抄録
本研究は,長野県松本市の中央西土地区画整理事業を事例に,地方都市における中心市街地再開発のメカニズムについて,商店経営者の戦略を中心に分析したものである.衰退著しい中心市街地の再開発は,今や地方都市に共通の政策課題となっているが,一方で,これらの再開発はハード事業に偏重し,ソフト面での活性化には結びつかない「ハコモノ主義」であるとの批判も継続的になされてきた.本来,商店街を活性化させるはずの再開発が,なぜハコモノ主義として批判されるようになったのか.この問いに答えるため,本研究では再開発の主たるアクターである商店経営者に着目し,インタビュー調査をベースに,再開発に対する彼らの「戦略」が転換していく様を描き出すことを通じて,中心市街地再開発のメカニズムを明らかにした.松本市では,1970年代に進められた松本駅周辺の再開発によって,商業重心が既存商店街から駅周辺地区へとシフトした.これに危機感を抱いた商店経営者らは,行政とインフォーマルな関係を構築することで既存商店街の再開発計画を推進したが,1980年代を通じて計画は停滞した.この停滞は,構造的には地方移転支出の削減という財政的要因によって説明されるが,それとは異なる文脈として,商店街の規範や大店法強化などを背景に,現状維持的な戦略を志向した商店経営者の影響を指摘することができる.1990年代に入ると,大店法の緩和を契機に,松本市の再開発計画は大きな展開をみせた.大型店問題に対応する形で行政内部に推進体制が整備されたことに加え,開発主義を標榜する市長の誕生によって,自主財源や地方債にもとづく再開発への積極的な投資がなされた.また,都市間競争などをスローガンに中心市街地への投資が正当化され,各種地域団体の動員も図られた.しかし,商店経営者の戦略はこうした枠組みとは必ずしも連動していなかった.商店街組織や個々の経営体が弱体化した既存商店街では,固定資産税の増加などを契機に撤退戦略が波及する一方,かつての成功体験や商店街への愛着などの要因が複合的に作用して,商店街に残留する戦略がみられた.残留した地権者は,経営継続とテナント賃貸業への転換という戦略に分かれたが,これによるテナントの供給増や若年層向け大型店の新規立地に対応して,新たに商店街へ進出する戦略もみられた.このように個々の商店経営者の戦略が多様化したことは,区画整理事業の展開や事業後の経営環境の維持にプラスに作用した.その一方で,戦略の多様化によって商店街と行政との相互依存的関係が維持されなくなったことは,中心市街地再開発の目的を商店街振興から都市成長へとシフトさせ,行政主導の再開発を加速させるという結果をもたらしたのである.以上のようなメカニズムの理解を踏まえて,今後,新しい都市空間を創造していくためには,ローカル・ガバナンスを構築することが不可欠である.すなわち,かつてのような行政と組織化された商業セクターのインフォーマルな関係ではなく,「協働」の論理によって結びついた多様なアクターによって開発が進められるべきである.そうした関係の中では,もはや商店経営者は従来のようなヒエラルキー型組織の一員ではなく,NPOやボランティアなどと同様,主体性を持った一市民としてまちづくりに参加することが求められている.日本の地方都市における今後の都市空間形成は,このような地域に潜在している知的・人的資源を活用しながら,地域性を考慮した事業を展開していくことが重要になる.そうした事業は,いわゆる都市開発だけではなく,環境や福祉,観光,交通など,様々な政策分野と関連性を持った内容となるだろう.