2013 年 30 巻 2 号 p. 152-155
症例は36歳女性,健康診断にて前頸部腫瘤を指摘され,甲状腺腫瘍疑いにて当科を紹介受診した。頸部超音波検査にて甲状腺左葉下極に27×22×18mm大の辺縁分葉状の低エコー結節を認めた。穿刺吸引細胞診では,細胞質内に多数の好酸性顆粒を認めた。甲状腺腫瘍あるいは甲状腺外迷入病変を考え,甲状腺左葉切除術を施行した。病理学的所見では,腫瘍は甲状腺外軟部組織を中心に存在し,甲状腺組織にも浸潤性に増殖していた。腫瘍細胞は好酸性,顆粒状の豊かな細胞質を持つ類円形細胞よりなり,核異型は認めなかった。免疫染色の結果,腫瘍細胞はS100陽性であった。以上より,顆粒細胞腫と診断した。
顆粒細胞腫の大部分は良性腫瘍と考えられているが,稀に遠隔転移や悪性症例の報告もされており,経過観察に注意を要する。
1926年,Abrikossoff[1]によって初めて報告された顆粒細胞腫は,皮膚,舌などに好発するが,全身のいかなる臓器にも発生しうる腫瘍である[2]。今回われわれは,甲状腺腫瘍として外科的治療を施行し,病理検査にて顆粒細胞腫と診断された稀な症例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する。
症 例:36歳,女性。
主 訴:前頸部腫瘤。
既往歴:特記事項なし。
家族歴:祖父 肺癌,父 悪性リンパ腫,甲状腺疾患の家族歴はなし。
現病歴:2011年12月,健康診断にて前頸部腫瘤を指摘され,甲状腺腫瘍疑いにて2012年2月に当科を紹介受診した。
初診時現症:前頸部左側に3cm程の表面平滑な弾性硬腫瘤を触知した。あきらかな頸部リンパ節の腫大は認めなかった。その他の頭頸部領域には異常所見を認めなかった。血液検査では特に異常所見を認めず,サイログロブリンや甲状腺機能も正常であった。
頸部超音波検査:甲状腺左葉下極に27×22×18mm大の辺縁分葉状の低エコー結節を認めた。内部に綿状・斑状高エコーを認め,気管と接していた。辺縁に線状,内部に点状の拍動性血流信号を認めた。実質エコーレベルはやや低く,不均一であった(図1)。

超音波所見:甲状腺左葉下極に27×22×18mm大の辺縁分葉状の低エコー結節を認めた。
超音波ガイド下穿刺吸引細胞診:細胞質内に多数の好酸性顆粒を認めた。核異型は弱いが,良悪性の鑑別には至らず,結果は甲状腺癌取扱い規約の鑑別困難で,顆粒細胞腫や好酸性細胞腺腫が推定病変としてあげられた(図2)。

細胞診所見:細胞質内に多数の好酸性顆粒を認めた(パパニコロウ染色,強拡大)。
胸部CT:肺転移は認めなかった。
以上より,甲状腺腫瘍あるいは甲状腺外迷入病変を考え,甲状腺左葉切除術を施行した。
手術所見:全身麻酔下に襟状切開をおき,型のごとく甲状腺左葉を摘出した。腫瘍は甲状腺左葉下極背側に存在し,左反回神経と接していた(図3)。また輪状軟骨から第3気管輪まで強く癒着していた。術中迅速病理検査にて顆粒細胞腫疑いとの診断であった。この段階で少なくとも病理学的に悪性所見はないことを確認し,左反回神経を鋭的に剝離,気管癒着部はシェービングにて概ね切除し(図4),手術を終了した。肉眼的にあきらかなリンパ節腫大は認めなかった。摘出した腫瘍は肉眼的にも甲状腺実質と明確に区別された(図5)。

手術所見:腫瘍は甲状腺左葉下極背側に存在し,左反回神経(黒矢頭)と接していた。

手術所見:気管固着部はシェービングにて概ね切除した。

摘出標本:肉眼的にも甲状腺実質と明確に区別された。
病理学的所見:腫瘍は大きさ25×20×15mmで,甲状腺外軟部組織を中心に存在し,甲状腺組織にも浸潤性に増殖していた。組織学的には,腫瘍は好酸性,核異型の乏しい顆粒状の豊かな細胞質を持つ類円形細胞が,充実胞巣状の増殖を示していた。免疫染色の結果,腫瘍細胞はS100陽性,CK AE1/3,Desmin,SMA,HHF35,Calretinin,HMB45,PASはすべて陰性であった。Ki67は5%未満であった(図6)。以上より,顆粒細胞腫と診断された。

病理組織学的所見
a. HE:甲状腺外軟部組織を中心に存在し,甲状腺組織にも浸潤性に増殖していた(弱拡大)。
b. HE:好酸性,核異型の乏しい顆粒状の豊かな細胞質を持つ類円形細胞が,充実胞巣状の増殖を示していた(強拡大)。
c. S100:陽性を示した(弱拡大)。
術後経過:術後反回神経麻痺,ホルネル症候群などの神経脱落症状は認めず,甲状腺機能も正常であった。術後9日で退院となり,現在,術後5カ月が経過したが,あきらかな再発や転移の所見は認めていない。
顆粒細胞腫は,1926年Abrikossoff[1]が食道の筋原生の良性腫瘍として顆粒細胞性筋芽細胞腫(granular cell myoblastoma)を最初に報告した。それ以来,長らくこの名称で呼ばれていたが,その後間葉系細胞由来説[3]や神経細胞由来説[4]などが報告され発生源が不明であることから,現在ではWHO分類の顆粒細胞腫(granular cell tumor)の名称に統一されている。
発生部位はきわめて多彩であり,全身のあらゆる部位から発生しうる。好発部位として,Lackら[2]の報告では顆粒細胞腫110例のうち,皮膚および皮下組織に48例(44%),舌に28例(25%),口腔粘膜に10例(9%)であった。本邦では,白石ら[5]が顆粒細胞腫199例のうち,皮膚と舌で約50%を占めていたと報告している。性差は全体的に女性が多い。
腫瘍の由来組織として,歴史的には1926年Abrikossoffが胎生横紋筋芽細胞の遺残にその起源を求めて以来,筋原性説が永く支持されてきた。しかし,本疾患は横紋筋組織が存在しない部位にも発生することや,超微細構造的には顆粒細胞と横紋筋細胞との移行像や横紋筋由来を示唆する所見が得られないことから,筋組織由来とする説は否定的[6]となり,現在では,免疫組織学的,電子顕微鏡的検討からはSchwann細胞由来を示唆する研究が多いが[4,6,7],いまだ統一した見解はない。
病理組織学的所見として,細胞質に豊富なエオシン好酸性顆粒を持つ大型の細胞が胞巣状配列を示す。免疫染色では,腫瘍細胞はS100蛋白が陽性で,NSE陽性細胞も認められる[8]。また電子顕微鏡的所見としてautophagosomeの存在が特徴的とされている[9]。
顆粒細胞腫は基本的に良性腫瘍であり,Lackら[2]によれば断端陽性であっても再発率は20%程度とされている。一方で,稀ではあるが遠隔転移や悪性症例の報告もされており,Gamboa[10]は悪性例を組織学的に悪性を示す症例と,組織学的には良性であるが,臨床的に悪性を示す症例の2つに分類している。
治療は腫瘍の完全切除が最良であるが,近年,顆粒細胞腫の消化管症例[11]や気管・気管支症例[12]に対しては積極的に内視鏡的切除が行われている。ただし,内視鏡的切除は再発率が高いとの報告[13]もあり,外科的切除か内視鏡的切除かは議論の余地がある。
甲状腺近傍から発生した顆粒細胞腫の報告はきわめて稀で,今回われわれが渉猟しえた本邦報告例はわずかに2例[8,14]であった。いずれも術前の画像検査および細胞診では確定診断に至らず,甲状腺腫瘍として外科的切除に踏み切っている。山田ら[14]の報告では,細胞診で診断可能であるとその重要性を述べているが,本症例においても,画像検査では診断困難であったが,術前細胞診にて推定病変の一つに含まれ,病理組織検査にて顆粒細胞腫と確定診断された。
本症例では,腫瘍が輪状軟骨から第3気管輪まで強く癒着していたため,シェービングでの切除を選択した。術中迅速診断にて顆粒細胞腫であること,組織学的に悪性所見を認めないことを確認しての判断であったが,本腫瘍は良性とされている一方,既存の構造内への浸潤性増殖が特徴とされており[8],本症例のように不完全切除となることも少なくない。本症例では経過観察としたが,このような場合の治療方針については,今後の症例の蓄積が必要と思われる。
甲状腺腫瘍として外科的治療を施行し,病理検査にて顆粒細胞腫と診断された稀な症例を経験した。画像検査での術前診断は困難であったが,細胞診にて推定病変の一つに含まれた。腫瘍が輪状軟骨から第3気管輪まで強く癒着していたため,シェービングでの切除を選択した。悪性症例や遠隔転移の報告もあることから,今後厳重な経過観察が必要と考えた。
なお,本論文の要旨は第45回日本甲状腺外科学会学術集会(平成24年10月,横浜市)において示説した。