2012 年 29 巻 2 号 p. 157-161
41歳女性。健康診断で高カルシウム(Ca)血症を指摘され,原発性副甲状腺機能亢進症(pHPT)の診断で当科に紹介された。入院時血清Ca は14.9mg/dl,intact PTH(iPTH)は1,245pg/mlと著明な高値を呈していた。画像上,長径7cmの右副甲状腺腫瘤を認めた。血清Ca値,iPTH値および腫瘤の大きさから副甲状腺癌が疑われたが,画像検査で浸潤傾向が認められないため,右上もしくは右下副甲状腺腺腫によるpHPTとの術前診断で手術を施行した。副甲状腺腫瘤には,周囲組織への浸潤所見は認められず腫瘤のみを摘出した。摘出副甲状腺は14.2gであり,病理学的に副甲状腺腺腫と診断された。
副甲状腺腺腫による原発性副甲状腺機能亢進症(primary hyperparathyroidism, 以下pHPT)はまれな疾患ではないが,その臨床像によっては副甲状腺癌との鑑別を要する場合も存在する。
当科において著明な高カルシウム(Ca)血症を呈し,副甲状腺癌との鑑別を要した巨大副甲状腺腺腫の1例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する。
患 者:41歳,女性。
主 訴:特になし。
既往歴・家族歴:特記すべきことなし。
現病歴:健康診断で高Ca血症を指摘されたため近医を受診し,高intact PTH(iPTH)血症と副甲状腺腫大からpHPTと診断され当院初診となった。
入院時現症:身長148.5 cm,体重42.7 kg,血圧100/60 mmHg,脈拍90 /分整,頸部に腫瘤・リンパ節ともに触知しなかった。また,骨痛や神経・精神症状もなかった。
入院時各種検査所見:血清Ca14.9mg/dl,iPTH 1,245pg/mlと両検査の異常高値を示したほかは末梢血液一般,生化学,甲状腺機能いずれも正常範囲内であった。腰椎L2-L4の骨密度検査ではT score -6.77SDと著明な骨粗鬆症を認めた。
頸部超音波検査:甲状腺右葉の外背側に4.5×1.9×1.4cm大の甲状腺を前方に圧排する腫瘤を認めた。腫瘤は内部に囊胞を伴うもののほぼ均一,境界は明瞭で明らかな浸潤傾向は見られなかった(図1)。他部位の副甲状腺腫大,甲状腺腫瘤や頸部リンパ節の腫大を認めなかった。

頸部超音波検査
a:矢状断像 甲状腺右葉の外背側に囊胞を伴う副甲状腺腫瘤を認める。
b:横断像 甲状腺右葉(*)は前方に圧排されているが境界は明瞭である。
頸部CT検査:右頸部に大きさ7×3×3cmの内部が不均一に造影される腫瘤を認めた。周囲脈管と気管を圧排しているもののその境界は明瞭で超音波所見と同様に浸潤傾向は見られなかった(図2)。

頸部CT検査
a:横断像 甲状腺右葉の外背側に境界明瞭な副甲状腺腫瘤(矢印)を認める。
b:冠状断像 副甲状腺腫瘤(矢印)は気管,脈管を圧排しているが境界は明瞭である。
99m Tc-MIBIシンチグラフィ検査: Early像,Delay像ともに右頸部に広範囲な集積の亢進を認めたが,左頸部・縦隔内に集積の亢進は見られなかった(図3)。

99mTc-MIBIシンチグラフィ検査
a:early像。
b:delay像。両像ともに通常の右甲状腺の位置に集積を認めるが,頸部以外の異常集積は認められない。
喉頭ファイバー検査:両側ともに声帯の動きは良好で,反回神経麻痺は認められなかった。
以上より,血清Ca値,iPTH値および腫瘤の大きさから副甲状腺癌が疑われたが,画像検査で浸潤傾向が認められないため,右上もしくは右下副甲状腺腺腫によるpHPTとの術前診断で手術を施行した。
手術所見:全身麻酔開始直後より1時間かけて,病的副甲状腺同定を目的にメチレンブルーを点滴静注後[1],手術を施行した。メチレンブルーは保険適応収載されていないため,院内製剤として調製し文書でinformed consentを取得して使用している。頸部襟状切開を行い,甲状腺右葉の外背側にメチレンブルーに染まった右副甲状腺腫瘤を認めた。甲状腺,気管,食道,筋組織などの周囲組織との癒着はほとんどなく,圧排所見のみであった。通常の位置にメチレンブルーで染まっていない米粒大の右上副甲状腺を認めたため,右下副甲状腺腺腫と診断し,腫大した右下腺のみを摘出した。腫瘤摘出10分後の術中迅速iPTH測定にて,300pg/mlと低下していることを確認,また術中迅速病理診断で摘出した腫瘤が副甲状腺腫瘍であることを確認して手術を終了した。
摘出標本:腫瘤径は67×28×20mm,重さ14.2gであった(図4a)。

a:摘出検体 大きさ67×28×20mm,重さ14.2g。
b:病理組織検査(弱拡大) 悪性所見のない腫瘍組織を認める(*)。腫瘍辺縁に圧排された非腫瘍性副甲状腺組織を認める(矢印)。
c:同(強拡大) 管状・囊胞状に増殖する副甲状腺腺腫組織。
病理組織学的所見:HE染色にて腫瘍細胞が管状・囊胞状に増殖しているものの悪性所見はなく,腫瘍周辺に非腫瘍性の副甲状腺組織,いわゆるnormal rimを認めたため副甲状腺腺腫との診断を得た(図4b,c)。
術後経過:手術翌日のiPTH値は6pg/ml,血清Ca値は11.4mg/dlであった。術翌日よりアルファカルシドールと乳酸カルシウムの内服を開始し,経過良好で術後第6病日に退院となった。術後12病日にはiPTH値が50pg/dlと正常化し,術後6カ月目にはアルファカルシドール,乳酸カルシウムともに内服の必要はなく,血清Ca値は9.1mg/dl,iPTH値61pg/mlと正常範囲内となっている。
pHPTは高Ca血症の原因として最も頻度の高い疾患のひとつであり,本邦では生化学検査の普及に伴い無症候性pHPTも含めて有病率は0.02〜0.04%程度と報告されている[2]。pHPTの原因となる病的副甲状腺は80〜90%が良性腺腫であり[2,3],甲状腺癌の頻度は1〜5%程度と報告されている[4〜7]。
副甲状腺腺腫と副甲状腺癌の臨床的鑑別点は1.血清Ca値が14mg/dl以上,2.頸部腫瘤を触知,3.片側性反回神経麻痺などが挙げられている[8]。また副甲状腺腺腫と副甲状腺癌症例の臨床所見を比較した文献によると血清Ca値は腺腫症例の平均が11.9mg/dl,癌症例の平均が13.4mg/dl,iPTH値はそれぞれ191pg/ml,506pg/ml,長径はそれぞれ21mm,31mmと有意差をもって癌症例が有意に高いCa値,iPTH値を呈し,また腫瘍径も大きい[9]。
副甲状腺腺腫の大きさは通常70mg〜1g程度であるが,本症例では14.2gと巨大であった。文献的には102g[10],110g[11]と本症例を大きく上回る重量を有する症例が報告されているが,それら症例の血清Ca値はそれぞれ10.6mg/dl,12.8mg/dl,iPTH値は763pg/ml,139pg/mlと甲状腺癌を疑うほどの高値ではなかった。また,重量3.5gを上回る大きな副甲状腺腺腫26例をまとめた報告では,血清Ca値の平均は12.5mg/dl,iPTHの平均は451pg/mlであり,共に3.5g以下の副甲状腺腺腫症例との間に有意差は認められなかった[12]。上記より本症例では腺腫が巨大で血清Ca値も著明高値であったが,腺腫の大きさと血清Ca値には関連性が弱いものと考えられる。
本症例では血清Ca値が14.9mg/dl,iPTH値が1,245pg/ml,長径約70mmであり,頸部腫瘤の触知と反回神経麻痺は指摘されなかったが,副甲状腺癌との鑑別が必要であった。超音波検査において副甲状腺腫瘤の縦横比が1以上の場合甲状腺癌を疑うべきと報告されているが[13],本症例では縦横比が1より非常に小さく,境界も明瞭であったため副甲状腺腺腫と術前診断した。
術前の著明な高Ca血症に対しては利尿剤と生理食塩水の投与[14]やビスフォスフォネート剤の投与[14,15]が有効であるが,本症例では嘔気,神経症状,不整脈などの高Ca血症の症状が全くなかったため,それらの投与を行うことなく手術を施行可能であった。
病理学的に本症例は副甲状腺腺腫と診断されたが,病理学的に細胞形態のみで腺腫と過形成の判断がするのは困難であり,副甲状腺腺腫ではいわゆる“normal rim”と呼ばれる非腫瘍性の萎縮した副甲状腺組織が腫瘤周囲に存在するとされる[16]。本症例でも腫瘤が大きく検索に手間を要したが腫瘤周囲にnormal rimを認め,副甲状腺腺腫との診断を得ることができた。
本症例ではpHPTにより著明な骨密度の低下がみられる,いわゆる骨病変型pHPTであった。骨病変型pHPTでは術後長期にわたってカルシウム剤およびビタミンD製剤の投与を必要とする場合が多い[17]。本症例においては術後3カ月間の乳酸カルシウム,ビタミンD製剤の投与を必要としたが,その後は中止可能であった。しかし,今後も骨密度測定は定期的に行っていかなくてはならないと考えている。
副甲状腺癌との鑑別を要するほどの高Ca血症,高iPTH血症を呈した巨大副甲状腺腺腫症例を経験した。副甲状腺癌との鑑別には,術前の超音波検査や頸部CT検査とともに手術所見が重要と考えられる。
なお,本論文の要旨は第44回日本甲状腺外科学会学術集会(2011年10月7日,米子市)にて報告した。