日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺癌取扱い規約からベセスダ方式への移行
越川 卓尾関 順子柴田 典子植田 菜々絵佐々木 英一村上 善子細田 和貴谷田部 恭長谷川 泰久
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2014 年 31 巻 2 号 p. 108-114

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抄録

甲状腺外科学会病理小委員会では甲状腺細胞診の報告様式を現在の甲状腺癌取扱い規約の様式から甲状腺細胞診ベセスダシステムへ移行することを検討中である。本稿では,取扱い規約とベセスダシステムの報告様式の違いを紹介すると共に,自験例の診断成績を用いて甲状腺細胞診ベセスダシステムの妥当性について検討した。取扱い規約とベセスダシステムの主な違いは,①細胞学的に鑑別困難な症例を,濾胞性腫瘍を疑う群(FN/SFN)とそうでない群(AUS/FLUS)の2つの診断カテゴリーに分けた点,②不適正の判定基準を明確にした点,③各診断カテゴリーについて悪性の危険度を数値で示した点の3点である。両者の基本的な考え方は類似しているので,大きな混乱なくベセスダシステムへの移行が可能と考えている。

はじめに

2010年,米国において甲状腺細胞診ベセスダシステム(The Bethesda System for Reporting Thyroid Cytopathology:以下,甲状腺BS)[,]が発表された。その後,急速に普及し現在では甲状腺細胞診の世界標準的報告様式となっている。日本においては2005年に改訂された甲状腺癌取扱い規約(以下,取扱い規約)第6版[]の細胞診報告様式が標準的なものとして定着しているが,取扱い規約第7版の改定あたり,細胞診報告様式についても甲状腺BSへの移行が検討されている。本稿では,取扱い規約と甲状腺BSとの主な違いや甲状腺BSの考え方などについて自験例での成績を含めて紹介する。

取扱い規約の報告様式

現在,日本における甲状腺細胞診の報告様式としては,取扱い規約第6版に記載された報告様式が定着している。これは1996年に米国病理学会のパパニコロウ・ソサエティーにより提唱された甲状腺細胞診ガイドライン[]をもとに日本臨床細胞学会の腺系の細胞診に関する小委員会および甲状腺外科学会の病理小委員会において検討されたものである[]。

取扱い規約第6版の甲状腺細胞診報告様式は,従来の一般的な報告様式に代わる甲状腺細胞診のための報告様式として提唱された。その概要は表1に示す通り,まず細胞標本の適正評価を行い,不適正の標本は不適正(検体不良)と判定する。適正標本に対しては正常あるいは良性,鑑別困難,悪性の疑い,悪性に分類する。結果的に不適正,正常あるいは良性,鑑別困難,悪性の疑い,悪性の5つ診断カテゴリー(判定区分)が存在する。各診断カテゴリーに該当する細胞所見や疾患は表1に示した通りである。

表1.

甲状腺癌取扱い規約第6版:細胞診報告様式(文献3から引用)

判定区分と該当する所見および疾患

これらの診断カテゴリーの中で,鑑別困難については理由が十分に示されていないため,しばしば臨床医が対応に苦慮するという問題点が指摘されている。取扱い規約の報告様式では,診断カテゴリーと共に細胞所見や推定病変を記載することが推奨されているが,これが順守されていない場合はこのような問題が生じやすい。また,本来鑑別困難は主に濾胞性腫瘍を取り扱うための診断カテゴリーであるが,濾胞性腫瘍の他にも細胞診で良悪性の鑑別が困難な症例が種々含まれることも臨床医の理解を得難い理由の1つである。このような問題点を改善するため濾胞性腫瘍とその他の鑑別困難な症例を分類した報告様式が甲状腺BSである。

甲状腺BSの報告様式

2010年,米国における新しい甲状腺細胞診の報告様式として甲状腺BSが発表された。これは2008年から米国の病理医を中心に検討された甲状腺細胞診の新しい報告様式[,]に関する著書である。公表後は急速に世界中に普及して現在では甲状腺細胞診の世界標準的指針となっている。

甲状腺BSでは,報告書に記載する診断カテゴリーを不適正,良性,AUS/FLUS(意義不明な異型あるいは意義不明な濾胞性病変),FN/SFN(濾胞性腫瘍あるいは濾胞性腫瘍の疑い),悪性の疑い,悪性の6つに分類している(表2,3)。各診断カテゴリーの判定基準や細胞所見の詳細については,文献2または3を参照していただきたい。甲状腺BSと取扱い規約との主な違いは次の3点に絞られる。1つ目は,甲状腺BSでは不適正検体の判定基準を明確にした点である。2つ目は,取扱い規約で鑑別困難としている症例を甲状腺BSでは濾胞性腫瘍を疑うFN/SFNとそれ以外のAUS/FLUSに分類した点である。3つ目は悪性の危険度(risk of malignancy)という新しい指標を提唱した点である。

表2.

甲状腺細胞診ベセスダシステム: 報告様式(文献2から引用)

表3.

甲状腺細胞診ベセスダシステム: 診断カテゴリーと悪性の危険度(文献2から引用)

取扱い規約では採取された細胞数について特に明確な基準は設けられていないが,甲状腺BSでは濾胞細胞10個程度の集塊が6個未満の場合は不適正と判定すると定義している。囊胞液が採取された場合も濾胞細胞の集塊が6個未満であれば不適正とされる。但し,濾胞細胞が少数でもコロイドや炎症細胞が認められれば適正とすると定めている。

前項で述べたように,取扱い規約の鑑別困難には濾胞性腫瘍の他に細胞診で良悪性の鑑別が困難とされる様々な症例が含まれるため,臨床医の混乱を招く原因となっている。鑑別困難の中でも濾胞性腫瘍を疑う症例では悪性の危険度が10~25%であるのに対し,乳頭癌との鑑別が困難な症例では25~50%と両者の間に差がみられる[,]。甲状腺BSではこのような問題点を改善するため濾胞性腫瘍とその他の鑑別困難な症例をFN/SFNとAUS/FLUSに分類した。甲状腺BSではFN/SFNを小濾胞性病変で細胞量の多いものと定義している。特に細胞量が多いというところが重要で,細胞診で細胞量の多い小濾胞性病変は組織診では主に小濾胞性濾胞腺腫に相当するが,このような症例には高分化型濾胞癌も含まれている。濾胞性病変の細胞診と組織診の関係を表4に纏めたので参照していただきたい。細胞診では,組織診の診断根拠とされる病変の多発性,被膜形成の有無,浸潤の有無などを知ることができないため,コロイドや泡沫細胞の有無,濾胞上皮の細胞量および細胞集塊の形状などにより病変を推定している。このため,コロイドを多く含む大濾胞性濾胞腺腫や正濾胞性濾胞腺腫は,細胞診では腺腫様甲状腺腫との鑑別が困難である。一方,小濾胞性濾胞腺腫や高分化型濾胞癌のようにコロイドが少なく細胞量の多い症例は,細胞診では濾胞性腫瘍と診断されることになる。現在のところ,濾胞腺腫と濾胞癌を鑑別する細胞診の診断基準は明らかにされていないため,濾胞性腫瘍の中から濾胞癌を疑う症例を選別することはできないが,細胞診で濾胞性腫瘍と診断される症例の中に濾胞癌が多く含まれることは間違いない。このような理由から,甲状腺BSではFN/SFNは濾胞癌を多く含む診断カテゴリーであると位置づけている。しかし,その頻度は表3の悪性の危険度(risk of malignancy)が示すように高くても15~30%程度に留まる。

表4.

甲状腺濾胞性病変の鑑別診断

悪性の危険度とは甲状腺BSで新しく設けられた細胞診の診断精度を示す指標の1つである。これは各診断カテゴリーにおける悪性予測値(陽性適中度)に相当するもので,診断カテゴリー毎に具体的な数値が示されている(表3)。悪性の危険度を示すことにより,臨床医や患者が細胞診の結果を受け取った際,どれくらい悪性の危険性があるか簡単に知ることができる。臨床医や患者に分かりやすい指標と言える。

自験例の診断成績に基づく取扱い規約と甲状腺BSの比較

取扱い規約と甲状腺BSの診断カテゴリーの対比を表5に示した。取扱い規約の不適正,正常あるいは良性,悪性の疑い,悪性はそれぞれ甲状腺BSの不適正,良性,悪性の疑い,悪性に対応する。取扱い規約の鑑別困難は甲状腺BSのAUS/FLUSとFN/SFNに対応する。取扱い規約から甲状腺BSへの読み替えは概ね可能であるが,若干の注意が必要である。取扱い規約では,濾胞性腫瘍でも悪性を疑う場合には悪性の疑いや悪性と判定することが可能であったが,甲状腺BSでは,濾胞性腫瘍は悪性の疑いや悪性には入れずFN/SFNに分類することになっている。また,甲状腺BSでは,良性と思われても異型があればAUS/FLUSに分類して良いことになっているため,取扱い規約より若干範囲が広くなる傾向がある。以上の点に注意して,愛知県がんセンター中央病院頭頸部外科で甲状腺穿刺細胞診が施行され取扱い規約に基づいて診断された細胞診検査2,131件に対して甲状腺BSへの読み替えを行い,その結果をそれぞれ図1a, bに示した。

表5.

甲状腺細胞診報告様式: 診断カテゴリーの対比

図1.

甲状腺細胞診の診断成績(自験例2,131例)

(a:甲状腺細胞診ベセスダシステム,b:甲状腺癌取扱い規約)

自験例の成績でみると甲状腺BSでは取扱い規約に比べて不適正が大きく増加している(図1a, b)。自験例はすべて検体採取時に迅速細胞診検査を行い検体の適正を判断しているため,一般の成績に比べて不適正が非常に少ないのが特徴であるが,甲状腺BSでは囊胞液を不適正とするため不適正検体が10%近く増加する結果となった。甲状腺BSで濾胞細胞の細胞数に応じて不適正の判定基準を明確にした点は評価できるが,囊胞液を不適正とすることについては検討が必要である。囊胞液を不適正と判定する主な理由は,囊胞型乳頭癌の可能性を否定できないということであるが,濾胞上皮を含まない囊胞液の多くは良性の単純性囊胞であり,自験例の成績でも甲状腺BSで不適正と判定された囊胞液188例のうち組織診で悪性であった症例は僅かに1例のみであった(1/188:0.5%)。1%に満たない危険性のために,囊胞液を良性とせず敢えて不適正と判定することが妥当であるとは言い難い。むしろ,囊胞液を良性の診断カテゴリーに含めるか,あるいは囊胞という新たな診断カテゴリーを設ける方が適切と考える。

取扱い規約と甲状腺BSの診断成績について,良性,悪性の疑い,悪性の診断カテゴリーでは大きな違いはみられない。甲状腺BSでは,取扱い規約の鑑別困難が概ね1対2の比率でAUS/FLUSとFN/SFNに二分される結果となった(図1a, b)。前述した通り,取扱い規約の正常あるいは良性からAUS/FLUSに変わった症例や悪性の疑いからSFN/FNに変わった症例が少数みられるため,AUS/FLUSとFN/SFNの合計は取扱い規約の鑑別困難より症例数が1割弱増加したものの,全体でみれば各診断カテゴリーの症例数に大きな差はみられない。各診断カテゴリーの悪性の危険度(細胞診件数に対する悪性症例の割合)については,表6に示した通り,良性2.2%,AUS/FLUSで19.1%,FN/SFNで11.5%,悪性の疑い82.4%,悪性93.2%であった。なお,手術件数に対する悪性症例の割合は,良性15.3%,AUS/FLUSで44.9%,FN/SFNで23.2%,悪性の疑い93.3%,悪性100%であった。ちなみに,取扱い規約では良性2.0%,鑑別困難14.9%,悪性の疑い81.7%,悪性93.2%であり,鑑別困難は概ねAUS/FLUSとFN/SFNの平均に近い値であった。

表6.

甲状腺細胞診ベセスダシステムによる悪性の危険度(自験例2,131例)

注目すべき点は各診断カテゴリーに分類された疾患の組織型の違いである。自験例2,131例の中で病理診断が確定した665例について,良性,悪性それぞれの主な組織型の症例数を図2に示した。悪性症例ではFN/SFNを除くどの診断カテゴリーも乳頭癌が大半を占めるが,FN/SFNでは濾胞癌が悪性症例の半数近くを占めている。悪性症例378例中濾胞癌は15例であったが,そのうち11例(73.3%)がFN/SFNと判定され,FN/SFNに濾胞癌が集中していることが分かる。一方,AUS/FLUSでは悪性22例中濾胞癌が僅か1例のみと少なくFN/SFNとの違いは明白である。甲状腺BSではFN/SFNは濾胞癌を多く含む診断カテゴリーと位置付けているが,自験例の成績からもこの点が実証されたと言える。しかしながら,FN/SFNにおける濾胞癌の割合は200例中11例(5.5%)と非常に低いため,FN/SFNが濾胞癌を疑う診断カテゴリーであるとは言い難い。この点については,濾胞癌の細胞学的診断基準が明確にされていない現状ではやむを得ない結果である。悪性を疑うとは言えないまでも,FN/SFNが濾胞癌を多く含む診断カテゴリーであることを示し,濾胞癌の少ないAUS/FLUSとの違いを明確にした点は臨床的に大変有意義である。

図2.

甲状腺細胞診ベセスダシステムによる組織型別診断成績

(自験例2,131例中手術により病理診断が確定した665例)

甲状腺BSの各診断カテゴリーにおける悪性の危険度について,自験例の成績を表6に示した。自験例の成績は,甲状腺BSが提唱している数値(表3)と概ね近似する値であるが,AUS/FLUSと悪性の疑いではやや高い値を,FN/SFNと悪性ではやや低い値を示している。AUS/FLUSの悪性の危険度については,Leeら[10]も26.7%と甲状腺BSより高い数値を報告している。FN/SFNで悪性の危険度がやや低い値を示す点については,日本はヨード高摂取国であり欧米に比べて濾胞癌が少ないことが関係していると思われる。悪性の診断カテゴリーでは93.2%を示したが,手術症例に限れば245例全例が悪性で悪性の危険度は100%である。各診断カテゴリーにおける悪性の危険度は甲状腺細胞診の診断精度を示す有用な数値であるが,甲状腺BSで示された数値が日本においても妥当であるか否かについては出来るだけ多くの医療機関における診断成績を集約して判断する必要がある。

甲状腺癌取扱い規約の改定

甲状腺癌取扱い規約は2014年に第7版の改定が行われる予定である。甲状腺癌取扱い規約の編集は甲状腺外科学会が行うことになっているが,その中で病理・細胞診の項目を担当する病理小委員会では現状の問題点を是正するため報告様式の改定が必要な時期に来ていると判断し,第7版の改定に合わせて細胞診の報告様式を米国の甲状腺BSに準拠した様式に改定することを決定している。特に取扱い規約の鑑別困難については,臨床サイドからの要望もあるため濾胞性腫瘍を疑う群とそうでない群の2つに分けることは必須と考えている。具体的な報告様式については今後病理小委員会での十分な議論を経て日本の実情に合わせた様式が提唱される予定である。

おわりに

取扱い規約と甲状腺BSの細胞診報告様式の類似点・相違点および甲状腺BSの報告様式の特色について自験例の成績を参照して解説した。甲状腺BSでは,①細胞学的に鑑別困難な症例を,濾胞性腫瘍を疑う群(FN/SFN)とそうでない群(AUS/FLUS)に分けた点,②不適正の判定基準を明確にした点,③各診断カテゴリーについて悪性の危険度を示した点が取扱い規約と異なる点であり,それぞれ甲状腺BSの特徴である。特にFN/SFNが濾胞癌を多く含む診断カテゴリーとしてAUS/FLUSとは明確に区別されたことは濾胞性腫瘍の臨床的対応を考える上で重要である。但し,FN/SFNにおける濾胞癌の割合は200例中11例(5.5%)と非常に低いため,濾胞癌を疑う診断カテゴリーとまでは言えない。不適正の判定基準については,囊胞液を不適正とすることの是非について検討が必要である。悪性の危険度については,臨床医や患者が細胞診の結果を理解するために有用な指標である。

著者らに開示すべきCOIはありません。

【文 献】
  • 1.   Ali  SZ,  Cibas  ES: The Bethesda System for Reporting Thyroid Cytopathology, Definitions, Criteria and Explanatory Notes. Springer, New York, 2010.
  • 2.   Ali SZ,  Cibas ES:甲状腺細胞診ベセスダシステム  坂本 穆彦(監訳),シュプリンガー・ジャパン,東京,2011.
  • 3.  日本甲状腺外科研究会編:甲状腺癌取扱い規約【第6版】 金原出版,東京,2005.
  • 4.  The Papanicolaou Society of Cytopathology: Guidelines of the Papanicolaou Society of Cytopathology for the examination of fine-needle aspiration specimens from the thyroid nodules. Diagn Cytopathol 15: 84-89, 1996
  • 5.   越川  卓, 鳥屋 城男, 広川 満良他:甲状腺濾胞性腫瘍の細胞診断における問題点―新しい報告様式の提唱―.日臨細胞会誌 41:360-367,2002
  • 6.   Balcoch  ZW,  Cibas  ES,  Clark  DP, et al.: The National Cancer Institute thyroid fine needle aspiration stae of the science conference:a summation. CytoJournal 5: 1-13, 2008
  • 7.   Cibas  ES,  Ali  SZ: The Bethesda System for reporting thyroid cytopathology. Am J Clin Pathol 132: 658-665, 2009
  • 8.   越川  卓, 所  嘉朗:細胞診の実際とトピックス 14.甲状腺.病理と臨 31(臨時増刊号):283-293,2013
  • 9.   Renshaw  AA: Should “atypical follicular cells” in thyroid fine-needle aspirates be subclassified? Cancer Cytopathol 118: 186-189, 2010
  • 10.   Lee  B,  Smola  B,  Roh  MH, et al.: The impact of using the Bethesda System for reporting thyroid cytology diagnostic criteria on the follicular lesion of undetermined significance category. J Am Soc Cytopathol http://dx.doi.org/10.1016/j.jasc.2014.01.009 Accessed 2014 Apr 6
 

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