日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺における液状化検体細胞診
鈴木 彩菜廣川 満良宮内 昭
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2014 年 31 巻 2 号 p. 120-124

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抄録

液状化検体細胞診(LBC)とは,細胞診の採取器具から検体を専用保存液内に移し,特別な方法で専用スライドに薄く塗抹する細胞診標本作製法である。甲状腺のLBCに関する報告はいまだ少ないが,LBCの導入により,不適正率の減少,診断精度の向上,鏡検作業の負担軽減につながったことから,今後広く普及していくことが予想される。ただし,LBC標本の細胞所見は通常塗抹標本と異なるため,鏡検の際にはその点に精通しているべきである。LBCを導入する際は,通常塗抹からLBCに変更するのではなく,通常塗抹標本を作製後に,穿刺針洗浄液を用いてLBC標本を併用作製することを推奨する。

はじめに

液状化検体細胞診(liquid-based cytology;LBC)とは,細胞診の採取器具から検体を専用保存液内に移し,特別な方法で専用スライドに薄く塗抹する細胞診標本作製法である[]。この手法は1990年代頃から米国を中心に婦人科領域で発達してきたが[],近年では,婦人科以外の検体にも応用されるようになった[]。甲状腺におけるLBCの報告は2001年のNasutiら[]が最初であるが,未だ報告数は少なく,Pub-Medを用いて検索すると,キーワード“thyroid+LBC+cytology”で13論文,“thyroid liquid-based cytology”で45論文がヒットするに過ぎず,本邦での報告はさらに少ない[]。2007年に提案された甲状腺細胞診の新しい報告様式である甲状腺ベセスダシステム(Thyroid Bethesda System;TBS)のアトラスには,LBCの細胞像が多く掲載されていることから[1012],今後甲状腺でもLBCが広く普及していくことが予想される。当施設では,2012年からLBCを導入しており,その経験をもとにLBC導入の方法,意義,注意点などについて述べることにする。

LBCの種類

LBC標本作製法は,フィルター転写法と遠心沈降法の2つに大別される(表1)。前者にはThinPrep®法(Hologic)やCellprep法(Biodyne)があり,フィルターを用いた自動塗抹処理により,均一に分散された,細胞分布を反映した標本が作製される。細胞は平面的に塗抹され,重なりが少ない[13]。一方,後者にはSurePath™法(BD),TACAS™法(MBL),LBC PREP™法(武藤化学)などがある。SurePath™法,TACAS™法はプラス荷電をもつ専用のスライドガラスを使用し,マイナス荷電の細胞を吸着・塗抹する[1314]。一方,LBC PREP™法はシランコーティングスライドを使用している。細胞は自然落下の状態で塗抹されるため,フィルター転写法よりも立体的な細胞像が得られる[13]。当施設では,初期投資が少ないこと,用手法が使えること,組織構築を反映した立体的な細胞像が得られることから遠心沈降法であるSurePath™法を採用している。

表1.

LBC標本作製法の種類と特徴[,

標本作製法

LBC標本作製法の種類により標本作製過程がかなり異なるため,本稿では,当施設で採用しているSurePath法について解説する。

検体採取:穿刺にて採取した検体をすべてLBC標本に供する施設もあるが,当施設では通常塗抹標本作製後,穿刺針を液状化検体細胞診保存・固定液(LBC固定液)6mLにて洗浄したものを検体としている(図1)。その理由は従来の通常塗抹標本に馴染みがあることと,塗抹後の穿刺針からでも十分に細胞が採取できるからである[]。

図1.

通常塗抹標本とLBC検体の作製法

当施設では,通常塗抹標本作製後,穿刺針をLBC固定液にて洗浄したものをLBC検体としている。

固定:SurePath法の固定液にはCytoRich™ BLUE(CR-B)とCytoRich™ RED(CR-R)の2種類が用意されている。CR-Bの主成分はエタノール,ポリエチレングリコール,CR-Rの主成分はイソプロパノール,エチレングリコール,ホルマリンである。CR-Bでは蛋白成分・赤血球が残りやすく,背景が汚い症例が多い[]。一方,CR-Rは蛋白可溶化作用や溶血作用があるため,蛋白成分・赤血球が観察されにくく,背景はクリーンである。CR-Bを用いた場合の細胞は収縮が弱く,核小体が目立つため,良性細胞を悪性と間違うかもしれない(図2)。一方,CR-R標本では,細胞が全体的に小型化する傾向にあり,良性細胞はより小型化し,良性細胞と腫瘍細胞の大きさに差がみられやすい[]。どちらを使用するかは好みによるが,血性検体の場合は,必ず溶血作用のあるCR-Rを用いるべきである。

図2.

固定液による細胞像の比較

CR-Bでは細胞収縮が少なく,核小体が目立つ(a:腺腫様結節,×40,Papanicolaou,c:乳頭癌,×40,Papanicolaou)。CR-Rでは細胞が収縮しやすく,その程度は良性細胞のほうが強い(b:腺腫様結節,×40,Papanicolaou,d:乳頭癌,×40,Papanicolaou)。

標本作製法:用手法と自動塗抹法がある。用手法は一度に処理可能な検体数が少なく(12枚),設備投資はほとんど不要である。一方,自動塗抹法はフルオートメーションで一度に大量の検体を処理することが可能であるが(48枚),標本作製装置(BDトータリス™スライドプレップ)を購入する必要がある。当院ではLBC標本を作製する症例を絞っており,1日に作製する枚数が限られているため,用手法にてLBC標本を作製している(図3)。

図3.

SurePath™用手法の手順

LBC標本の細胞所見

LBC標本の細胞像は基本的には通常塗抹標本と同様で,標本の見方や診断基準を大きく変更する必要はないが,鏡検の際に知っておくべき特徴を記す(表2)。まず,固定液に溶血作用・蛋白可溶化作用があるため,赤血球やコロイドなどの背景成分が減少する。細胞の出現様式は,自然沈降と荷電を利用して塗抹されるため,立体的(3次元的)に塗抹される。したがって,細胞量が多い場合には強拡大で焦点が合いにくい場合がある[15]。採取された細胞は塗抹される前に固定されることから,細胞変性が少なく,細胞形が保たれやすい。したがって,高細胞型乳頭癌における高円柱状細胞(図4A)や髄様癌細胞の有尾状細胞質を容易に認識することができる(図4B)。一方で,細胞は収縮・小型化するため,細胞質や核が濃染傾向を示し[,],われわれの経験では乳頭癌に特徴的なすりガラス状核の観察は困難である(図4C)[]。LBC標本を観察する場合は,このような特徴を十分に理解しておくべきであり,正確に判定するにはある程度の経験が必要と思われる。

表2.

CytoRich™ REDを用いたLBC標本の細胞学的特徴[

図4.

CytoRich™ REDを用いたLBC標本の細胞像

A:髄様癌。突起状に伸びた細胞質(有尾状細胞質)がみられる(×100,Papanicolaou)。

B:高細胞型乳頭癌。高円柱状細胞が柵状配列を形成している(×100,Papanicolaou)。

C:通常型乳頭癌。核は濃染しているため,すりガラス状核の認識が困難である(×100,Papanicolaou)。

LBC導入の意義

LBCの長所と短所を表3に記す[]。LBCを導入する最大の長所は不適正率の減少である。通常塗抹標本では,採取細胞量のみならず,塗抹・固定操作の善し悪しも標本の不適正率に影響を及ぼすが,LBC標本では手技の影響を受けず,良好な塗抹標本を作製することができる[1518]。前田らはLBC導入により不適正率が半減したと報告している[]。KimらやMalleらの報告では,通常塗抹標本の不適正率がそれぞれ20.9%,8.93%であったのに対し,LBC標本の不適正率は9.3%,3.92%であった[1618]。当施設では,LBC標本を併用することで,検体不適正率はそれまでの5.3%から1.2%に減少した[]。なお,採取材料をすべてLBC標本にしている施設もある[]が,通常塗抹後の穿刺針洗浄液を用いても十分な細胞を収集でき,かつ塗抹標本上の細胞密度はLBC標本のほうが高い傾向にあることから[],従来の細胞像と比較ができる,通常塗抹・LBC併用法を推奨したい。LBCのもう一つの大きな長所は,一つの検体から複数枚の標本を作製できるため,数種の抗体を用いた免疫細胞化学染色が可能なことである。われわれは,髄様癌を疑う場合はcalcitonin・CEA,副甲状腺病変を疑う場合はPTH・chromogranin A・TTF-1,篩状・モルラ型乳頭癌を疑う場合はβ-cateninを染色している[19]。一方,短所としては,標本作製法が煩雑で,コストがかかることが挙げられる。コスト面では,2012年度より通常塗抹標本で再検が必要と判断された場合のみLBC標本作製加算が保険収載されており[20],今後LBCを導入する施設が増加すると思われる。

表3.

LBCの長所と短所[1518

おわりに

甲状腺穿刺吸引細胞診にLBCを導入することで,不適正率は減少し,診断精度の向上が期待される。今後LBCは広く普及していくことが予想されるが,LBC標本の細胞所見は通常塗抹標本と異なるため,鏡検の際にはその点に精通しているべきである。したがって,LBCを導入する際は,通常塗抹からLBCに変更するのではなく,通常塗抹標本作製後の穿刺針洗浄液を用いてLBC標本を作製する,通常塗抹・LBC併用法を推奨したい。

【文 献】
 

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