日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
多発性内分泌腫瘍症2型―疫学,診断,遺伝医療
内野 眞也
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2013 年 30 巻 2 号 p. 106-109

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抄録

多発性内分泌腫瘍症診療ガイドブックの多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)における疫学,診断,遺 伝医療について述べる。疫学に関するCQ(クリニカル・クエスチョン)では,その頻度,各病変の罹病 率,個々の関連病変に占めるMEN2の頻度についてとりあげた。診断に関するCQでは,甲状腺髄様癌, 褐色細胞腫について検査法,自然歴について,またどのような場合にMEN2を疑うかをとりあげた。副 甲状腺機能亢進症に関しては,MEN1と重複する部分が多く,MEN1の項を参照して頂くこととした。 またコラムとして,カルシトニン測定とカテコールアミン測定のそれぞれの現状を,その他の随伴病変 の臨床症状と診断についてとりあげた。遺伝医療に関するCQでは,家族歴の情報はどの程度重要か, RET 遺伝学的検査の対象と検査法・検出率,リスクのある血縁者に対するRET 遺伝学的検査の施行時期 についてとりあげ,コラムとしてMEN2の遺伝カウンセリングにおける留意点,RET 遺伝学的検査実施 施設,手続き,費用などについて解説した。

はじめに

多発性内分泌腫瘍症2型;MEN2(Multiple endocrine neoplasia type 2)は甲状腺髄様癌,褐色細胞腫,副甲状腺機能亢進症を3大病変とする常染色体優性遺伝疾患であり,病型としては,2A,2B,FMTC(Familial medullary thyroid carcinoma)がある。MEN2の原因遺伝子はRETがん遺伝子であり,病型によって変異は特定の部位に集中する。ここでは,多発性内分泌腫瘍症診療ガイドブック[]のMEN2の項における疫学,診断,遺伝医療について各ポイントについて解説する。各章のCQを表1に示す。CQに対する推奨文ならびに推奨グレードは本ガイドブックにて直接確認して頂きたい。

表1.

MEN2の疫学,診断,遺伝医療に関するCQ

1.疫学

疫学では,頻度,罹病率,個々の関連病変に占めるMEN2の頻度をとりあげ,それぞれに関してCQを作成している。MEN2の患者数や罹病率を正確に求めることは難しく,本邦コンソーシアムデータ[]や地域がん登録全国推計によるがん罹患データ[]などから推計する方法をとっている。WHO[]や米国甲状腺学会の髄様癌に関するガイドライン[]による数値と比較しても,頻度に関しては大差がなく,本疾患の罹病率について人種間差はないと思われる。MEN2に認められる3大病変(甲状腺,副腎,副甲状腺)の罹病率は調査の対象や時期によって異なるため,ある程度の幅がある。甲状腺,副腎,副甲状腺の罹病率はそれぞれ90%,約30~60%,約10~30%である。これも過去の多くの文献や本邦コンソーシアムデータなどを総合した数値である。これらの値は病型により大きく異なり,褐色細胞腫や副甲状腺機能亢進症の発症率には変異コドンの部位によってかなりの違いがある。

個々の関連病変に占めるMEN2の頻度は,RET遺伝学的検査により遺伝性と診断できているかどうかにより異なる。甲状腺髄様癌の場合は甲状腺腫瘍ガイドラインにおいて全例にRET遺伝学的検査が推奨されているため,本検査は現在かなり普及浸透してきていると思われる。しかし過去に手術を行った症例で遺伝学的検査が未施行のままである症例もまだ存在するのも事実である。褐色細胞腫や副甲状腺機能亢進症ではRET遺伝学的検査をルーチンに行っている施設はほとんどないのが現状である。文献的データを基にすると,髄様癌におけるMEN2の割合は約20~40%,褐色細胞腫におけるMEN2の割合は約10%,原発性副甲状腺機能亢進症におけるMEN2の割合は1%以下であると思われる。

2.診断

現在のところ本症における腫瘍の発生や増殖を阻止する有効な薬物療法はなく,外科治療が唯一の治療法である。したがって治療成績を向上するためには,より早期に病気を診断して治療を行うことが急務であり,MEN診療における早期診断のはたす役割は大きい。

(1)甲状腺髄様癌の診断

最初のCQは,甲状腺髄様癌の診断で推奨される検査は何であるかに関するものである。まず実地臨床で重要な検査としては,他の甲状腺腫瘍の診断と同様に,頸部超音波検査と穿刺吸引細胞診である。次に髄様癌の腫瘍マーカーとして,血清カルシトニンとCEAの測定が必要である。カルシトニンは髄様癌で特異的に上昇するが,CEAに関しては他の臓器の癌においても高値になることから,特異性は低い。またカルシトニンは誘発刺激試験があり,それにより髄様癌がまだ微小な段階で検出できる点で有用性が高い。したがって未発症保因者に対するスクリーニング検査として,血清カルシトニン測定は有用である。カルシトニン測定による髄様癌診断の感度・特異度や,甲状腺髄様癌のカルシトニン基礎値の陽性的中率は本ガイドブックを参照して頂きたい。現在本邦で用いられているカルシトニン測定法と結果の解釈の仕方については,ガイドブックにコラムとして特別にとりあげている。

甲状腺腫瘍ガイドライン2010年版[]において,家族歴や臨床病理学的な特徴から,髄様癌を遺伝性か散発性かを正確に判断することは不可能であり,すべての髄様癌に対してMEN2を疑ってRET遺伝学的検査を行うことが推奨されている。これに関しては本ガイドラインでも支持しており,強く推奨している。遺伝学的検査に関する詳細については,遺伝医療の項を参照して頂くこととし,ここのCQではRET遺伝学的検査が臨床において欠かせない検査法であることを記述している。本邦コンソーシアムデータ[]では,髄様癌手術時平均年齢は39.2±16.2歳(中央値39,10~85歳)であり,MEN2診断確定時平均年齢39.7±18.5歳(中央値41,5~89歳)と比べて0.5歳若い(図1)。甲状腺術後にはじめて髄様癌と判明し,その後にMEN2であることが判明する場合がかなり存在することがわかる。

図 1 .

MEN2の診断時平均年齢と各疾病の手術時平均年齢

 MEN2診断確定時平均年齢39.7±18.5歳(中央値41,5~89歳),髄様癌手術時平均年齢39.2±16.2歳(中央値39,10~85歳),褐色細胞腫手術時平均年齢42.5±14.1歳(中央値46,13~68歳),原発性副甲状腺機能亢進症手術時平均年齢45.4±14.3歳(中央値46,21~68歳)

(2)褐色細胞腫の診断

MEN2の一般的な傾向としては,甲状腺髄様癌が先行して発見され,その後褐色細胞腫が発見されるパターンが多い。本邦コンソーシアムデータ[]では,褐色細胞腫の手術時平均年齢は42.5±14.1歳(中央値46,13~68歳)であり,髄様癌手術時平均年齢より3.3歳高い(図1)。MEN2の褐色細胞腫は,家族歴のある場合やすでにRET変異を有しているとわかっている場合など,事前に褐色細胞腫に関してハイリスク患者であることがわかっていることが多い。そのような場合は副腎スクリーニングによって褐色細胞腫が比較的早期に発見できることが多い。褐色細胞腫の臨床症状は基本的に散発例と違いはない。しかしスクリーニング検査により発見されることがあるため,典型的な臨床症状を呈さないものが多くみられるのも一つの特徴といえる。褐色細胞腫の症状がなくても,定期的な副腎スクリーニングは重要である。MEN2の褐色細胞腫は副腎限局性のものが多く,両側性に発症することが多いのが特徴であり,悪性であることは稀である。

MEN2に伴う褐色細胞腫は,機能的にアドレナリンとノルアドレナリンを分泌する。したがって診断においては,アドレナリンとノルアドレナリンのそれぞれの代謝産物であるメタネフリンとノルメタネフリンを測定することが基本である。これら代謝産物は,血液や尿で検出可能であり,褐色細胞腫診断における各測定法の感度はガイドブックの解説文に記載してある。カテコールアミン測定の現状として,尿中カテコールアミン代謝産物の測定が大事であり,血中遊離代謝産物の測定は本邦ではまだ保険未収載である点についてもコラムの中で解説してある。画像検査による診断法では,CT/MRIや核医学検査について解説した。

MEN2における褐色細胞腫の自然歴も重要である。悪性褐色細胞腫の頻度はどの程度か,MEN2の生命予後における褐色細胞腫関連死の関与,対側副腎へ発生する頻度,甲状腺髄様癌との関連などについて,自然歴に関するCQを設定している。また散発性褐色細胞腫と異なり,MEN2を積極的に疑うべき褐色細胞腫の臨床的特徴を解説してある。例えば,甲状腺髄様癌を合併している場合,褐色細胞腫の家族歴がある場合,若年発症の褐色細胞腫の場合,発作型高血圧症を認める場合,両側副褐色細胞腫の場合などになる。

(3)その他の病変の診断

その他の病変に関しては,コラムとしてまとめて解説している。MEN2Aにみられるものとして,原発性副甲状腺機能亢進症,ヒルシュスプルング病,アミロイド苔癬を,MEN2Bにみられるものとして,舌口唇粘膜神経腫,腸管粘膜神経腫,マルファン様体型,角膜神経肥厚についてとりあげている。

3.遺伝医療

遺伝医療の基本は家族歴聴取である。そこでまず家族歴の重要性に関するCQを設定している。家族歴聴取はMEN2の診断において欠かすことができないものであるので,髄様癌や褐色細胞腫の患者には必ず家族歴を聴取すべきである。家族歴だけでは判別できない遺伝性髄様癌があるので,最終的な診断はRET遺伝学的検査によるべきである。褐色細胞腫についても髄様癌と同様に,家族歴だけでは判別できない遺伝性褐色細胞腫がある。一見散発性と考えられる褐色細胞腫でも,VHLRETSDHDSDHCSDHBなどの遺伝子変異が認められることがあるので,散発性か遺伝性かの診断を家族歴だけで判断してはいけない。

RET遺伝学的検査に関するCQでは,まず検査対象を示した。甲状腺髄様癌患者に対しては全例に遺伝学的検査を実施すべきであること,臨床像からMEN2を疑う患者に対しては遺伝学的検査を実施すべきであるとしている。さらに,変異が判明している家系において,遺伝的危険性のある血縁者には実施することを推奨している。検査法に関しては,塩基配列決定法にて変異の有無を検索するが,変異のホットスポットがあるため,exon 10,11,13,14,15,16の6つのエキソンを検査する必要がある[]。この中の一部のエキソンのみしか検索していない場合,変異を見逃してしまう可能性があるからである。これら6つのエキソンを調べた場合,遺伝性の症例に対する変異の検出率は98%である。臨床的に明らかに家族性であるが,上記6エキソンに変異が認められない場合は,RET遺伝子全領域の検索が必要となる。

リスクのある若年の血縁者に対して,遺伝学的検査をいつ施行したらよいかという問題は,遺伝カウンセリングの場面においてよく直面する。しかしMEN2のリスクのある血縁者に対する遺伝学的検査の適応年齢はこれまであまり論じられることはない。なぜなら,甲状腺髄様癌に対する小児の予防的甲状腺全摘の時期が議論の中心であって,遺伝学的検査の適応年齢はそれ以前に行っておくのが前提であるからである。甲状腺髄様癌に対する甲状腺全摘の時期はRET変異のコドン部位別に考えられるようになってきているため,必然的に遺伝学的検査の施行時期も同様にコドン部位別に考えることになる。本ガイドブックでは,その点を整理して,各コドン別に甲状腺髄様癌,褐色細胞腫,原発性副甲状腺機能亢進症が発症した最低年齢を示してある。一方,20歳以降の患者の場合は,年齢に関わらず,また変異コドン部位に関わらず,遺伝学的検査を考慮してよい。

MEN2の遺伝カウンセリングにおける留意点や説明事項の例,RET遺伝学的検査を実施している受託会社や先進医療実施施設などについては,コラムにとりあげて解説をしてあるので,とても参考になると思う。

おわりに

多発性内分泌腫瘍症診療ガイドブックの多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)の疫学,診断,遺伝医療について解説した。

【文 献】
 

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