2013 年 30 巻 2 号 p. 156-159
Carcinoma showing thymus-like differentiation(CASTLE)は甲状腺内の異所性胸腺組織または胎生期胸腺遺残組織から発生すると考えられる非常に稀な甲状腺癌である。今回われわれは気管浸潤と総頸動脈を3/4周取り囲み,切除不能と思われたCASTLEの1例を経験した。
症例は54歳女性。初診時に右声帯麻痺を認め,CTで右気管食道溝から甲状腺右葉下極に境界不明瞭な4cm弱の腫瘍を認めた。生検施行し,免疫組織化学染色にてCD5(+),CK AE1/3(+)から胸腺組織由来の悪性腫瘍と診断され,甲状腺亜全摘,中央区域リンパ節郭清,胸骨部分切除による気管環状切除,Deltopectoral flap(DP)皮弁による気管孔形成を行った。病理検査にて甲状腺原発と確認できたためCASTLEと診断。術後放射線治療(60 Gy)を行い,経過順調のため気管孔を閉鎖した。
浸潤性CASTLEの治療の基本は根治的切除であるが,術後補助療法として放射線治療が有効との報告がある。リンパ節転移と腺外浸潤が重要な予後因子と考えられており,現在経過観察中である。
Carcinoma showing thymus-like differentiation(CASTLE)は,発生が甲状腺内の異所性胸腺組織または胎生期胸腺遺残組織と考えられる非常に稀な甲状腺癌である。1985年Miyauchiらによって報告された甲状腺内胸腺腫(intrathroidal epithelial thymoma)として疾患概念が提唱され[1],1991年にChanらによって胸腺様に分化する癌CASTLEと命名された[2]。さらに甲状腺腫瘍WHO分類に2004年に新たに加えられた組織分類である[3]。今回われわれは画像上,気管浸潤と総頸動脈を3/4周取り囲み,切除不能と思われたCASTLEの1例を経験したので文献的考察を含め報告する。
症 例:54歳女性。
主 訴:咳嗽。
既往歴:特記すべきことなし。
家族歴:特記すべきことなし。
現病歴:2年前より咳嗽が続くために前医にて胸部CTを施行。甲状腺右葉下極の腫瘍性病変とそれによる気管・総頸動脈への浸潤が疑われ,甲状腺癌疑いにて当科紹介となった。初診時の喉頭ファイバースコープで右声帯麻痺を認めた。後述するごとく術前精査により胸腺癌ないしはCASTLEの診断のもと,手術を施行。術後経過は良好で術後21日に退院。術後放射線外照射60 Gy施行し,その後,気管孔閉鎖術を施行。術後2年6カ月経過し,再発所見なく外来通院中である。
画像所見:造影CTにて甲状腺右葉下極から気管に浸潤し,右総頸動脈を3/4周取り巻いている約30×31×37mmの腫瘍を認めた(図1)。USでは甲状腺右葉下部から峡部下部に低エコーを認めた。他に腫瘍性病変なく,PETでの集積(SUV 2.80)も甲状腺の病変以外は明らかな異常集積は認めなかった。
軸位断では右総頸動脈を3/4周取り囲む腫瘍を認める。冠状断では甲状腺下極に腫瘍を認める。
細胞診所見:細胞質は厚く,無構造状で,中心性の核所見を認め,甲状腺の腺癌というよりは分化の低い扁平上皮癌の可能性を否定できない所見を認めた。甲状腺原発なら低分化癌,他臓器からの浸潤であれば低分化型扁平上皮癌を疑う所見であった。
術前生検組織診断:確定診断のために,局麻下生検を施行し,胸腺上皮の性格をもつ腫瘍性病変であり,胸腺癌もしくはCASTLEと推定診断された。
手術所見:甲状腺亜全摘,中心区域リンパ節郭清,胸骨部分切除による気管環状切除,DP皮弁による気管孔形成施行した。前回の生検を含めた皮切を行い,術野を展開した。胸骨切除後に総頸動脈起始部を確保したうえで総頸動脈との癒着部位については鋭的剝離を行った(図2)。気管浸潤のため気管合併切除(第3~8気管輪)を行い,端々吻合を行った。DP皮弁による気管孔形成を行い,閉創とした。
総頸動脈を確保したうえで総頸動脈との癒着部位については鋭的剝離を行った。
病理学的所見:摘出標本では3.6×3×2cmの甲状腺内腫瘍を認めた。割面では境界が不明瞭な灰白色から白色な病変を認め,甲状腺内に腫瘍性病変を認めた。HE染色にて島状構造を示し,間質が多く,緻密な繊維性結合組織よりなる胸腺上皮に類似した上皮細胞よりなる腫瘍を認め(図3),免疫染色により上皮細胞はCD5が陽性(図4)となり,thyroglobulinは陰性で,胸腺上皮に類似した性格をもつ腫瘍であり,CASTLEと診断された。同時に甲状腺乳頭癌も発見され(大きさ0.5×0.5×0.5cm),リンパ節にはCASTLEの転移はなかったが,乳頭癌の転移が8個中1個に認められた。
病理組織像:豊富な線維性間質を伴い,島状構造を示し増殖する胸腺上皮に類似した上皮細胞よりなる腫瘍を認める。周囲軟部組織への浸潤性増殖が認められる。
免疫染色の結果,腫瘍細胞の細胞膜および一部の細胞質で,CD5に陽性である。
Carcinoma showing thymus-like differentiation(CASTLE)は甲状腺腫瘍WHO分類に新たに加えられた組織分類であり[3],甲状腺内の異所性胸腺組織または胎生期胸腺遺残組織から発生すると考えられる非常に稀な甲状腺癌である。異所性胸腺の頻度は3,236剖検中34例(1%)と報告されており[4],CASTLEが非常に稀な疾患であることが示唆される。疾患自体は1985年Miyauchiらが報告した甲状腺内胸腺腫(intrathroidal epithelial thymoma)として疾患概念が提唱され[1],その後,Chanらによって胸腺様分化を示す腫瘍群を以下の4つに分類した。1:ectopic hamartomatous thymoma,2:ectopic cervical thymoma,3:SETTLE(spindle epithelial tumor),4:CASTLE(carcinoma showing thymus-like differentiation)。1.2は胸腺腫様の組織所見をもつ良性腫瘍とされ,3.4は周囲組織浸潤やリンパ節,遠隔転移をおこす悪性腫瘍と報告されている[2]。50歳代の女性に好発するといわれており[5],今回の症例はまさにその好発年齢であった。鑑別診断としては甲状腺未分化癌や甲状腺扁平上皮癌あるいは頭頸部癌や肺癌,縦隔癌の頸部リンパ節転移があげられる[6]。病理学的特徴には,CASTLEの腫瘍割面は多肉質では灰白色を示し,甲状腺組織との差は明瞭である。組織学的には腫瘍細胞は島状構造を示し,間質は緻密な繊維性結合組織よりなる。腫瘍細胞は核小体が目立つ大型の核を有し,多角形あるいは紡錘形を呈するが,細胞境界は不明なことが多い。また胸腺腫に似てHassall小体類似所見がみられることがあり,扁平上皮への分化傾向もしばしば認められるが,化生の程度は症例により異なるとされている[2]。診断は免疫組織化学的検索が有用とされており,胸腺上皮細胞や成熟Tリンパ球,一部のBリンパ球などで陽性となることが知られている膜タンパクのCD5は甲状腺扁平上皮癌および未分化癌では通常陰性で鑑別診断に有用と考えられるが[7],今回の症例もこれまでと同様に腫瘍性上皮細胞にCD5が陽性であることが決め手の一つであった。
浸潤性CASTLEの治療の基本は腫瘍の完全切除である。放射線治療に関しては術後補助療法として放射線治療が有用という報告がみられ[1,8,9],たとえ姑息的手術としても放射線治療が有効で[9],積極的な切除と術後放射線治療により浸潤性CASTLEの予後やQOLの改善がはかられると考えられる。発見時にはすでに30%程度にリンパ節転移を認め,60%程度に反回神経,気管,食道などの周囲組織への浸潤を認めているという報告[8]があり,今回われわれの症例も反回神経,気管,さらに総頸動脈への浸潤を認めていた。術前でCASTLEと診断されたことで,予後が甲状腺扁平上皮癌などと違い十分期待できることや術前の画像で切除困難でも実際は切除可能な場合があり,また残存したとしても放射線による補助治療を行うことで患者の予後やQOLの改善が可能と考え,積極的に切除を行った。結果として気管は合併切除したものの,総頸動脈は温存でき,肉眼的には腫瘍は切除可能であった。そして顕微鏡的残存は十分可能性があるため術後補助治療として放射線治療を行った。術後放射線治療は3次元CT放射線治療計画を行い,総線量60 Gyを30分割にして処方した。照射野に関しては非典型的な甲状腺癌として腫瘍床と隣接するリンパ節領域に40 Gy照射し,さらに腫瘍床にmarginを約1cmつけて20 Gyの追加照射を行った。Itoら[8]によれば疾患特異的生存率は5年,10年でそれぞれ90%と82%,さらにリンパ節転移陽性例では76%と57%で,腺外浸潤例では92%と79%との報告であり,リンパ節転移もなく,腺外浸潤もない場合は100%と述べている。このことからリンパ節転移の有無と腺外浸潤の有無が重要な予後因子と考えられている。今回,広範囲な腺外浸潤を認めた症例ではあるが,CASTLEと診断したことで,積極的に切除をし,術後照射もできたことで患者の予後やQOLの改善ができたと考える。根治的治療ができたと考えるが,引き続き十分な経過観察が必要と思われる。
今回われわれは気管浸潤と総頸動脈を3/4周取り囲み切除不可能と思われたCASTLEの1例を経験した。非常に稀な腫瘍であり,治療は根治的切除である。しかし,甲状腺外浸潤を多く認めるが,積極的な切除と必要ならば術後照射を行うことで患者の予後やQOLを改善できると考える。
本論文の要旨は第35回頭頸部癌学会学術集会(2011年6月9日,10日,愛知県)にて発表した。