日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
肝転移を伴う膵NETの治療法
河本 泉今村 正之
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キーワード: , 神経内分泌腫瘍, 肝転移
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2013 年 30 巻 4 号 p. 266-270

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抄録

膵神経内分泌腫瘍のもっとも重要な予後因子は肝転移である。十分なエビデンスを持った治療法は少ないが,ENETS,NCCNなどから診断・治療のガイドラインが示されている。完全切除術が可能な場合,あるいは十分な減量手術が可能な場合は切除術単独あるいは切除術とRFAの組み合わせが勧められている。切除術の適応とならない場合の治療としては肝局所療法と全身療法がある。肝局所療法としてはRFA,TAE,TACEなどが挙げられており,全身療法としては化学療法,分子標的薬,PRRTなどが挙げられている。2011年以降,新たにエベロリムスとスニチニブが膵NETに保険適用となった。ストレプトゾシンも保険承認にむけて申請準備中である。また本邦からも膵・消化管神経内分泌腫瘍診療ガイドラインが2013年中に公開予定である。

Ⅰ はじめに

膵・消化管神経内分泌腫瘍(NET)は2005年,2010年と全国レベルの疫学調査が行われたが[,],胃癌や大腸癌,膵癌など他の消化器癌に比べて圧倒的に少ない[,]。

しかし,最近の30年で発症率が500%と急速に増加しているとの報告があるとともに[],膵NETでは5年生存率は34.1~43%と不良で[],その治療の重要性が増してきている。またNETの肝転移はリンパ節転移について多い転移形式で,膵NETでは診断時に32~80%に同時性肝転移を認められ[],最も重要な予後因子の一つであることも判っている。

NET肝転移の治療法治療には手術や肝動脈塞栓療法(TAE),肝動脈化学塞栓療法(TACE),ラジオ波焼灼術(RFA),抗腫瘍薬など様々な治療法が用いられる。膵NETに保険適用となっている抗腫瘍薬はなかったが,最近になりエベロリムスとスニチニブが漸く保険適用となり有用性が期待される。一方,手術については適応基準が確立していないこと,再発率が高いことなどの問題があるが,切除が可能な場合の第一選択治療法としてガイドラインで勧められている。膵NETの各ガイドラインおよび治療法について述べる。

Ⅱ 膵・消化管NETの病理診断

WHOの病理分類は2010年に新しくなり[10],Ki-67指数あるいは核分裂指数によるGrade分類に変更された(表1)。NETの治療はGrade分類別に考慮する必要がある。一般にNET G1,NET G2に比較してNECは悪性度が高く,腫瘍の進行も早い場合が多い。しかし,NET(G1/G2)であっても腫瘍の進行が速い場合があり臨床経過の観察が必要である。

表1.

神経内分泌腫瘍病理分類 WHO 2010

Ⅲ NCCNおよびENETSのガイドライン

1)NCCNガイドライン[11

NCCN(National Comprehensive Cancer Network)のガイドラインは毎年更新され「Neuroendocrine Tumors」として副腎腫瘍とともに示されている。高分化膵NETの肝転移の治療については「Management of Locoregional unresectable disease and/or Distant metastases」に示されており,完全切除が可能な場合,内分泌症状を伴わず腫瘍量が少なく増大傾向の少ない場合と,内分泌症状がある場合や腫瘍量多く増大傾向が明らかな場合に分けて示されている。完全切除の可能な場合は外科的切除が勧められており,完全切除できない場合は抗腫瘍薬やTACEなどの局所療法,減量手術などが勧められている。(図1

図1.

NCCNガイドライン 進行性/転移性膵NETの治療アルゴリズム(文献11より改変)

一方,低分化NETの転移の治療は「Poorly Differentiated/ Large or small cell carcinoma other than lung」の中の「Metastatic」に示されているが,手術療法の選択肢はなく,小細胞肺癌に準じた化学療法が勧められている。

2)ENETSガイドライン[12

ENETS(European Neuroendocrine Tumor Society)からは機能性と非機能性別に高分化型膵NETのガイドラインが示されている。

肝転移を含む進行性機能性膵NETの治療はMinimal Consensusとして機能性膵NETのガイドラインの中に記載されている。手術および内科的治療について表2に要旨を記載する[12]。

表2.

ENETSガイドライン 進行性/転移性 機能性膵NET

肝転移を含む進行性非機能性膵NETの治療は非機能性膵NETのガイドラインの中に記載されている[]。非機能性NETの肝転移に対する手術については,90%以上の腫瘍を切除できると判断した場合は減量手術が適応になるとしている。化学塞栓術とRFAについては腫瘍サイズが5cm未満の腫瘍で肝転移がない場合に減量効果が期待できる。肝移植については他に治療法がなく,肝外病変を伴わず腫瘍増殖が遅い場合の選択肢として示されている。内科的治療については切除不能の場合やストレプトゾシンをベースとした化学療法で腫瘍の進行がみられた場合の選択肢として,エベロリムスとスニチニブが示されている。Peptide Receptor Radionuclide Therapy(PRRT)についてはファーストラインの治療としては勧められていない。肝転移の治療アルゴリズムを図2に示す。

図2.

ENETSガイドライン 非機能性膵NET肝転移の治療アルゴリズム(文献7より改変)

Ⅳ 膵NETの肝転移に対する治療

1)手術

切除可能な肝転移を伴う膵・消化管NETに対する切除術により生命予後の改善が期待できる。2010年に8施設,339患者の集計が示され,内分泌症状を有するNETの肝転移に対する肉眼的遺残のない手術の有用性が示された。しかし,94%の患者に術後5年以内に新しい肝再発が起こることも示された[13]。

1992年~2009年の29論文のレビューでは,肝転移巣切除を行いR0手術を行いえた割合は63%(中央値)であり,PFSの中央値は5年で29%,10年で1%,全生存率の中央値は5年で70.5%,10年で42%であった[14]。予後因子としては肉眼的遺残,肝外病変,非機能性腫瘍,低分化型腫瘍などが挙げられている[1314]。

減量手術を行う場合,90%以上の腫瘍切除を行い,腫瘍量を最小にすることが勧められる。また,これ以下の切除では減量手術を行う利益がないとする報告や[15],手術単独よりRFAなどと組み合わせることで予後が改善するとの報告もある[14]。

2)RFA

RFAはNET肝転移による内分泌症状の改善と局所コントロールには有効とされている。しかし,その有効性を示す研究は少なく,症状緩和の有効率は69~90%と報告されている[1618]。

3)TAE,TACE

正常肝の主な血流は門脈より受けているが,NETはhypervascularで肝動脈からの血流に依存しており,肝動脈を閉塞させることで障害を受ける。このことから,TAEやTACEが腫瘍増殖の抑制や内分泌症状の改善に有効であると考えられている。一方,これらの治療法が生命予後を改善したとの報告はなく,survival benefitは不明である。TACEに用いる薬剤はシスプラチン,ドキソルビシン,ストレプトゾシン,5FU,マイトマイシンCなどがある。TACEとTAEの有効性を比較した試験では内分泌症状の緩和期間と5年生存率でTACEがよいとする報告がある[19]一方,内分泌症状の緩和と生存期間中央値とも差がないとする報告もある[20]。

門脈完全閉塞や肝機能低下,腫瘍が大きく肝容積の75%以上を占める場合は治療後の肝不全の発症が懸念されTAE,TACEは適応外とすべきである。

4)PRRT

PRRTはソマトスタチンアナログにyttriumやlutetiumなどβ線を放出する核子をつけて全身投与する放射線治療の一種である。

504患者にPRRTを行った結果,minor response以上の有効性を46%(うちCR 2%,PR 30%)と報告されている[21]。副作用は嘔気,嘔吐,腹痛,血液毒性が10%以上の患者に認められ,少数ではあるが重篤な副作用としてMDS,腎不全,肝機能障害が認められた。しかし,多くのPRRTの報告は治療後の経過観察による臨床経験であり,今後,臨床研究による有効性の検討を行う必要がある。

5)薬物療法

膵NETに対する薬物療法には内分泌症状の緩和目的の治療と抗腫瘍効果を目的とした治療がある。

a)内分泌症状緩和目的の薬物療法

インスリノーマによる低血糖症状に対しては,発作時のブドウ糖補充や発作抑制にジアゾキシド[22],エベロリムス[23]が有用である。ガストリノーマによる消化性潰瘍・下痢に対してはプロトンポンプ阻害薬(PPI)が有用である。VIPオーマによる分泌性下痢に対しては多量の電解質液の補液が有用である。

ソマトスタチンアナログはソマトスタチン受容体(sstr)を介して過剰分泌されるホルモンを抑制することで機能性NETの症状を緩和する[2425]。現在,ガストリノーマ,VIPオーマによる内分泌症状に対して保険適用となっている。

b)膵NET(G1/G2)に対する分子標的薬

2011年12月にエベロリムスが,2012年8月にスニチニブが膵NETに対して保険適用となった。両薬剤とも進行性・転移性の膵NETを対象にした前向き無作為化プラセボ対照二重盲検試験で有意なPFSの延長が示された(表3)[2627]。現時点で膵NETに対して保険適用となっている薬剤はこの2剤だけである。

表3.

進行性/転移性 膵NETを対象とした分子標的薬の臨床試験

エベロリムスの主な副作用は口内炎,肺炎,貧血,血小板減少,高血糖,下痢などであった[26]。一方,スニチニブの主な副作用は疲労感,好中球減少,高血圧,心電図異常(QT延長),甲状腺機能低下が挙げられ[27],ともに副作用の特徴を理解したうえで使用する必要がある。

c)膵NET(G1/G2)に対するその他の抗腫瘍薬

その他の抗腫瘍薬としてはストレプトゾシン,ダカルバジン,テモゾロミド,インターフェロンなどが報告されている。いずれの薬剤も本邦では保険承認されていない。本邦で進行性膵・消化管NETを対象にストレプトゾシンの有効性・安全性・薬物動態を検討する第Ⅰ/Ⅱ相試験(NPC-10 第1/2相試験)が行われ,現在,保険承認に向けて申請準備中である。

d)NECに対する抗腫瘍薬

低分化型膵NET(NEC,G3)に対する抗腫瘍薬は,小細胞肺癌に準じた治療がNCCN,ENETSのガイドラインで勧められており,白金製剤をベースとした化学療法(シスプラチン+エトポシド,シスプラチン+イリノテカン)がおこなわれることが多い[2829]。しかしながら,これらの治療は大規模無作為化比較試験の報告がない。本邦では保険承認もされておらず,標準的な治療法は確立していない。

Ⅴ おわりに

膵NETは比較的稀な疾患で,手術や薬物療法など標準的な治療戦略が確立していない領域であり,今後の臨床研究によるエビデンスに基づいて治療法の確立が待たれる。また本邦ではNETの診療・治療に対するガイドラインが示されていなかったが,膵・消化管神経内分泌腫瘍診療ガイドライン作成員会(委員長 今村正之 京都大学名誉教授)が中心となりガイドラインの作成を進めており,2013年中の公開を目指している。

【文 献】
 

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