2013 年 30 巻 4 号 p. 271-274
膵内分泌腫瘍(pancreatic neuroendocrine tumor:P-NET)は比較的稀な疾患であるものの,膵悪性腫瘍全体における比率は年々上昇している。WHOが規定する病期分類は時代により大きく変化し,現在ではKi-67指数や核分裂像に基づく分類が用いられている。P-NETは種類により予後を大きく異にする疾患であるため,外科的治療は腫瘍の種類によって決定される。代表的疾患であるインスリノーマは核出術などの縮小手術が基本となる一方,ガストリノーマはリンパ節郭清を伴う膵切除術が推奨されている。切除不能症例に対してはソマトスタチンアナログ製剤をはじめ,エベロリムスやスニチニブなどの分子標的薬が使用される。この項では,P-NETが発見されてから,治療に至るまでのストラテジーを解説するとともに,興味深い一例を提示する。
P-NETは神経細胞や内分泌細胞を由来とする膵腫瘍の総称であり,その多くは膵ランゲルハンス島を由来とする。内分泌症状を示す機能性腫瘍と,内分泌症状を伴わない非機能性腫瘍とに大別され,腫瘍の組織学的分類としては,Ki-67指数や核分裂像に基づくWHO分類が用いられている。機能性腫瘍にはインスリノーマをはじめ,ガストリノーマ,グルカゴノーマ,VIPomaなどがあり,各種ホルモン産生による臨床症状を呈する。Neuroendocrine Tumor Workshop Japan(NET Work Japan)の報告によると,我が国における2005年一年間でのP-NET受療者数は2,845人,内訳は機能性1,627人,非機能性1,218人と推定された[1]。また2007年の膵癌登録報告で,悪性P-NETは膵悪性腫瘍の3.2%であり,膵悪性腫瘍全体に占める割合は年々増加傾向にあると報告された[2]。
本疾患が疑われる場合,まず行うべきは血液検査である。機能性腫瘍は由来とする膵内分泌細胞の産生ホルモンが上昇しているため,その診断においては,インスリン,ガストリン,グルカゴンなどのホルモン検査が必須である。また,P-NETは内分泌症状がみられる場合でも腫瘍が微小であることがあり,その局在診断に難渋することがある。その際には選択的動脈内刺激薬注入法(Selective arterial secretagogue injection test:SASI test)が有用である。
画像診断としては,Computed tomographic(CT)scan検査,Magnetic resonance imaging(MRI)検査,超音波内視鏡検査(endoscopic ultrasonography:EUS)が用いられる。EUSは造影CT検査やMRI検査にて検出しえなかった病変を検出しうる有用な手段として用いられ,感度87.2%,特異度98.0%と非常に良好な結果が報告されている[3]。さらにIshikawaらの報告では,熟練した内視鏡医のもとでEUSの感度は95.1%と,他の検査手段に比べ非常に有用であった[4]。EUSは微小な病変を描出するだけではなく,穿刺吸引細胞診と組み合わせることによりその質的診断が可能である(超音波内視鏡下穿刺吸引法EUS-guided fine needle aspiration:EUS-FNA)。EUS-FNAは,P-NETの診断に有用と考えられているが,サンプルエラーなどの問題により,悪性度診断の精度十分ではない[5]。
手術療法はP-NET症例に対して唯一の根治的治療である。また,R0手術にならないまでも,90%以上の病変摘出ができれば予後の改善が認められるため,内科的治療などを組み合わせた集学的治療としての減量手術も検討に値する[6,7]。P-NETの特徴として,機能性・非機能性腫瘍があり,肝転移症例も存在することから,疾患毎・病態毎の術式選択が必要となる。現在,ヨーロッパを中心としたNETに対する治療選択において最も影響力があるEuropean Neuroendocrine Tumor Society(ENETS)のガイドラインに基づき,詳述する(図1)。
P-NET治療方針
*本邦では未承認。
インスリノーマやガストリノーマのような臨床症状が現れ易い機能性腫瘍の場合,腫瘍径によらず手術適応となり,部位に応じた膵切除が施行される。インスリノーマの場合,術前に病変が確認されていれば,腹腔鏡手術などの縮小手術も許容され,リンパ節郭清も不要とされている[8]。しかし,稀ではあるが,悪性インスリノーマも存在し,再発をきたす症例も報告されており[9],腫瘍が大きく悪性を疑う場合にはリンパ節郭清を伴う膵切除が必要となる。
ガストリノーマ症例はリンパ節転移をきたし易く,十二指腸原発のものでは40~60%に転移を有したとされる[8,9]。このため,ガストリノーマに対してはリンパ節郭清を伴う定型的な膵切除を施行するのが一般的である。ガストリノーマに対する手術療法は開腹手術で行われるべきであり,インスリノーマとは異なり腹腔鏡手術は推奨されていない。
非機能性P-NETは手術療法によって根治できる可能性があり,積極的に切除すべき疾患である。2cm未満の腫瘍は良性のことが多く,この中には切除せず経過観察可能な症例も存在する。2cm以上の場合,悪性のリスクは高い。また2cm未満の非機能性P-NET偶発症例の6%が悪性であったとの報告もあり[10],注意を要する。局所進行腫瘍に対しては未だcontroversialではあるが,血管再建を含めた切除術の有効性も報告されている[11,12]。コンセンサスは得られていないが,2cm未満の腫瘍に対しては,核出術などの縮小手術が,2cm以上の腫瘍や悪性を疑うものに対してはリンパ節郭清を伴う膵切除術が妥当と思われる。腹腔鏡手術の適応もこれを遵守し行われるべきであろう。
瀰漫性の多発肝転移など根治切除不能なP-NET症例に対しては,薬物療法が行われる[13]。NETではソマトスタチンレセプター(somatostatin receptor:SSTR)の発現を高率に認めることから,SSTRに親和性のあるソマトスタチンアナログ製剤が臨床症状の軽減に有効である。また腫瘍抑制効果が期待できるとの報告もあり[14],NET-G1に対し推奨されている。インターフェロンとの併用が有効であったとの報告もある[15]。
NET-G2に対しては全身化学療法としてストレプトゾトシンと5-FUまたはドキソルビシンとの併用療法が有効とされ,欧米においては,1980年代よりストレプトゾトシンをベースとした化学療法が行われているが,本邦では未承認である。
高分化型腫瘍(NET-G1/G2)に対する分子標的薬として,エベロリムスやスニチニブが挙げられる。エベロリムスはmTOR(mammalian target of rapamycn)の阻害により腫瘍増殖や血管新生を阻害・抑制する。RADIANT-3試験[16]により有用性が示され,2011年11月に本邦でP-NETに対する適応承認を得ている。一方,多キナーゼ(VEGF-R,PDGF-R,c-kit,FLT3,CSF-1,RET)活性を阻害するスニチニブは,抗血管新生作用により腫瘍の血管増殖を抑制する。高分化型進行性P-NETを対象に行われた第Ⅲ相試験にて有用性が示され[17],2012年8月に本邦でP-NETに対する適応承認が得られた。
現時点において本邦ではソマトスタチンアナログ,エベロリムス,スニチニブを中心とした薬物療法が行われている。
一方,低分化型腫瘍(NEC)に対しては,病理学的臨床的に類似する小細胞肺癌の治療に準じ,シスプラチンをベースとしてエトポシドやビンクリスチン,パクリタキセルやイリノテカンとの併用レジメンが行われる。が,これまでのところランダム化比較試験により,延命効果は確認されていない。
また欧米ではSSTRを標的とした放射線治療PRRT(peptide receptor radionucleotide therapy)が行われている。111In-,90Y-,177Lu-を核種として用い,SSTRの存在が明らかな症例において高い奏効率が得られている[6]。
ここで,1症例を提示する(図2)。
造影CT検査
a:初診時,b:OCT-LAR治療後,c:OCT-LAR+S-1治療後,d:PRRT療法後。
症例は56歳女性。他院より紹介された膵体部内分泌腫瘍,同時性多発肝転移症例で切除不能と判断した。肝腫瘍生検により,NET-G2の診断となった。SSTR2A,2B,5が陽性であったためソマトスタチンアナログ長時間作用型製剤(サンドスタチン®LAR:OCT-LAR)投与を開始。CT上Progressive Disease(PD)と判断された。当時適応のある薬剤がなく,OCT-LARにS-1を併用して投与。一時Stable Disease(SD)となるもその後PDとなったため,PRRT療法(DOTATOC)を行うべく渡欧。肝転移巣の著明な縮小を認めた。しかし3年後に骨転移,脳転移をきたしたため骨腫瘍摘出術,γナイフ治療を施行。その後肝転移巣の増大をきたし,適応取得したエベロリムスを投与開始し,肝転移病変に対しSDを得ながら現在に至る。治療開始より74カ月生存中である。P-NETに対する治療法は,近年進歩しており,今後もP-NET患者の助けになる使用可能な治療法が望まれる。
P-NETは予後良好な疾患ではあるもの,転移再発をきたすこともあり,NECのように予後の悪い病態もある。本邦におけるP-NETに対する治療方針は,手術療法を第一選択とし,未承認の治療方法もあるものの,各種薬剤を使用し,予後延長を目指すことが肝要である。