日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
日本における膵内分泌腫瘍の内科的治療
伊藤 鉄英五十嵐 久人奥坂 拓史河本 泉今村 正之
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2012 年 29 巻 3 号 p. 220-224

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抄録

膵内分泌腫瘍(pancreatic neuroendocrine tumor:以下PNET)に対する治療においては正確な組織診断が重要で,さらに腫瘍の機能性,進達度,転移の有無を正確に評価し,腫瘍の分化度および悪性度に合わせた治療が必要である。外科的切除による治癒を目指すのが標準であるが,切除不能例では,腫瘍増殖を抑制し生命予後を改善させることと,臨床症状の改善の両方を目的とした治療が必要である。PNETに対する抗腫瘍薬に関して,本邦では化学療法は未だコンセンサスがなく,保険適応外レジメンが殆どである。一方,新規分子標的薬のEverolimusとSunitinibが大規模臨床試験で有用性を示しており,Everolimusが保険適用となった。また,膵・消化管NET診療ガイドラインの作成が進行中である。

はじめに

欧米ではPNETは膵腫瘍全体の約1~2%,年間有病数は人口10万人あたり1人以下と報告されている[]。日本でも実態調査[]および全国疫学調査が施行され欧米との相違なども知り得てきた[]。PNETの年間受療者数は2,845人と推定され,人口10万人あたりの有病者数は2.23人,新規発症率は1.01人である(表1)。機能性PNETは49.3%を占め,インスリノーマ38.2%,ガストリノーマ7.9%,グルカゴノーマ2.6%,ソマトスタチノーマ0.7%,である[]。欧米では診断時にすでに64%に遠隔転移を認め,5年生存率も27カ月と報告されているが(図1)[],日本では診断時に遠隔転移が認められたのは21%[]と欧米と比較すると低率であるが,やはり予後の悪い疾患である。しかしながら,PNETに対する抗腫瘍薬に関して,本邦では化学療法は未だコンセンサスがなく,保険適応外レジメンが殆どである。一方,腫瘍分子生物学の発展によって,PNETに対する様々な分子標的薬を用いたglobalの臨床試験が最近施行された。その結果,mTOR阻害薬であるEverolimusがわが国で保険適用となり期待されている。本稿ではPNETにおける診断で必要な病理学的分類,症候にも触れながら,PNETに対する内科的治療について総説する。

表1.

日本におけるPNETの疫学(2005)

図 1 .

神経内分泌腫瘍における遠隔転移例の原発巣別の平均生存期間と5年生存率。

(文献1より改変)

病理学的分類

2010年に神経内分泌腫瘍におけるWHO分類[]が改訂された(表2)。従来の病理組織学的分化度や生物学的悪性度分類とは異なり,特にKi67指数の値に重きを置かれている。表2に示すように,Ki67指数によりNET(neuroendocrine tumor)とNEC(neuroendocrine carcinoma)に大別され,NETはさらにNET G1(Grade 1)とNET G2(Grade 2)に識別される。また,神経内分泌腫瘍の分化度を知るためには,神経内分泌細胞マーカーの免疫組織染色による検索が必須である。NETではクロモグラニンA(CgA)やシナフプトフィジンをびまん性に強発現することが多い。一方,NECではシナフプトフィジンはびまん性に,一方CgAは弱くあるいは局所的に発現することが多い。

表2.

PNETのWHO病理組織分類(2000年,2010年)

PNETの症候

1)機能性PNETの症状

機能性PNETは腫瘍が放出するホルモンによる内分泌症状と転移性のものは生命予後にかかわる症状とがある。

a)インスリノーマ

主症状は低血糖である。これには中枢神経症状(頭痛,めまい,意識障害,痙攣)と自律神経症状(空腹感,発汗,振戦)に分けられる[]。長期におよぶと体重増加や記憶障害,知能低下をきたす例も認められる。

b)ガストリノーマ

Zollinger-Ellison症候群(膵や十二指腸のガストリン産生腫瘍により胃酸分泌亢進をきたし,難治性の消化性潰瘍を呈する症候群)としても知られる[]。

c)グルカゴノーマ

壊死性遊走性紅斑と呼ばれる特徴的な皮疹が有名である。他に舌炎,口角炎,体重減少,糖尿病などがある[]。

p

WDHA症候群として知られる。腫瘍からのVIP分泌により,腸からの電解質や水分泌が亢進する結果,激しい水様性下痢,低カリウム血症,代謝性アシドーシスが認められる[]。

e)ソマトスタチノーマ

糖尿病・胆石・脂肪便が3主徴であり,これらの疾患の精査中に発見されることがある[]。

2)非機能性PNETの症状

非機能性PNETでは特異的症状を呈さず,周囲への圧迫や浸潤など,腫瘍増大による症状や遠隔転移によって発見されることが多い[]。有症状症例において何らかの症状が出現してからPNETと診断されるまで,平均約22カ月を要した[]という報告もあり,PNETは実地臨床において頻繁に遭遇する疾患ではないが,常に鑑別診断として念頭に置いておくことが重要である。

PNETの診断

PNETの存在診断において,症状や画像よりPNETが疑われた場合,各種膵ホルモン基礎値を測定する。MEN-1合併頻度が高いことから,初診時スクリーニングで血清Ca,P値および副甲状腺ホルモンを測定する。腫瘍マーカーとして血中CgA測定が有用で,海外では診断・治療に不可欠とされているが,日本では保険適用がない。他に神経特異的エノラーゼ(NSE)も有用であるが感度は低い。インスリノーマやガストリノーマが疑われた場合,負荷試験を加えて存在診断を進める。インスリノーマではWhippleの3徴や,Fajan’s index(血漿インスリン濃度/空腹時血糖>0.3)などが知られているが,陰性例も存在する。存在診断のgold standardは72時間の絶食試験である[]。

多くは多血性で内部均一な腫瘍であり,典型例では診断は容易であるが,乏血性を示すものや囊胞変性を伴うような非典型例では,他の膵腫瘍との鑑別が必要となる。また,インスリノーマやガストリノーマでは腫瘍が小さいものも多く,正確な局在診断が重要である。症例に応じて超音波検査,CT・MRI,EUS,ERCPなどを組み合わせる。また,選択的動脈内カルシウム注入法(ASVS,SACI)は,腫瘍局在を判定する方法で描出困難な腫瘍の存在領域診断が可能である。

PNETの内科的治療

PNETにおいては外科的切除による治癒を目指すのが標準であるが,根治治療が困難な場合でも,原発巣や肝転移巣に対する減量手術が症状緩和や予後改善に有効とする報告もある。切除不能例では,腫瘍増殖を抑制し生命予後を改善させることと,臨床症状の改善の両方を目的とした治療が必要である。

1)薬物療法

a)分子標的薬

近年,PNETに対する様々な分子標的薬を用いたglobalの臨床試験が行われてきた。その結果mTOR阻害薬であるEverolimusとマルチキナーゼ阻害薬であるSunitinibが進行性PNET(NET G1/G2)に有効であることが示された。

1)Everolimus

進行性PNET患者(NET G1/G2)を対象としたRAD001(Everolimus)+BSC(best supportive care;至適支持療法)の併用療法 vs プラセボ + BSCの第Ⅲ相二重盲検試験(RADIANT-3)が施行された[10]。RAD001はプラセボと比較して,PFS(pregression-free survival;無増悪生存期間)の中央値を4.6カ月から11.0カ月に延長し,進行リスクを65%減少(ハザード比=0.35 p<0.0001)させた。有害事象[11]としては食思不振,全身倦怠感,皮疹,口内炎,頭痛,高脂血症,消化管障害,低リン血症,下痢,血小板減少,白血球減少が報告された。G3/4の有害事象としては口内炎,感染症,悲感染性肺炎,貧血,血小板減少が報告されているが頻度は少ない(表3)[10]。EverolimusのPNETに対する効能が昨年12月に国内でも追加承認された。

表3.

Everolimusの有害事象

2)Sunitinib

Sunitinibは細胞増殖抑制効果と,新生血管抑制効果が報告され,腎癌やgastrointestinal stromal tumors(GIST)で抗腫瘍効果が報告されている。1年以内に進行したPNET(NET G1/G2)に対してSunitinib(37.5mg/dayを連日内服)vsプラセボの二重盲検第Ⅲ相試験が行われた[12]。PFSの中央値はSunitinib群vsプラセボ群で,11.4カ月 vs 5.5カ月で有意にSunitinib群がPFSを延長した。有害事象としては,好中球減少,血小板減少,高血圧や手足症候群などが報告されている。国内でもPNETに対する早期の追加承認が期待される。

b)全身化学療法

進行性PNETに対する全身化学療法は本邦においては未だコンセンサスがなく,保険適用外のレジメンが多い。

【1】NET G1/G2に対する全身化学療法

1)Streptozocin

進行性の高分化型PNET(NET G1/G2)に対し,欧米で使用されてきた化学療法剤の中ではStreptozocin(STZ)が代表的であるが本邦では製造販売されていない。STZは5-FUもしくはDoxorubicinとの併用療法で臨床研究が行われてきた。NETを対象としたChlorozotocin,STZ / 5-FU,STZ / Doxorubicinの3群のランダム比較試験では,STZ/DoxorubicinがPFS 20カ月,OS中央値が2.2年と有意に良好な成績を示した[13]。現在国内でPNETおよび消化管NETに対するSTZの第Ⅰ/Ⅱ相試験が多施設共同で行われており,国内での早期承認が望まれる。他ではアルキル化剤であるDacarbazineの報告もある。

2)Temozolomide

Temozolomideは副作用が軽減されたDacarbazineの経口抗癌剤であり,国内では悪性神経膠腫に保険適用を得ている薬剤である[14]。進行性NET患者に対するTemozolomide単独療法の成績は,奏効率14%,SD(stable disease;安定)が53%,TTP(time to progression;増殖抑制期間)中央値が7カ月であった。他薬剤との併用療法の臨床試験も行われており,ThalidomideやCapecitabineやBevacizumabなどの薬剤との併用療法が期待されている[14]。

その他,PaclitaxelやIrinotecan/CDDP,Gemcitabine,Gemcitabine/Oxialliplatinなどの第Ⅱ相試験が行われているが,奏効率は0~15%程度にとどまっている。

【2】NECに対する全身化学療法

PNETのうち低分化型腫瘍(WHO分類2010でNEC)は病理学的に小細胞肺癌に類似しており,進行も非常に速いことから,小細胞肺癌に準じた治療が行われている。

c)ソマトスタチンアナログ(SA)

ソマトスタチンは広範な神経内分泌細胞でのペプチドホルモンの合成・分泌を阻害する作用を有している[15]。ソマトスタチン受容体(somatostatin receptors:SSTR)には5つのサブタイプが報告されており,多くのNETはSSTRを発現している。内分泌ホルモンの分泌抑制はSSTR2とSSTR5が,増殖因子誘導性の細胞分裂周期の進行抑制はSSTR1,2,4および5が,アポトーシス誘導はSSTR2および3が担っていると考えられている。Octreotide(Sandostatin®)はアミノ酸8個からなる合成環状オクタペプチドで,SSTR2とSSTR5に高い親和性を持つ。Octreotideは主にSSTR2に結合して,ホルモン過剰症状を改善する[15]。2009年に中腸由来の転移性高分化型NETに対するOctreotide LARの抗腫瘍効果が示されたが[16](PROMID study),PNETに対するSAの抗腫瘍効果に関しては十分なエビデンスは得られていない。

Pasireoside(SOM230)はSSTR1,2,3,5に親和性を持ち,Octreotideに比較して高い抗腫瘍効果が期待されている。現在,進行性PNET(NET G1/G2)に対してpasireoside LARとRAD001併用療法とRAD001単独療法のランダム化比較第Ⅱ相試験(co-operative study)がglobal試験として行われている。

おわりに

主にPNETの内科的治療について総説した。欧米と異なり,本邦では血中CgA測定とSRSが保険収載されておらず,診断が国際標準化されていないことが問題としてあげられる[17]。一方,治療に関しては進行性PNETに対する新しい治療薬がさらに開発されてきており期待される。また,疫学調査に関しても,第2回全国疫学調査(2010)が終了し現在解析中であり,5年間で日本の疫学がどのように推移しているのか結果を待ちたい。

【文 献】
 

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