日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
当院における甲状腺全摘術後の副甲状腺機能の検討
木原 実宮内 昭
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2014 年 31 巻 1 号 p. 5-8

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抄録

甲状腺全摘術の合併症である副甲状腺機能低下症は少なからず生じる。これを予防するためには副甲状腺をin situに血行温存する方法と自家移植をおこなう方法があり,いずれも有効な方法である。移植法では回復は期待できるが,血行温存法と比べてその機能回復の程度は劣り,移植だけであれば少なくとも2腺以上は必要となる。より良い機能温存のためには出来る限り血行温存に努めるべきであるが,血行温存できなかった副甲状腺は可能な限り摘出標本から探し出し1腺でも自家移植しておくと永続性副甲状腺機能低下症のリスクを下げることができる。

はじめに

甲状腺全摘術後の副甲状腺機能低下症は一般的にみられる医原性の合併症で,これを防ぐために副甲状腺の血行を残してin situに温存する方法と筋肉内に自家移植する方法がある。最初から血行温存を試みずルーチンに副甲状腺を全摘し自家移植する方法[]もあるが,大半の施設ではまずは血行温存を試み,残念ながら血行が悪くなった場合は摘出し自家移植していると思われる。以前,われわれは全摘後の副甲状腺機能について幾つか報告した。すなわち血行温存の場合は術後1日目のI-PTH値がその後の副甲状腺機能を予測できること,血行温存・移植ともに術後1~2カ月で副甲状腺機能の回復が安定することが多いこと,移植のみでは十分な回復は期待できないことを報告した[,]。術後副甲状腺機能低下症のなかでも一過性であれば数週間から半年程度のカルシウム剤や活性型ビタミンD3製剤の補充で済むので重篤な問題とはならない。しかし永続性ともなると生涯,それらの補充が必要となるので可能な限り回避するよう努めなければならない。そのためここでは永続性副甲状腺機能低下症を中心に自験例をもとに報告する。副甲状腺全腺摘除では副甲状腺機能低下症は必発であるため,副甲状腺全腺摘出症例は除外し血行温存または移植された症例の中でどのような臨床的因子により副甲状腺機能低下症が生じやすいか,さらには正常な副甲状腺機能回復に何腺が必要かを検討した。

対象と方法

対象は2005年から2012年までに当院で初回手術として甲状腺全摘術を施行した症例のうち,副甲状腺を4腺全腺摘除(移植は未施行)や副甲状腺機能亢進症合併例,腎不全例,骨粗鬆症にて治療中の症例,副甲状腺の温存状況が不明な症例を除外した5,997例。原則,副甲状腺はin situに血行温存し,できなかった場合は摘出細切し筋肉内に自家移植した。血中カルシウム値が低く,カルシウム剤や活性型ビタミンD剤が必要である期間が1年未満のものを一過性,1年以上継続するものを永続性副甲状腺機能低下と定義した。血行温存のみをおこなった群をPreservation group,移植のみをおこなった群をAutotransplantation group,血行温存と移植を併用した群をCombination groupとして群別した。

結 果

手術時年齢中央値53.0歳(6~93歳)。男性1,025例,女性4,972例で悪性4,798例,良性1,199例。郭清はD0が1,311例,D1郭清2,665例,D2-3郭清2,021例。術後副甲状腺機能が正常なのは2,620例(43.7%),副甲状腺機能低下は一過性が3,300例(55.0%),永続性が77例(1.3%)であった。3群における永続性機能低下の頻度はPreservation groupが1.2%,Combination groupが1.0%,Autotransplantation groupが3.5%であった。臨床的因子のうち疾患(良性か悪性か)と郭清において副甲状腺機能低下との相関がみられた。郭清別においては郭清の範囲が広くなるほど,血行温存数と移植数はともに減少し,副甲状腺機能低下の割合が高くなった(表1)。Preservation group,Autotransplantation groupともに副甲状腺数が少ないほど永続性副甲状腺機能低下の割合は高くなった。Preservation groupでは1~2腺温存で3~3.9%の永続性副甲状腺機能低下がみられたが,3腺以上の温存で皆無であった。Autotransplantation groupでは永続性副甲状腺機能低下の割合は1腺のみ移植で13.5%,移植数が増えるほどその割合は減少したが,4腺すべて移植しても1.8%でみられた(表2)。補充が必要な永続性副甲状腺機能低下をきたした症例を除いた5,920例においてAutotransplantation groupでは術後1年のカルシウム値は正常範囲内にあるものの,術前と比較して有意に低かった(図1)。とくに1~2腺だけではその多くは正常下限であった。Preservation groupにおける術後1日目のI-PTH値が11pg/ml以上であれば永続性機能低下はまったくみられないが,これより低値であればその頻度は増加し,5pg/ml以下であれば永続性機能低下は9%でみられた(表3)。

表1.

術後副甲状腺機能とリンパ節郭清との関係

表2.

血行温存のみと移植のみにおける術後副甲状腺機能の比較

図1.

術前後の血中カルシウム値の変化(永続性機能低下症例は除く)。移植のみでは術後の血中カルシウム値は低い。

表3.

血行温存のみにおける術後1日目のI-PTH値と永続性副甲状腺機能低下症の頻度

考 察

甲状腺全摘術に伴う合併症のひとつである副甲状腺機能低下症の発生はやむをえず,一過性を含めると手術症例の過半数で機能低下症となったが,常にカルシウム剤や活性型ビタミンD3製剤が必要となる永続性機能低下症の発生は極力回避しなければならない。疾患や術式,施設により甲状腺全摘術の適応や頸部郭清の程度に著しい差異があったり機能低下症の定義も統一されていないことから,術後副甲状腺機能低下症の発生頻度も大きく異なり,甲状腺全摘術後における永続性副甲状腺機能低下症の発生率の報告は1%から30%と幅ひろい[10]。これを予防するために副甲状腺の血行を残してin situに温存するか,摘出し筋肉内に自家移植する方法がある。しかし,術中にin situに温存または筋肉内に自家移植した副甲状腺がしっかりと機能するのかは確実ではない。今回の検討でもわずか1腺だけの移植でも機能が回復した症例がある反面,4腺全腺移植しても永続性機能低下に陥った例も1.8%でみられた。これは移植部での出血などにより副甲状腺が虚血となり,移植片の生着がうまくいかなかったのであろう。一方,1腺血行温存のみでは3.9%に永続性機能低下がみられたことから,血行を残してin situに温存したつもりでもこの程度は血流が途絶えて機能しなくなるものと考えられた。

以前われわれはI-PTH値で評価した副甲状腺機能は移植よりも血行温存のほうがより回復しやすいことを報告した[,]。つまり移植だけではI-PTH値が正常範囲に回復しても術前に比べると有意に低かった。I-PTH値は半減期が非常に短く,生物学的活性があり,副甲状腺機能を評価するには適している。しかし今日では保険診療上,全例に毎回ルーチンにI-PTHを測定することはできないので実際にはカルシウム値で評価することになる。今回の検討でも永続性機能低下例を除外した,すなわち常時カルシウムなどの補充を必要としない症例でも移植のみでは術後のカルシウム値は術前値よりも有意に低かった。このことは下痢などで容易に低カルシウム血症を引き起こしやすいことになるのかもしれない[11]。Salanderらは甲状腺全摘後にカルシウムなどの補充を必要としない症例にcalcium deprivation testをおこなうと低カルシウム血症をきたす潜在性副甲状腺機能低下症が61%でみられたことを報告した[12]。

疾患別では良性より悪性のほうが機能低下をきたしやすいが,これは郭清と大きく関係している。郭清すると下の副甲状腺は血行を残してin situに温存するができず,摘出標本から見つけ出し自家移植することになる。血行温存数と移植数はともに非郭清よりも郭清するほうが少なくなり,術後機能に影響した。D1郭清よりD2-3郭清のほうが血行温存数は少なくなったが,郭清範囲の影響というわけではなく,広範な郭清が必要な症例は病変(原発巣やリンパ節転移の大きさ,数,周囲への浸潤)も進行していると考えられ,そのことが影響しているのであろう。

血行温存のみの場合,術後1日目のI-PTH値とその後の血中カルシウム値を比較するとI-PTH値が低いほど永続性機能低下の割合が高くなるが,I-PTH値が11pg/ml以上であれば永続性機能低下は完全に回避できた。術中操作に伴ううっ血や血腫,腫脹などによる温存した副甲状腺の血行障害に起因するものと考えられるが,これらの要因が早期に軽快すれば血行障害が改善し機能が回復することは十分に想像できる。実際,術後1日目のI-PTH値が感度以下であっても機能低下は一過性で済む場合も多かった。

おわりに

甲状腺全摘術後の副甲状腺機能低下症は合併症のひとつであるが,ひとたび副甲状腺機能低下症に陥ればカルシウム剤や活性型ビタミンD剤の補充をせねばならず出来る限り回避せねばならない。副甲状腺機能を温存する手段にはin situに副甲状腺への血行を温存する方法と,副甲状腺を摘出し自家移植をおこなう方法しかない。しかし移植では回復は期待できるが,血行温存と比べて機能回復の程度は低く移植だけであれば少なくとも2腺以上は必要となる。それでも血中カルシウム値は術前値と比べて低値である。より良い機能温存のためには出来る限り血行温存に努めるべきであるが,必ずしも良好な状態で機能するとは限らないので,血行温存できなかった副甲状腺は極力,摘出標本から探し出し1腺でも自家移植しておくべきである。

【文 献】
 

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