日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
左反回神経に生じた顆粒細胞腫の1例
佐藤 伸也森 祐輔橘 正剛横井 忠郎山下 弘幸覚道 健一
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2013 年 30 巻 4 号 p. 319-321

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抄録

症例は42歳の女性。甲状腺峡部の15mmの甲状腺乳頭癌および左外側区域のリンパ節転移に対し,甲状腺全摘および左側D2a郭清を施行した。術中,左反回神経に径10mmの表面平滑な紡錘形の白色腫瘍を認めた。腫瘍の一部を切除し病理に供したところ,術後に顆粒細胞腫と判明した。顆粒細胞腫の大多数は良性であるが,時に悪性の経過をたどるため,完全摘出が望ましい。しかし,本症例では術後に反回神経麻痺を認めず,病理でも悪性所見を認めなかったことから,追加切除せずに経過観察している。術後1年半の時点で腫瘍の増大や反回神経麻痺は認めていない。

はじめに

顆粒細胞腫は皮膚や口腔,消化管,気管気管支,乳腺など全身のあらゆる組織に発生する比較的稀な腫瘍であり[,],近年の免疫組織学的知見などからその発生起源はSchwann細胞と考えられている[,]。しかし,神経と連続した状態で確認された顆粒細胞腫の報告は顆粒細胞腫全体の中でも稀であり[],反回神経との関連性が指摘された報告も極めて少ない[]。今回,われわれは左反回神経に生じた顆粒細胞腫の1例を経験したので,文献的考察を交えて報告する。

症 例

症 例:42歳 女性。

既往歴:橋本病。

家族歴:甲状腺疾患の家族歴なし。

現病歴:前医で橋本病による甲状腺機能低下症と診断され,平成22年某日当院紹介となった。初診時の超音波検査(以下US)と細胞診で甲状腺乳頭癌が判明したため,手術目的で入院となった。

入院時現症:甲状腺峡部に1cmの硬結を触知したが,頸部リンパ節は触知しなかった。嗄声も認めなかった。

甲状腺機能検査(初診時):fT4 0.73ng/dl(基準値0.9~1.7,以下同様),TSH 58.66μIU/ml(0.50~5.00),サイログロブリン(Tg)415ng/ml(1.4~78.0),抗Tg抗体 299IU/ml(28未満),抗TPO抗体 266IU/ml(16未満)と橋本病による甲状腺機能低下症を認めた。

頸部US図1):甲状腺峡部に15mmの形状不整,境界不明瞭な低エコー結節を認めた。Ⅱ,左右Ⅲ,左Ⅵ領域に10mm前後に腫大した内部に微細点状エコーを伴うリンパ節を認め,乳頭癌のリンパ節転移が疑われた。

図 1 .

頸部超音波検査

甲状腺峡部に15mmの乳頭癌に矛盾しない結節を認める。背景甲状腺は橋本病の所見。

細胞診:甲状腺峡部の結節および左Ⅵリンパ節の穿刺吸引細胞診所見より甲状腺乳頭癌およびリンパ節転移と診断した。

手術所見図2):初診時よりレボチロキシンナトリウム50㎍/日の内服を開始し,甲状腺機能が正常化した平成22年11月某日,甲状腺全摘および左側D2a郭清を施行した。術中,左反回神経に径10mmの表面平滑,白色,弾性硬の紡錘状の腫瘍を認めた。良性の神経鞘腫と判断したため,合併切除せず腫瘍の一部を生検するにとどめ手術を終えた。

図 2 .

手術所見

左反回神経に10mm紡錘状の腫瘍を認める。

病理組織所見図3):甲状腺の腫瘍およびリンパ節は甲状腺乳頭癌であった(pT1b pN1b M0 StageⅠ)。左反回神経に生じた腫瘍は細胞質に好酸性顆粒を持つ大型細胞からなり,腫瘍細胞は充実性に増生していた。核は小型で部分的に紡錘形の核を認めたが,核異型および核分裂像は認めなかった。周囲への腫瘍細胞の浸潤増生も認めなかった。以上の所見より良性の顆粒細胞腫と診断した。

図 3 .

病理組織所見

好酸性顆粒を細胞質に多量に含む腫瘍細胞が充実性に増生している。核分裂像,細胞異型,浸潤増生がないことより良性と診断された。

術後経過:術後は合併症なく経過し,術後2日目に施行した喉頭内視鏡検査でも反回神経麻痺を認めなかった。平成25年6月の時点で,顆粒細胞腫の腫瘍径は10mmと変化なく(図4),また乳頭癌の再発も認めていない。

図 4 .

術後の超音波検査

術中に認めた顆粒細胞腫を気管左側に認めるが,腫瘍径は10mmと変化はない。術前はリンパ節腫脹と判断していた。

考 察

顆粒細胞腫は1926年にAbrikossoffによりgranular cell myoblastomaとして最初に報告された[10]。当初はその名称から推察されるように筋原性腫瘍と考えられていたが,抗S-100蛋白抗体などによる免疫組織学的研究[]並びに電子顕微鏡による細胞内構造物の検討[]などから現在ではSchwann細胞由来の腫瘍とする考えが有力である。しかしながら,全身のあらゆる部位より生じ[,],Schwann細胞由来とされているにも関わらず,神経そのものより本腫瘍が生じたとする報告は少なく,尺骨神経[]や,脛骨神経[],三叉神経[],交感神経[]から生じたものが報告されているにすぎない。反回神経との関連性を示唆する報告は渉猟した範囲では1例のみで[],その1例は本症例と同様に腫瘍が左反回神経自体から生じたと考えられる症例であった。

本腫瘍は一般に良性の経過をたどるが,悪性顆粒細胞腫の報告も散見され,その頻度は顆粒細胞腫全体の1~2%とされる[]。悪性の診断は病理所見にて①壊死の存在,②紡錘形細胞の出現,③腫大した核小体を伴う空胞状の核,④核分裂像の増加,⑤N/C比の増加,⑥多形性の6項目中3項目以上満たすかによってなされる[11]。過去に報告された悪性例の予後は不良であり,Ordonezらは悪性顆粒細胞腫と診断された41例中21例(51%)は経過観察中に原病死したと報告している[]。悪性顆粒細胞腫の予後因子としては腫瘍径と初診時の遠隔転移が指摘されている[]。また,Fanburg-Smithらは遠隔転移例の腫瘍径の中央値が5.5cmであったのに対し,転移のないものでは2.2cmであったと指摘し,その相関性について言及している[11]。治療は外科的切除が唯一の方法であるが,良性と診断された症例であってもLackらの報告[12]で56例中5例(8%)に,Strongらの報告[13]では107例中2例(2%)に局所再発を生じていることから,良性であっても十分な切除マージンをつけることが望ましい。その一方で,Lackらは同論文で[12]切除断端が陽性であった19例でその後局所再発を認めなかったとも述べていることから,良性の顆粒細胞腫は局所再発を生じうる性質を持つものの,その増大速度は緩徐であると考えられる。

本症例では術中の腫瘍の性状から良性の神経鞘腫と判断し,腫瘍の一部の生検のみを行い手術を終えた。術後の病理組織で悪性所見を認めなかったことや,手術前後に反回神経麻痺を認めなかったこと,甲状腺乳頭癌の全摘後であるため頸部の経過観察が生涯にわたって行われること,腫瘍径が10mmと悪性の可能性を考慮しても小さなもので,増大速度も緩徐と推測されることから,現時点では経過観察を行っている。腫瘍の急速な増大や反回神経麻痺など悪性を疑う所見があれば神経合併切除を伴う腫瘍摘出を行う予定である。

おわりに

今回,左反回神経に生じた顆粒細胞腫の1例を報告した。顆粒細胞腫は比較的多くの症例報告が存在するが,本例のように反回神経に生じた症例は極めて稀であり,腫瘍の発生由来を考える上でも興味深い症例であると考え報告した。

本論文の要旨の一部は第25回日本内分泌外科学会総会(2013年5月24日,山形)において報告した。

【文 献】
 

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