2012 年 29 巻 2 号 p. 166-170
症例は61歳女性。20年来内科で高血圧にて経過観察されていた。レニン活性低値,アルドステロン高値,および腹部単純CTで1.5cm大の右副腎腫瘍を認め,原発性アルドステロン症疑いのため当科紹介受診。血管情報等を評価するための造影CTで水溶性ヨード造影剤によるアレルギー反応を認めた。水溶性ヨード造影剤使用による重篤なアレルギー反応を危惧し,機能局在診断のための副腎静脈サンプリング時の血管のマッピングに陰性造影剤である炭酸ガスの使用を選択した。左右の副腎静脈用カテーテルから炭酸ガスで両側副腎中心静脈のマッピングを行い,さらにマイクロカテーテルを副腎近傍に挿入しcone beam CTで位置確認を行った。両側副腎中心静脈からの静脈血をサンプリングし,右副腎からのアルドステロン過剰分泌を認めたため,CT所見に一致した右副腎原発性アルドステロン症と診断した。腹腔鏡下右副腎摘除術を施行し,術後1カ月の採血で血漿アルドステロン濃度は正常化,また術後3カ月で降圧剤から離脱可能となった。
近年,原発性アルドステロン症患者の術前に副腎静脈サンプリングは必要不可欠な検査となってきている[1,2]。水溶性ヨード造影剤アレルギーを認める原発性アルドステロン症患者に対して,標的血管のマッピングに陰性造影剤である炭酸ガスとcone beam CTを組み合わせて副腎静脈サンプリング検査を施行したので,若干の文献的考察を加えて報告する。
患者:61歳,女性。
既往歴:高血圧。
家族歴:特記事項なし。
現病歴:20年来内科で高血圧にて経過観察されていた。経過観察中,レニン活性低値,アルドステロン高値,および腹部単純CTで1.5cm大の右副腎腫瘍を認めたため,精査加療目的で当科紹介受診となる。
理学的所見:身長162.4cm,体重57.3kg,血圧162/102mmHg
血液所見:
末梢血;WBC 5,000/μl,RBC 389×104/μl,Hb 12.9g/dl,Ht 38.8%,Plt 17.7×104/μl
生化学;Na 142mEq/l,K 3.8mEq/l,Cl 104mEq/l,BUN 13.6mg/dl,Cre 0.7mg/dl,AST 16IU/l,ALT 15IU/l,CRP 0.3mg/dl
内分泌;ACTH 27.3pg/ml(7.2-63.3),コルチゾール 10.2μg/dl(4.5-21.1),アドレナリン 0.04ng/ml(<0.1),ノルアドレナリン0.42ng/ml(0.10-0.50),ドーパミン0.12ng/ml(<0.3),レニン活性0.4ng/ml/h(NA:not available),アルドステロン51.2ng/dl(3.6-24.0),DHEA-S 505ng/ml(70-1,770)
心電図:左室高電位。
経胸心エコー:心駆出率 69%,軽度左心肥大。
画像所見:造影CTで右副腎に15mm大の低吸収な結節性病変を認めた(図1)。副腎皮質シンチグラフィーでは,腫瘍に一致した右副腎への集積を認めた(図2)。
造影CT。右副腎に15mm大の低吸収な結節性病変を認める。
副腎皮質シンチグラフィー。腫瘍に一致した右副腎への集積を認める。
これらの所見から,右副腎原発性アルドステロン症が疑われた。術前に行った造影CTでは,水溶性ヨード造影剤によるアレルギー反応が認められ,収縮期血圧60mmHg台,酸素飽和度80%まで低下した。補液と酸素マスク装着で改善を認めた。副腎静脈サンプリング時の水溶性ヨード造影剤による重篤なアレルギー反応を危惧し,標的血管のマッピングに陰性造影剤である炭酸ガスの使用を選択した。ACTH負荷副腎静脈サンプリング検査の目的で当科入院となった。
炭酸ガスを使用した副腎静脈造影と副腎静脈血サンプリング方法:右鼡径部から大腿静脈を穿刺しシースを留置。負荷前静脈血の採血は,順に左副腎中心静脈,右大腿静脈,右副腎中心静脈からとし,ACTH(コートロシン250μg)を右肘静脈から投与後20分で,右副腎中心静脈,右大腿静脈,左副腎中心静脈の順に負荷後の採血を計画した。
その手技の実際は,血管造影室で透視下に行われ,5Frの左右の副腎静脈用に形成されたカテーテル先端部を両側副腎中心静脈の開口部へ各々誘導した。その確認として炭酸ガスによる血管造影を行った。炭酸ガスの注入は,フィルターを装着した減圧弁付きボンベにシリンジを装着し,空気が混入しないようにはじめに吸引した炭酸ガスは廃棄し,それ以降の炭酸ガスを用いた。注入量は手圧で1回3cc程度とし,DSA静脈撮影が行われた(図3,4)。
左副腎中心静脈造影。下大静脈,左腎静脈,左副腎中心静脈が造影されている。
右副腎中心静脈造影。下大静脈,右副腎静脈が造影されている。
通常の水溶性ヨード造影剤と比較して,炭酸ガスは気体であるため手圧による副腎実質の逆行性圧入造影は不可能であった。カテーテル先端が副腎静脈内に挿入されているかを炭酸ガスによる血管造影のみで判別することは困難であり,マイクロカテーテルを新たに両側副腎実質まで進めて挿入し,血管撮影装置のcone beam CT機能を利用してマイクロカテーテルの先端の位置確認をすることとした[3]。
左副腎中心静脈は解剖学的特徴からカテーテルの副腎静脈開口部への誘導とマイクロカテーテルの挿入は容易であった(図5)。右副腎中心静脈は,カテーテルが短肝静脈へ誤挿管される可能性があるため,cone beam CTでマイクロカテーテルの先端が右副腎内に存在していることを3次元画像で確認してから静脈血の採取を行った(図6)。両側副腎静脈サンプリングが終了するまでに約20ml程度の炭酸ガスを使用した。
左副腎近傍へのマイクロカテーテル挿入後の単純X線写真。左副腎中心静脈内の副腎近傍へマイクロカテーテルが留置されている。
Cone beam CT。肝臓と右腎臓の間隙に存在する右副腎にマイクロカテーテルの存在が確認できる。
結果:副腎静脈サンプリング検査結果を示す(表1)。ACTH負荷前,負荷後共に,右副腎静脈からのアルドステロン過剰分泌を認めた。
副腎静脈サンプリング検査結果
以上より,CT所見に一致した右副腎原発性アルドステロン症と診断した。経腹膜的に腹腔鏡下右副腎摘除術(手術時間:1時間55分,出血量:30ml)を施行した。術後1カ月の採血でアルドステロン値は正常化,また術後3カ月で降圧剤から離脱可能となった。
原発性アルドステロン症患者において,CTで発見された副腎腫瘍がアルドステロン分泌活性を有しているかどうかを負荷試験等の機能的確認検査で判断することは不可能であり,手術をする際には副腎静脈サンプリングによる機能局在診断が必要となる[1,2]。鈴木らは,副腎静脈サンプリングを施行しなければ誤った治療が選択されていた可能性のある原発性アルドステロン症患者は18%であったと報告している[4]。われわれも,CT等で発見できない微細なアルドステロン産生副腎腺腫を経験している。このような観点からも,副腎静脈サンプリングの重要性はさらに増していくものと考えられる。一方で,副腎静脈サンプリングは手技的な困難さからどの施設でも簡便に施行できるものではない。近年,マルチスライスCTで副腎中心静脈の解剖学的情報(右副腎中心静脈の高さ,下大静脈への流入角度など)が事前にわかるようになってきたと報告されている[5]。
本症例では,水溶性ヨード造影剤アレルギーのため,陰性造影剤である炭酸ガスを用いて副腎静脈サンプリングにおける標的血管のマッピングを行った。炭酸ガスを用いてX線透過性の変化を利用し血管を描出させる方法は,1950年代から使用され,その有用性が散見されてきた[6,7]。造影剤アレルギー患者の他に,腎不全の患者においても用いられている[8]。Bendibらは,1,600名以上の患者に炭酸ガスを静脈内投与し,合併症なく安全に施行できたと報告している[9]。炭酸ガスをはじめて患者の動脈内に投与したのはBartleyらで,コントラスト剤としてではなく,血管拡張剤として使用した[10]。その後,Hawkinsらによって動脈造影の造影剤として使用された[11]。炭酸ガスは血液よりも軽くその浮力を考慮した血管造影が必要とされるため,検査部位を挙上するなどの工夫も試みられている[12]。
炭酸ガスを用いた血管造影の際に起こりうる合併症として,1)呼吸不全患者における炭酸ガス蓄積の可能性,2)中枢神経へ注入された場合の神経毒性,3)vapor lock(血管内へのガスの貯留)があり,留意が必要である[13]。Rundbackらは,重篤な合併症として,小腸梗塞,横紋筋融解をおこし死亡した症例を報告している[14]。このことは,vapor lockや心不全による炭酸ガス滞留,炭酸ガス採取時の空気混入および注入部位の炭酸ガス組織分圧増加などが血管収縮を惹起させたと考察している[14]。炭酸ガス注入量を必要最小限とし,心不全症例ではさらに注意が必要である。Kariyaらは,上腕の動脈に炭酸ガスを注入し,大動脈に対する炭酸ガスの反射で一時的な意識消失を認めた症例を報告している[15]。炭酸ガスによる血管壁の圧上昇は注入圧と量に依存し,手動による炭酸ガス注入は血管面の圧を倍加させるため自動注入器の有用性も報告されている[16]。
炭酸ガスは,酸素に比して約20倍も血液に溶け,低粘調性,非アレルギー反応,腎毒性がないなどの特性を認める一方,コントラスト剤として用いるには検者のテクニックが必要とされている[17]。また,副腎静脈サンプリングは,血管造影の中でも難度が高いとされ,炭酸ガスを用いて行う場合さらに難度が高くなる。右副腎中心静脈は,下大静脈への流入位置や角度のバリエーションが多く,さらに短肝静脈と共通幹を形成したり,短肝静脈と近接して下大静脈に流入していることもある。炭酸ガスを陰性造影剤として用いた場合,副腎を逆向性に圧入造影することが困難なため,カテーテルが確実に副腎中心静脈に挿入されているかを確認することが重要となる。当院の血管造影室は被写体に円錐状のX線ビームを照射するcone beam CTが備え付けられており,それによりカテーテル先端の位置確認を行うことで,副腎静脈サンプリングの確実性を上げられたと考えられる。
水溶性ヨード造影剤アレルギーの原発性アルドステロン症患者に対して,陰性造影剤である炭酸ガスとcone beam CTを組み合わせて副腎静脈サンプリングを施行し,機能局在診断を行った。
本論文の要旨は第76回日本泌尿器科学会東部総会(2011年10月21日)で発表した。