日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺分化癌の取扱い
筒井 英光星 雅恵久保田 光博鈴木 明彦池田 徳彦
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2013 年 30 巻 2 号 p. 115-118

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抄録

分化癌の治療方針を外来アブレーションの普及を踏まえ,我が国のガイドラインの内容を参照しつつ概説した。乳頭癌ではTNM分類によってリスクを評価し,甲状腺切除範囲を決定する。T1N0M0の明らかな低リスク群には葉切除を実施し,高リスク群に対してはアブレーションを前提とした全摘術を行う。どちらにも該当しない症例はグレーゾーンとして,合併症と再発・生命予後とのバランスをもとに術式を決定する。予防的リンパ節郭清は甲状腺切除と同一創で実施できる中央区域に留めることが多い。外側区域の潜在的リンパ節転移に対する再手術率をどこまで許容するかが問題となる。濾胞癌の術前診断は困難であり,その治療は遠隔転移を念頭に置いて組み立てられている。多くは濾胞癌を疑って葉切除を行い,病理診断に応じて追加治療を検討する。アブレーションの導入によりハイリスク患者の治療成績の向上が期待されるが,その取り扱いは画一的ではなく,ガイドラインを参考に個々の症例に応じた治療法を選択する必要がある。

はじめに

甲状腺癌の大部分は濾胞上皮細胞由来の分化癌(乳頭癌,濾胞癌)である。放射線感受性が低く,有用な化学療法薬(殺細胞性抗癌剤)も存在しないことから,手術が治療の中心的役割を担っている。術式については,各症例のリスクを評価し,それに応じて切除範囲を決定するようになってきている。一方,有力な術後療法として甲状腺全摘術後の放射性ヨード内用療法があり,本邦での実施環境が急速に変化しつつある[]。本稿では甲状腺分化癌の治療方針について,今後の放射性ヨード治療の普及を踏まえ,我が国のガイドライン(GL)[]の内容を参照しつつ概説する。

Ⅰ.分化癌リスク分類

1988年にCadyらによって初めて提唱された概念である。すなわち,甲状腺癌には同じ組織型や分化度であっても,高危険度群と低危険度群という生物学的特性の異なる2種類がある。これは癌が発生したときに決まっており,その後も変わらない[]。彼らのAMES分類によれば,患者の89%は低危険度群であり癌死率は1.8%,患者の11%が高危険度群であり癌死率は46%であった。以後,いくつかの癌死危険度を評価する分類法が報告されており,分化癌をリスクに応じて2群に分けるという考え方は広く受け入れられている。

予後不良のハイリスク群に対して,I-131によるアブレーションが局所再発や遠隔転移,癌死率などの低下に寄与することが期待されており[],病変の過不足ない切除という手術の原則にアブレーション前処置としての要素が加わり,術式に影響を与えている。

Ⅱ.乳頭癌

1)甲状腺切除範囲

我が国では,リスクを問わず甲状腺一側葉に限局した乳頭癌に対しては,葉切除がもっとも広く行われてきた[]。GLでは,これに近年のリスク分類の概念を取り入れて治療のアルゴリズムを示している(図1)。乳頭癌と診断したら,TNM分類に従ってリスクの評価を行う。T1(2cm以下)N0M0の明らかに低リスクと評価されるものには葉切除を行う。一方,ハイリスクと評価した症例に対しては,全摘が葉切除と比べて再発や生命予後を向上させるというエビデンスは弱いものの,委員会のコンセンサスとして全摘術が推奨されている。

図 1 .

甲状腺乳頭癌の取り扱い(甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010より引用)

♯1:3cm以上,リンパ節の節外浸潤(内頸静脈や反回神経など),累々と腫大する(多発性)リンパ節

♯2:気管および食道粘膜面を越える

ハイリスクと評価する因子は,①T>5cm,②3cm以上のリンパ節転移,③リンパ節の節外浸潤(反回神経や内頸静脈など),④累々と腫大する(多発性)リンパ節転移,⑤気管および食道粘膜面を越える浸潤,⑥M1のいずれか一つを認める場合とされる。

高リスクと低リスクのどちらにも当てはまらない症例はグレーゾーンであるが,かなりの幅がもたされている。このなかで,T>4cm,明らかなN1(N1a・N1bを問わず)は,委員会で全摘を勧めることが提案された。グレーゾーンに相当する症例に全摘術を実施するかどうかの判断は,合併症の発生頻度と再発および生命予後とのバランスをもとに,個々の症例ごとに各施設で決定することが求められている。

われわれは甲状腺全摘術の適応を以下の様に考えている。すなわち,癌が対側葉に及ぶなど「全摘しないと病変が残る症例」と術後の放射性ヨード治療(アブレーションや大量)を前提とした「ハイリスク症例」である。また,葉切除と同側気管傍リンパ節(Ⅲ)郭清はセットと考え,対側Ⅲの郭清を要する症例には全摘を実施している。当科の乳頭癌ハイリスク症例に対する手術術式の変遷を図2に示す。2009年に「I-131 30mCi投与の安全管理に関する研究」に参加したが,これを見据えて2008年から全摘術の割合が増加した。

図 2 .

東京医科大学病院における乳頭癌ハイリスク群の手術術式

括弧内は実数

2)頸部リンパ節郭清範囲

乳頭癌は頸部リンパ節転移の頻度が高いことから,本邦では積極的に予防的郭清が行われてきた。GLでは,中央区域(気管周囲)リンパ節の予防的郭清は,生命予後を改善させるという明らかな根拠はないものの,初回手術時に実施することを勧めている。この領域の郭清は葉切除と同一創で実施できるうえ,再手術の際は癒着の影響で,反回神経損傷や永続性副甲状腺機能低下症を来す可能性が高くなるからである。

外側区域(内深頸)リンパ節は,触知可能な臨床的リンパ節転移や超音波検査で転移性リンパ節腫大を認める症例においては「治療的郭清」を行う。一方,画像検査で腫大を認めない症例に対する「予防的郭清」には否定的な意見が多い。内深頸リンパ節の郭清には,甲状腺切除よりも外側に創を延長する必要があり,手術瘢痕の延長や剝離範囲の拡大に伴う術後愁訴の増加などの問題がある。また,乳糜瘻や副神経麻痺,Horner症候群といった合併症のリスクが生じる。

術前診断に超音波検査を用い,N0またはN1aと診断された症例にはD1郭清を実施する前向き研究が報告されている[]。D1郭清を行った症例のうち,8%に郭清範囲外の外側区域リンパ節への再発が起こり,それらは腫瘍径4cm以上,遠隔転移例で多かったが,いずれの再発もサルベージ手術により癌死には至らなかった。他方,予防的外側区域郭清を実施した症例において,術後10年のリンパ節再発率を検討した報告がある[]。腫瘍径3cmを越える症例では13%,3cm以下は2%の再発率であった(p<0.0001)。Ex2とEx0あるいはEx1の比較では,それぞれリンパ節再発率は14%と5%であった(p<0.0001)。したがって,再発リスクの高い症例で外側区域郭清を省略すれば,更に再発率が高くなる可能性がある。

中央区域と異なり,一度も操作していない外側区域に再発した場合の手術は比較的容易である。予防的郭清を実施しなかった場合の再発率をどこまで許容するのか,郭清に伴う合併症のリスクをどの様に考えるか,などの点で意見が分かれる。GLでは,内深頸リンパ節郭清が生命予後を向上させるとの根拠は乏しいが,リンパ節再発のリスクを減少させ再発予後を改善すると述べている。

Ⅲ.濾胞癌

1)定義と分類

濾胞癌の診断は,腫瘍の全体像を観察して病理学的に腫瘍細胞の被膜浸潤か脈管侵襲を証明する。その検索には被膜全体を含めて多数の部位を病理切片にする必要がある。したがって,穿刺細胞診での術前診断は不可能であり,術中迅速病理診断を実施しても濾胞癌の診断率を高めることはできない[]。GLでは,術前の細胞診によって「濾胞性腫瘍」と「乳頭癌,その他」とに大きく鑑別することは十分な意義があると述べている。現在でも濾胞癌の確実な診断は,遠隔転移が存在する症例を除き,術後の病理検査によっている。

濾胞癌は病理学的浸潤様式により,微少浸潤型(85~90%)と広汎浸潤型とに分類される。脈管侵襲の程度が有意に予後と相関するため,最近では被膜浸潤よりも脈管侵襲を重視した更に細かい分類もなされている[]。

2)治療方針

濾胞癌の予後因子は遠隔転移であり,治療はすべて遠隔転移を念頭に置いて組み立てられている。予後の改善には,放射性ヨードを用いた遠隔転移の検索や放射性ヨード内用療法が推奨されているが,実施するには甲状腺が全摘されている必要がある。通常は濾胞性腫瘍として葉切除が行われているため,病理検査判明後に再手術を行うことになる。広汎浸潤型は遠隔転移が多くハイリスクであるため,GLでは補完全摘と放射性ヨード内用療法が推奨されている。問題は微少浸潤型に同様な治療が必要かどうかである。

a.手術適応

細胞診で濾胞性腫瘍と診断され,超音波検査で充実性の腫瘤であり,大きさが4cm以上の症例には手術を勧めることが多い。GLのコラムでは,委員会のコンセンサスとして,上記にくわえて増大傾向のあるもの,血中サイログロブリン値が1,000ng/mL以上のものなどを手術適応に挙げている。一般に濾胞性腫瘍のうち濾胞癌の占める頻度は10~20%とされる。

b.手術術式の選択

濾胞癌治療のアルゴリズムを図3に示す。濾胞癌を疑って手術をする場合は,葉切除を行い,永久標本の病理診断を待つ。一方,遠隔転移が既に存在し濾胞癌として手術をする場合は,術後の放射性ヨード内用療法(大量療法)を前提に全摘を行う。濾胞癌のリンパ節転移の頻度は乳頭癌と比べて低く,微少浸潤型2.0%,広範浸潤型9.8%である[10]。濾胞癌では転移を疑う場合を除いて,リンパ節郭清は実施しないことが多い。

図 3 .

濾胞性腫瘍の取り扱い(甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010より引用)

c.甲状腺分化癌術後の補完全摘術

甲状腺補完全摘(completion total thyroidectomy)は,放射性ヨードを利用した遠隔転移巣の検索や治療を効果的に行うことを目的に,残存する甲状腺組織を全て切除することである。補完全摘の適応となるのは,遠隔転移をきたしやすい広汎浸潤型の濾胞癌,葉切除後に遠隔転移が出現した分化癌である。濾胞癌では微少浸潤型であっても,中央値90カ月の観察期間において21.5%の症例に遠隔転移を認め,45歳以上,腫瘍径4cm以上が危険因子であると報告されている[11]。また,脈管侵襲を伴ったものは被膜浸潤だけのものより遠隔転移をきたしやすいとする報告もある[12]。これらの因子は微少浸潤型濾胞癌の補完全摘を行う条件として検討される。

Ⅳ.分化癌の術後治療

術後治療として放射性ヨード内用療法が行われる。ハイリスク群と評価され(補完)甲状腺全摘術を受けた分化癌患者に対して,I-131 30mCi(1.1GBq)を投与し,全摘後であっても僅かに残る正常甲状腺組織の破壊(アブレーション)を行う。また,全摘後もサイログロブリンが高値となる症例は,アブレーションを考慮すべきである。既に遠隔転移が判明している症例に対しては,I-131 100mCi(3.7GBq)による「大量療法」が行われる。本邦では,専用病室に入院のうえ実施される治療である。

おわりに

我が国初のガイドラインの刊行や外来アブレーションの認可により,甲状腺癌の治療戦略は大きく変化している。とりわけ,分化癌ハイリスク患者に対するアブレーションを前提とした全摘術の割合が増えている。ハイリスク症例は局所および遠隔における再発率が高いため,アブレーションによる治療成績向上が期待されるが,患者には高齢者が多いのも事実である。全ての症例を画一的に取り扱うのではなく,GLを参考にしながら,個々の症例に応じた治療法を選択していくことが求められている。

【文 献】
 

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