板をのせる(図10,11).
4 描記板をマウントされた咬合高径で上顎仮床に固定する(図12,13).
咬合器上で前後,左右に運動させ,上下仮床が干渉しないようにする(本症例では試適も同時に行うため,上顎人工歯を排列した)(図14,15).
Ⅴ.ゴシックアーチ・トレーシング
1 マーカーを描記板に塗布
口腔内に装着し,ゴシックアーチ・トレーシング(図16,17)
2 ゴシックアーチ・アペックスに直径1.4 mmのラウンドバーで0.5mmの深さに凹部の形成をする(図18).
3 アペックスの凹部にスタイラスが入っていることを確認し,シリコーンでチェック・バイト採得(図19)
4 「目で見て確認」する(図20)
Ⅵ.有歯顎に組み込む場合(本例は上顎が有歯顎であるが,同様な技法で下顎にも応用可)
1 模型作製(図21)
2 咬合高径(図22)
3 咬合器装着(平均値で)(図23,24)
4 ゴシックアーチ・トレーサーの組み込み
上顎模型にシリコーンが入るスペースをパラフィン・ワックスでリリーフする.その上に人で仮床を製作する.リリーフしたパラフィン・ワックスを外し,接着材を塗布後シリコーン印象材を盛り,模型にもどす(図25 ~32)
下顎仮床の咬合平面に対し,ゴシックアーチ・トレーサーのトレーシング・ピンを水平に前後,頰舌的中央に固定する.
スぺーサー,描記板をのせて上顎仮床にマウントされた咬合高径で固定する(この症例では描記板を適当な大きさに削合した).
次いで咬合器を運動させ,上下顎間にスタイラス以外は無干渉であることを確認(図33 ~38).
おわりに
だれでも避けて通りがちな総義歯製作から見た咬合を「目でみて確認」できるよう,写真を主体としたアトラス形式で紹介した.読者諸賢の臨床に少しでも裨益するところがあれば幸いである.
最後に,ご高閲いただいた榊原功二先生に深甚なる謝意を表する.
〈URL http://a-technic@coffee.ocn.ne.jp〉

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© 2010 特定非営利活動法人 日本顎咬合学会
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