日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺細胞診ベセスダ・システムの意義と日本甲状腺学会が提起した穿刺吸引細胞診分類の問題点
坂本 穆彦
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2014 年 31 巻 2 号 p. 104-107

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抄録

日本甲状腺学会は2013年8月に「甲状腺結節取扱い診療ガイドライン2013」を刊行し,その中で穿刺吸引細胞診分類を提起した。わが国ではすでに作成当時の国際標準に準拠した甲状腺細胞診判定基準が「甲状腺癌取扱い規約」第6版(2005年)に掲載されており,このたびの日本甲状腺学会のガイドライン刊行によって,わが国にはあたかも2つの細胞診判定基準が生じたかの様な状態となった。他方,「甲状腺癌取扱い規約」は近年改訂されることになっており,ここでは2008年に米国より示されたベセスダ・システムに基づいた変更が行われる。このことは,「規約」刊行母体の日本甲状腺外科学会ではすでに機関決定されている。この様な状況をふまえ,本稿ではベセスダ・システムの概容と意義について概説する。甲状腺細胞診の判定基準が国内に複数存在するという事態は是非とも回避されねばならない。

1.はじめに

わが国では,甲状腺細胞診の報告様式としては,「甲状腺癌取扱い規約」(以下,「規約」),第6版(2005年)[]に当時の国際標準にあわせた内容が掲載されており,従来のパパニコロウ・クラス分類に代わるものとして推奨されてきた。近年に至って,米国より新たな報告様式としてベセスダ・システムThe Bethesda System[]が提唱され,2008年に公表された。現在ではわが国の近隣諸国も含め,多くの国で用いられている。わが国への導入も「規約」を刊行している日本甲状腺外科学会においてすでに機関決定されている。

この様な状況下で,日本甲状腺学会は,「規約」ともベセスダ・システムとも異なる内容の細胞診分類を含む「甲状腺結節取扱い診療ガイドライン2013」[](以下,「ガイドライン」)を2013年8月に刊行した。したがって,現在はわが国では,「規約」と「ガイドライン」が異なる学術団体から甲状腺細胞診の報告様式として発行されているというダブル・スタンダード状態にある。

筆者は,「規約」第6版の甲状腺細胞診報告様式を作成した日本甲状腺外科研究会(現,日本甲状腺外科学会)の病理委員会委員長の立場から,ベセスダ・システムの概容と意義を概説するとともに,新たに刊行された「ガイドライン」中の細胞診分類の問題点を指摘したい。これによって,日本甲状腺学会に再考を求めるとともに,ダブル・スタンダード状態解消をはかりたいと考えている。

2.「規約」第6版の細胞診報告様式作成の経緯

「規約」に細胞診に関する記述が登場したのは第4版[](1991年)であった。第4版より,規約委員会の中に組織分類小委員会(矢川寛一委員長)が設けられ,数名の病理医とともに筆者も委員として加わった。第4版,第5版[](1996年)(病理小委員会:細田泰弘委員長)では細胞診検体処理の手技や各組織型の細胞所見について記されたが,判定の報告様式についてはふれられていない。

しかし,1996年にパパニコロウ・ソサエティThe Papanicolaou Society of Cytopathologyは従来のパパニコロウ・クラス分類や陰性/疑陽性/陽性の3段階分類に変わるものとして独自の判定カテゴリー[]を発表した。これは,まず細胞診標本が判定に耐えうる様に作製されているか否かをチェックするというものである。鏡検にふさわしい標本は「適正」,それ以外は「不適正」とするという,これまでにないステップが取り入れられた。「適正」標本の判定は「正常あるいは良性」,「鑑別困難」,「悪性の疑い」,「悪性」の4つのカテゴリーに区分され,さらに推定病名を付記することが求められた。

この新しい報告様式は,甲状腺版とともに乳腺版も同様に作られた。これらは次第に各国で支持され,実地診療に取り入れられる様になっていった。

この流れをふまえて,わが国の細胞診にも脱パパニコロウ・クラス分類の機運が生じ,日本甲状腺外科研究会と日本乳癌学会の病理関連委員会の有志が連係をとり,意見交換を行った。その結果,両学会の次回規約改訂にあたっては,パパニコロウ・ソサエティの提唱した内容を取り込むことで合意に至った。乳癌では甲状腺癌よりも1年早く,2004年「臨床・病理 乳癌取扱い規約」第15版[]にパパニコロウ・ソサエティの基準に準じた報告様式が掲載された。次いで甲状腺癌の規約改訂も行われ,第6版(病理委員会:坂本穆彦委員長)では乳癌と同様の判定カテゴリーが「規約」に登場した。

3.「規約」第6版の細胞診報告様式とその後の展開

「規約」第6版刊行によって,パパニコロウ・クラス分類に変わる新しい報告様式を提起したにもかかわらず,わが国での浸透は必ずしもスムーズではない状況がつづいた。その背景には,わが国の細胞診検体総数の90%程度を占める婦人科領域がパパニコロウ・クラス分類を独自に改変した日母分類[]を公式に用いており,細胞診総体としてはなかなか脱パパニコロウ・クラス分類への意識転換がはかれなかったという事情がある。

しかし,子宮頸癌細胞診においても,日母分類を廃し,ベセスダ・システム(子宮頸部版)[]に移行することが,わが国の関連学会の協議で合意が得られ,2008年より実施された。5年以上を経た現時点では,その移行期はほぼ抜け出た様に思われる。

この動きと前後し,ベセスダ・システム第2弾として甲状腺細胞診報告様式が2008年に公表された。

4.ベセスダ・システムの概容と意義

甲状腺版ベセスダ・システムは,パパニコロウ・ソサエティの報告様式を一段と進化させたものとして提示された(表1)。以下にベセスダ・システム報告様式の概略を示す。まず,作製された標本の状態をチェックし,乾燥・変性・固定不良・末梢血多量混入・塗沫不良などにより,あるいは採取細胞量が少ないなどの理由により鏡検に適さないものを「不適正」Inadequateと判断する。そして,それ以外のものを「適正」Adequateとして,具体的な判定を行う。

表1.

各種甲状腺細胞診報告様式

「適正」標本の判定は5つのカテゴリーにわけられる。すなわち,「正常あるいは良性」(Normal or benign),「意義不明な異型あるいは意義不明な濾胞性病変」(以下,「意義不明」と略す),Atypia of undertemined significance/follicular lesions of undetermined significance(AUS/FLUS),「濾胞性腫瘍あるいは濾胞性腫瘍の疑い」(以下,「濾胞性腫瘍」と略す)Follicular neoplasm/suspicious for a follicular neoplasm(FN/SFN),「悪性の疑い」Suspicious for malignancy,「悪性」Malignantである。

「不適正」と「適正」の判別に関して,パパニコロウ・ソサエティの判定カテゴリーでは,囊胞cystは「適正」とされたが,ベセスダ・システムではこれを「不適正」としている。再検を強くうながすためであり,囊胞性変化を伴う乳頭癌が単に囊胞として判定されるというサンプリング・ミスの可能性への危惧からの措置と考えられる。

「正常あるいは良性」,「悪性の疑い」,「悪性」は両判定カテゴリーとも同一内容である。

パパニコロウ・ソサエティの報告様式とベセスダ・システムのそれとの相違としての最大のポイントは,判定カテゴリーの「鑑別困難」Indeteminateを「意義不明」「濾胞性腫瘍」に2分したことである。これによって,細胞診では“良・悪性判別不能の濾胞性腫瘍”と,“再検によって良・悪性判定のための新たな所見を得ることが期待できる群”にわけられることになった。

甲状腺ベセスダ・システムはすでに各国で実際に用いられ,国際標準となっている。2011年の甲状腺外科学会病理委員会では,次の「規約」改訂時にはベセスダ・システムに準拠した報告様式に変更することを取り決めた。その後,病理委員会の責任者は筆者の任期が終了したあとをうけて加藤良平委員長に交代したが,2013年の病理委員会では,近々「規約」全体の改訂が行われる見込みになった中で,ベセスダ・システムの考え方を取り込んだ内容変更方針が再確認された。

5.「ガイドライン」穿刺吸引細胞診分類の問題点

日本甲状腺学会「ガイドライン」穿刺吸引細胞診分類には看過できないいくつかの問題点がある。

⑴「ガイドライン」にはこの細胞診分類は“「規約」第6版を修正したものである”と書かれている。これを“修正版甲状腺取扱い規約”とも称している。

「規約」改訂を行う主体は,「規約」刊行母体である日本甲状腺外科学会にあるのは自明のことである。しかし,この「ガイドライン」の細胞診分類は日本甲状腺外科学会とは何ら公的連係をもたないままに日本甲状腺学会が単独で作成し,刊行されてしまった。しかも,「規約」を“修正”したものであると明記している。この一連の手続きの不備は,これだけをとってもこの細胞診分類は“不適正”であると判断せざるを得ない。

ちなみに,ベセスダ・システムの公表にあたっては,パパニコロウ・ソサエティはじめ関連諸団体の了解を得たことが発表論文中に記載されている。わが国において,子宮頸部細胞診で日母分類からベセスダ・システムへと移行した際には,日母(日本母性保護医協会:現,日本産婦人科医会)はじめ関連諸団体の会合が設けられ,そこでの合意を得るという手順をふんでいる。

「ガイドライン」刊行にあたって,日本甲状腺学会は細胞診分類については,関係諸団体との意見交換を全く行わなかったのである。

⑵前項においてすでに“不適正”とした後ではあるが,あえて内容についてもふれておきたい。

「ガイドライン」では,“ベセスダ・システムはわが国では採用実績がないことから,本ガイドラインを採用することは時期尚早と考える。<コンセンサス>”と書かれている。

しかし,実際に細胞診分類に書かれている内容は,「③鑑別困難A.濾胞性腫瘍が疑われる」はベセスダ・システムのFN/SFNであり,「③鑑別困難B.濾胞性腫瘍以外」はAUS/FLUSである。その他のカテゴリーである①検体不適正,②正常あるいは良性,④悪性の疑い,⑤悪性はベセスダ・システムと変わりがない。

つまり,「ガイドライン」ではベセスダ・システムを用いないとしながら細胞診分類で最も重要な判定カテゴリーの項では基本的にはベセスダ・システムの骨子をそのまま受け入れている。したがって,この「ガイドライン」細胞診分類は,日本甲状腺学会のオリジナルではなく,ベセスダ・システムの単なる流用であるといわざるを得ない。

⑶さらに大きな問題は,濾胞性腫瘍の扱いにある。「ガイドライン」では「③鑑別困難A」を「③A-1.良性の可能性が高い」,「③A2.良・悪性の境界病変」,「③A-3.悪性の可能性が高い」の3群にわけている。

細胞診では濾胞性腫瘍の良・悪性についての判別はできないということは,WHO組織分類 第2版[10](1988年)に明記され,「規約」第6版はそれに準拠した(表2,3)。このことが国際標準となってすでに久しい。濾胞癌・濾胞腺腫の組織学的鑑別に際しては細胞異型,組織異型は参考されず,被膜浸潤の有無,脈管侵襲の有無,転移の有無が重要で,これら3項目の組織学的レベルでの所見によってのみ良・悪性は鑑別されるのである。これを踏み外すと,高度細胞異型を示すが,濾胞腺腫の1型であり,本来は良性腫瘍である異型腺腫atypical adenoma を悪性と誤認するおそれがある。また,甲状腺から採取された検体の中で細胞異型・構造異型のない“超高分化”濾胞癌である転移性甲状腺腫metastasizing goiter(悪性腺腫adenoma malignum)を良性としてしまう可能性が大である。

表2.

濾胞癌 Follicular carcinoma:組織型の説明

表3.

濾胞性腫瘍:細胞所見

濾胞性腫瘍の細胞診の判定で「③A1~3」の様な提案をする場合は同時にそれに対応しうる新たな濾胞癌・濾胞腺腫の組織診断基準を示さなければならない。細胞診は組織診断と推定するという立場をとる以上,「③A1~3」は新組織診断基準とセットで提起されない限り,論理的にみても,これらは新規の分類としての検討対象にすらならない。つまり,現状では「③A.濾胞性腫瘍が疑われる」はこれで完結したカテゴリーであり,濾胞癌・濾胞腺腫の組織診断基準の変更なしには細胞診ではこれ以上細分類は不適切である。

6.今後の対応に関しての提言

この様にいままでの一連の流れをみてみると,「ガイドライン」甲状腺細胞診分類にはその作成段階での手続き,および内容の双方に重大な問題点をかかえていることは明かである。

一方,近々刊行が予定されている「規約」第7版ではベセスダ・システムに準拠した新しい細胞診報告様式が採用される見通しである。これは国際標準にも合致し,組織診断基準とも齟齬をきたさない論理性が確保されている。

したがって,「ガイドライン」から現行の細胞診に関する記述を削除し,そのかわりに“細胞診判定は「規約」によって行う”と変更することが,わが国における甲状腺細胞診の判定・報告様式のダブル・スタンダード状態を打開する最も適切な方向性であろうと考える。

本稿の要旨は,第46回日本甲状腺外科学会学術集会のコンパニオンミーティング(2013年9月,名古屋)および第52回日本臨床細胞学会秋期大会・シンポジウム(2013年11月,大阪)にて発表した。

【文 献】
  • 1.  日本甲状腺外科研究会:甲状腺癌取扱い規約 第6版 金原出版,東京,2005.
  • 2.   Baloch  ZW,  LiVolsi  VA,  Asa  SL, et al.: Diagnostic terminology and morphologic criteria for cytologic diagnosis of thyroid lesions:a synopsis of the National Cancer Institute Thyroid Fine-Needle Aspiration State of the Science Conference. Diagn Cytopathol 36: 425-437, 2008
  • 3.  日本甲状腺学会:甲状腺結節取扱い診療ガイドライン2013 南江堂,東京,2013.
  • 4.  日本甲状腺外科検討会:甲状腺癌取扱い規約 第4版 金原出版,東京,1991.
  • 5.  日本甲状腺外科検討会:甲状腺癌取扱い規約 第5版 金原出版,東京,1996.
  • 6.  The Papanicolaou Society of Cytopathology: Guidelines of the Papanicolaou Society of Cytopathology for the examination of fine-needle aspiration specimens from the thyroid nodules. Diagn Cytopahol 15: 84-89, 1996
  • 7.  日本乳癌学会:臨床・病理 乳癌取扱い規約 第15版 金原出版,東京,2004.
  • 8.   天神 美夫, 石束 嘉男, 栗原 操寿他:研修ノートNo.11 子宮がん検診―細胞診とコルポスコピー,日本母性保護医協会,東京,1978.
  • 9.   Solomon  D,  Davey  D,  Kurman  R, et al.: The 2001 Bethesda System:Terminology for reporting results of cervical cytology. JAMA 287: 2114-2119, 2002
  • 10.   Hedinger  C,  Williams  E,  Sobin  L (eds): WHO International Classification of Tumours. Histological Typing of Thyroid Tumours, 2nd ed. Springer-Verlag, Berlin, 1988.
 

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