抄録
本稿は、マネジメントの父ピーター・F・ドラッカーが、自身の著作においてコーチングという概念を積極的に取り上げなかった理由を考察するものである。ドラッカーは人間開発や自己実現の重要性を説きながらも、コーチングという用語を避け続けた。本稿では、この背景にドラッカーの「心理学的啓蒙専制(enlightened psychological despotism)」批判があるという仮説を提示する。ドラッカーは、心理学的知見を他者の操作に利用する手法を知識の自壊的濫用として警戒していた。1970年代のコーチング周辺には、人間開発運動や自己啓発セミナーなど、支配的な介入を伴う実践が混在していた。ドラッカーの沈黙は、こうした「人間成長の名の下に行われる心理的支配」に対する警告として解釈できる。