日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
特集2
トリプルネガティブ乳癌の治療戦略
紅林 淳一
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2012 年 29 巻 4 号 p. 293-297

詳細
抄録

トリプルネガティブ乳癌(TNBC)は,生物学的悪性度が高く,早期に再発し,治療に難渋することが多い。現在,TNBC患者の予後改善を目指し,数多くの基礎的・臨床的研究が行われている。TNBCは,luminalやHER2サブタイプ乳癌と異なり,明確な「治療の標的」が存在しないことが最大の問題である。一方,最近の基礎研究により,遺伝子発現プロファイルを用いればTNBCは,複数のサブタイプに分類することが可能であり,サブタイプ毎に治療効果の期待できる薬剤を選別できることが示唆されている。今後は,TNBCのサブタイプ分類の検査法を確立し,そのサブタイプ分類で選別されたTNBC患者を対象に,最も有効性が期待される薬剤を用いた臨床試験が行われるべきである。そのようなアプローチにより,治療に難渋するTNBCの「個別化治療」が実現するかも知れない。さらに,各々のサブタイプ毎に癌の進展を牽引する“driver”遺伝子が判明すれば,それらを標的とした新たな治療薬の開発につながる。

はじめに

乳癌は均質な病気ではなく,様々な特徴を持つ複数のサブタイプに分類される。このサブタイプ分類の先駆けとなったのが,2000年にPerou博士らにより報告された“intrinsic subtype”である[]。本分類は元来,遺伝子発現プロファイルを用いた分類であったが,臨床の場で使いやすいように,免疫組織化学的手法を用いた代替法が開発されてきた。2011年のSt. Gallenコンセンサス会議では,エストロゲン受容体(ER),プロゲステロン受容体(PgR),human epidermal growth factor receptor(HER)2および細胞増殖能の指標Ki-67の腫瘍細胞における発現量を指標とし,5種類のサブタイプに分類された[]。

Triple negativeサブタイプに分類される乳癌は,日常臨床においてトリプルネガティブ乳癌(TNBC)と呼ばれる。TNBCは,ER,PgR,HER2がすべて陰性であり,内分泌療法や抗HER2療法の効果は期待できない。TNBCは,概して予後が悪く,早期に再発することが知られており,TNBC患者の予後改善を目指し,数多くの研究が行われている。本稿では,TNBC全般の生物学的,臨床病理学的な特徴,薬物療法の現状を紹介し,さらに,TNBCの細分類に関する最近の基礎研究や新たな治療戦略を目指した探索的研究に関する最新情報を提供する。

TNBC全般の特徴

後述するように,TNBCは複数の性質の異なるサブタイプを含んでおり,TNBC全般の特徴は,TNBCの中で最も頻度が高いbasal-likeサブタイプ乳癌(BLBC)の特徴を代表している。

疫学的な特徴としては,乳癌全体おけるTNBCの割合が,人種により異なることが挙げられる。米国では,アフリカ系アメリカ人でTNBCの割合が高く,予後を悪くする原因の一つと考えられている[]。一方,われわれの行った日本人乳癌を対象とした研究では,米国の白人や黒人の乳癌におけるBLBCの割合の1/3~1/2であり,予後を良好とする原因の一つであると推察された[]。しかし,TNBCは免疫組織化学的方法で定義されているため,ER,PgR,HER2の測定法やカットオフ値が世界的に標準化されていない現状では,発生頻度を比較することは難しい。また,米国で行われた疫学研究では,授乳期間が短い女性,waist-hip ratioの高い女性において,BLBCの発生率が高いと報告されている[]。

家族性乳癌の原因遺伝子の一つBRCA1の遺伝子変異を受け継いだ保因者に発生する乳癌(BRCA1関連乳癌)の80~90%は,遺伝子発現プロファイルではBLBCに分類され,そのほとんどがTNBCの特徴を示す[]。その後の研究により,TNBCの多くでBRCA1の機能障害を代表とする二本鎖DNA傷害修復機能の異常が起こっている(BRCAnessと呼ばれる)ことが示されており,後述するDNA傷害性薬剤やpoly-ADP ribose polymerase(PARP)阻害薬のTNBC治療薬としての適応の根拠となっている[]。

TNBC/BLBCの病理学的特徴としては,1)充実腺管癌が多いが,様々な特殊型(髄様癌,腺様囊胞癌,アポクリン癌,化生癌など)を呈することもある,2)組織学的グレードが高い,3)細胞増殖能が高い,4)p53,サイトケラチン5/6や14,17,epidermal growth factor receptor (EGFR),c-Kitの陽性率が高いことが挙げられる[]。

TNBCの臨床的特徴としては,1)中間期乳癌の割合が高い,2)腫瘤径が大きいが,リンパ節転移は比較的少ない,3)術前化学療法を行うと病理学的奏効(pCR)が高率で得られ,pCR症例の予後は良好であるが,pCRを得られなかった症例の再発率は極めて高い,4)術後3年以内の再発が多く,一方,術後5年以降の晩期の再発は稀である,5)再発部位としては,臓器への遠隔転移が多い,6)再発後は有効な治療法が少なく,短期に癌死に至る症例が多いなどが挙げられる[11]。

TNBC全般に対する薬物療法の現状

適切な分子標的が見つかっていないTNBCに対しては,様々な化学療法薬が経験的に用いられているのが現状である。ここでは,各種化学療法の術前療法,術後補助療法,再発治療の成績について概説する。

1.アントラサイクリン(A)系薬剤

臨床試験におけるTNBCのサブグループ解析の結果では,A系薬剤を軸とした複合化学療法を用いた術前療法のpCR率は約20%であり,luminalサブタイプ乳癌に比べpCR率は高い。また,術後補助療法におけるA系薬剤を軸とした複合化学療法とCMF療法との統合解析では,前者が約20%の再発リスク減少に寄与すると報告されている。転移TNBCに対しては,A系薬剤の1次治療における奏効率(ORR)は50~60%得られるが,無進行生存率(PFS)や全生存率(OS)は,luminalサブタイプ乳癌に比べ有意に不良である。2次治療以降におけるA系薬剤のORR,RFSはさらに悪い[12]。

2.A系薬剤とタキサン系薬剤の順次投与

A系薬剤を軸とした複合化学療法施行後にタキサン系薬剤を順次投与する方法は,TNBCに対する術前療法として,日常診療において最も頻繁に用いられている。様々な臨床試験において標準アームとして用いられ,30%前後のpCR率が報告されている。また,術後補助療法におけるA系薬剤を軸とした複合化学療法へのタキサン系薬剤の上乗せ効果は,多くの臨床試験のサブグループ解析で検証されている[1214]。

3.タキサン系薬剤と他剤との同時併用療法

TNBCに対しては,タキサン系薬剤の単独投与の有効性に限界があり,各種化学療法剤や分子標的薬との同時併用投与が試みられている。術前療法としては,A系薬剤とタキサン系薬剤との同時併用投与が試みられており,約40%のpCR率が報告されている[15]。また,vascular endothelial growth factor(VEGF)に対するヒト型モノクローナル抗体bevacizumab(Bev)とタキサン系薬剤との同時併用投与でも40%近いpCR率が報告されている[16]。術後補助療法としてもタキサン系薬剤とBevの同時併用効果が検討されており,研究結果が待たれる[12]。転移TNBCに対しては,ゲムシタビン(Gem)とパクリタキセル(Pac)との同時併用投与が試みられ,本邦における1次治療として36%のORR,6カ月のRFS(中央値)が得られている[17]。また,BevとPacやドセタキセル(Doc)との同時併用投与も行われ,TNBCのサブグループ解析では,各々の化学療法単独投与に比べ3~5カ月のRFS(中央値)の延長が得られているが,OSの延長にはつながっていない[12]。

4.白金製剤

TNBCの多くでは,BRCAnessと呼ばれるDNA傷害修復機能の異常が存在すると考えられ,DNA傷害性の強い白金製剤の治療効果が期待されている[]。術前療法において,BRCA1保因者の乳癌を除くTNBCに対しては,シスプラチン(Cis)単独療法は15%のpCR率,一方,BRCA1関連乳癌に対しては80~90%のpCR率が得られると報告されている[18]。また,BLBCを対象とした比較試験では,EC療法(エピルビシンとシクロフォスファミド[CPA])後にDocを投与する術前療法に対するカルボプラチン(Car)の上乗せ効果は認められなかった[18]。TNBCに対する術後補助療法としての白金製剤の有用性を検討した臨床試験は認められない。転移TNBCに対する白金製剤単独の有用性には限界があり,各種化学療法との同時併用投与が試みられている。その中では,1次治療としてCis+Gemを行い62%のORRが,2次治療としてmetronomic CM(CPA+methotrexate)+Cisを行い同様に62%のORRが得られたとの報告がみられる[18]。

5.その他の化学療法

本邦では使用はできないixabepiloneもTNBCに対する有用性が検討されている。術前の単独療法でpCR率は26%,転移TNBCの2次療法以降の患者に対するカペシタビン(Cap)との併用療法では,27%のORR,4.1カ月のPRS(中央値)が報告されている[12]。

経口5-フルオロウラシル(FU)系化学療法を用いたmetronomic therapyであるXC療法(Cap+CPA)を用いた本邦における第Ⅱ相試験では,転移TNBCの1次・2次治療において,10.7カ月のPFS(中央値)が得られたとの報告がある[19]。

TNBCに対する新しい治療戦略

TNBCの生物学的特徴の分析により,治療の標的となり得るいくつかの特徴が同定されている。さらに,その特徴を利用した新規治療薬が開発され,前臨床試験から臨床試験へと進行している。ここでは,新規治療薬開発の合理性に関わる基礎研究結果とその後進められている臨床試験の進捗状況を紹介する。

1.PARP阻害薬

二本鎖DNA傷害の修復を担う相同組換において中心的な働きをするBRCA1やBRCA2の胚性遺伝子変異が遺伝性乳癌の原因となることが知られている。BRCA1遺伝子変異の保因者に発生する乳癌のほとんどがTNBCであり,遺伝子発現プロファイルにおいても両者は類似している[]。BRCA1/2の遺伝子変異を持つ腫瘍細胞は,一本鎖DNA傷害の修復を担うPARPの機能を阻害すると急激な細胞死を起こすことが基礎研究で示されており,“synthetic lethality”(「合成致死性」と訳される)と呼ばれている[20]。近年,様々なPARP阻害薬が開発され,BRCA1/2遺伝子変異を有する乳癌や卵巣癌における有効性が示されている[18, 21, 22]。

一方,散発性のTNBCにおいてBRCA1の遺伝子変異は稀であるが,BRCA1の発現低下や機能障害が起こり,BRCA1関連乳癌と同様に二本鎖DNA傷害の修復に異常が生じていると推測されている(BRCAnessと呼ばれる)[]。そこで散発性の進行TNBC患者を対象としたPARP阻害薬iniparibとDNA傷害性の複合化学療法(Gem+Car)との同時併用療法の有効性を問う臨床試験が行われた。第Ⅱ相試験においては,合計123名が無作為にiniparibとの併用または複合化学療法単独に割り付けられ,ORRは52%と32%(P=0.02),PFS中央値は5.9カ月と3.6カ月(P=0.01),OS中央値は12.3カ月と7.7カ月(P=0.01)と併用群の優位性が明確に示された。また,有害事象に関しては2群間に有意の差は認められなかった[23]。しかし,その後に行われた第Ⅲ相試験においては,合計519名が無作為にiniparibとの併用または複合化学療法単独に割り付けられ,主要評価項目であるPFS(ハザード比は0.79,P=0.027),OS(ハザード比は0.88,P=0.28)において,予想よりはるかに低い有効性にとどまった。第Ⅱ相試験と同様に,有害事象に関しては2群間に差は認められなかった[24]。一方,最近の基礎研究では,iniparibにはPARP阻害作用はなく,別の作用機構で化学療法の効果を増強しているのではないかと推測されている[25]。

PARP阻害薬は,TNBCの新規治療薬として一時脚光を浴びたが,iniparibの第Ⅲ相試験の結果が報告され,急速に開発の勢いが減退した。PARP阻害作用が明確なolaparibは,BRCA1関連乳癌に対する有効性は示されているが,散発性のTNBCに対する抗腫瘍活性は弱く,また,化学療法との併用により骨髄抑制が増強するため開発に苦慮している[26]。

2.抗EGFR抗体

過半数のTNBCでは,EGFRの過剰発現が認められる[]。さらに,BLBC細胞株を用いた前臨床研究では,細胞増殖のEGFRシグナル伝達への依存性や抗EGFR抗体の抗腫瘍効果が示されている[27]。転移TNBCを対象としたヒト型抗EGFRモノクローナル抗体cetuximabを用いた第Ⅱ相試験が行われている。CetuximabにCarを併用した治療では,ORRが17%,臨床的有効率(CBR)が31%と報告されている。しかし,進行までの期間は2.1カ月に過ぎず,また同時に行われた基礎研究では,18例中13例では腫瘍内のEGFRシグナル伝達をcetuximabが阻害できていないことが示された[28]。さらに,化学療法へのcetuximabの上乗せ効果をみた試験では,Cis単独との併用ではORRが10%から20%,イリノテカンとCarとの併用ではORRが30%から49%に増加している[12]。

3.Tyrosine kinase inhibitor(TKI)

1 )Src阻害薬

2007年Src阻害薬の一つdasatinibがTNBC/BLBC細胞に対し,特異的に強い抗腫瘍活性があることが発表されて注目を集めた[29]。われわれもdasatinibの基礎研究を行い,BLBCの中でもepithelial-mesenchymal transitionの性質を持つbasal Bサブタイプ乳癌細胞に対し強い抗腫瘍活性を有すること,癌幹細胞cancer stem cellsの比率を低下させること,DNA傷害性化学療法薬etoposideと相加的な抗腫瘍効果を示すことなどを見出した[30]。しかし,転移TNBC患者を対象としたdasatinib単剤による第Ⅱ相試験では,ORRが4.7%,CBRが9.3%と期待はずれの結果であった。さらに,グレード3以上の有害事象が5%以上発生した[31]。後述するように,TNBCの中でSrc阻害薬の効果が期待できるグループは一部に過ぎないため,効果予測因子を測定してから治療を開始する臨床試験を組む必要がある。そのためには,dasatinibの適切な効果予測因子の同定が必要不可欠である。

2 )Sunitinib,Imatinib

VEGF受容体のシグナル伝達阻害薬sunitinibやc-Abl,c-Kitのシグナル伝達阻害薬imatinibもTNBCの治療に有効ではないかと考えられ,いくつかの臨床試験(化学療法との併用)が行われた。しかし,いずれも予想された抗腫瘍効果は得られず,さらに,有害事象が明らかに増加するため臨床導入は断念された[32, 33]。

3 )PI3K/AKT/mTOR阻害薬

ごく最近の基礎研究により,TNBCにおいて,AKT経路に関わる遺伝子の異常が頻繁に起こっており,AKTキナーゼの持続的な活性化がTNBCの進展に重要な働きを果たしていることが明らかになってきている[34]。さらに,PI3K/AKT/mTOR阻害薬が,TNBC細胞に強い抗腫瘍活性を有していることが実験的に示されている[3537]。TNBC患者を対象としたこれらの薬剤を用いた臨床試験も始まってきており,今後の展開が楽しみである。

TNBCの細分類

最近の基礎研究により,TNBCは遺伝子プロファイルにより,少なくとも6種類のサブタイプに分類できることが示された[38]。すなわち,2種類のbasal-like(BL1とBL2)サブタイプ(細胞増殖能が極めて高く,細胞周期関連遺伝子やDNA傷害応答性遺伝子が高発現),immunomodulatory(IM)サブタイプ(髄様癌が代表,免疫反応に関連した遺伝子が高発現),mesenchymal and mesenchymal-stem like(MとMSL)サブタイプ(transforming growth factor[TGF]-β,EMT,増殖因子,Wnt/β-cateninシグナルに関連した遺伝子が高発現,後者では幹細胞関連遺伝子も高発現),luminal androgen receptor(LAR)サブタイプ(アポクリン癌が代表,ARやluminal関連遺伝子の高発現)が同定されている。

さらに,乳癌培養細胞を用いた実験において,BLサブタイプではDNA傷害性化学療法剤CisやPARP阻害薬olaparib,MサブタイプではSrc阻害薬dasatinibやPI3K/mTOR阻害薬NVP-BEZ235,LARサブタイプでは抗アンドロゲン剤bicaltamideの高い抗腫瘍効果が認められている。これらの研究結果は,TNBCには様々な特徴を持ったサブタイプが存在し,薬剤に対する感受性が大きく異なることを示している。一方,前述のように転移TNBC患者を対象とした新規分子標的薬を用いた数多くの臨床試験が行われているが,いずれも極めて低い奏効率を得ているに過ぎない。従って,TNBC全体を臨床試験の対象とするのではなく,治療前にどのサブタイプのTNBCなのかを確かめた上で,治療薬を選択し,治療効果を検討する試験が行われるべきである。

おわりに

TNBCは,luminalやHER2サブタイプ乳癌と異なり,明確な「治療の標的」が存在しないことが最大の問題である。また,最近の基礎研究により,遺伝子発現プロファイルを用いればTNBCは,複数のサブタイプに分類することが可能であり,サブタイプ毎に治療効果の期待できる薬剤を選別できることが示唆されている。今後は,TNBCの明確かつ簡便なサブタイプ分類の検査法を確立し,そのサブタイプ分類で選別されたTNBC患者を対象に,最も有効性が期待される薬剤を用いた臨床試験が行われるべきである。そのようなアプローチにより,治療に難渋するTNBCの「個別化治療」が実現するかも知れない。さらに,各々のサブタイプ毎にTNBCの進展を牽引する“driver”遺伝子が判明すれば,その“driver”因子を標的とした新たな治療戦略の開発が可能である。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top