日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
ロボット支援手術の利点と問題点
武中 篤
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2014 年 31 巻 2 号 p. 83-86

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抄録

ダヴィンチシステムによるロボット支援手術は高解像度三次元ハイビジョンシステムによるすぐれた視野,7自由度を有するロボットアームおよび多関節鉗子,コンピュータ―制御された容易な操作性により,非常に大きな潜在能力を有する手術手技である。しかし,機器の特性上の弱点も多数存在し,未だ完成したものではなく発展途上の手術である。近い将来には,現時点における弱点を克服した新機器が登場することが予想される。一方,われわれが解決すべき医療制度や教育制度などの問題点も山積している。機器の進化に遅れることなく,各学会が精力的にこれらの課題に取り組んでいくことが求められる。

はじめに

手術支援ロボット,ダヴィンチシステムは全世界ですでに約3,000台が稼働しており,世界で最も普及した手術用ロボットであることは言うまでもない。スタンダード,S,Siを経て,米国では2014年4月にXi(図1)が第4世代の機種としてリリースされた(本邦では薬事未承認)。本邦への本格的な導入は,欧米での普及から約5年のタイムラグが必要であったが,2012年4月,前立腺癌に対する前立腺全摘除術において,「内視鏡手術用支援機器加算」として保険適用となった。これにより,ロボット支援手術は本邦でも前立腺癌手術における標準術式としての地位を確立した。すでに2013年末までに約150台が稼働しており,世界第二位のロボット大国となっている。今後,各種術式への普及について,その動向が非常に注目される。ロボット支援手術は非常に大きな潜在能力を有している一方,その限界も見え隠れする。本稿では,ロボット支援手術を多角的に分析し,その利点および問題点について解説を行う。なお,本稿におけるロボット支援手術はダヴィンチシステムを用いた術式に限定したものとする。

図1.

2014年4月にリリースされたダヴィンチシリーズ第4世代のXi

1.機器の特性

1)視野

高解像度三次元ハイビジョンシステムにより6~10倍の拡大画像が得られ,術者は術野に入り込んだかの没入感を有することができる。また,TilePro機能により画面を分割することができ,術野情報以外に,超音波,CT,MRIなどの画像情報やバイタルサインなどの情報をリアルタイムに得ることができる。さらに,タッチスクリーン機能を有するモニターや,デュアルコンソールによるアノテーション機能により,術者とコミニュケーションが可能であり,教育効果にも優れている。

一方,内視鏡は現時点では0度および30度硬性鏡を用いており,内視鏡交換に時間を要する。軟性鏡の開発が待たれている。

2)ロボットアーム・鉗子

7自由度を有するロボットアームおよび多関節鉗子により,開放性手術に比し狭い術野でより操作域の高い手技が可能となった。近年,欧米では種々の凝固用鉗子や超音波駆動メス用鉗子が開発されているものの,本邦では薬事未承認のため,未だ使用不可の鉗子も多い。術式によっては,これが普及の律速段階となっているものもある。また,ロボットアームが装着されるpatient cartの総重量は544kgと大型で,本邦で使用可能な内視鏡径は12mm,鉗子径は8mmと細径ではない。このような理由で,各アームを干渉なく使用するには7~8cmの間隔が必要である。また,内視鏡ポートと標的臓器間は最低10cmの間隔(ノーポートゾーン)が必要である。さらに,大型アームであるがゆえに,従来の腹腔鏡と比較し,操作の可動域が制限されやすく,胃癌手術のように操作領域が広い術式では本術式の利点が制限される場合がある。また,直腸癌手術では,血管茎根部の処理と骨盤内操作ではpatient cartを別の方向から接続することを余儀なくされる。細径ロボットアームならびに細径鉗子の開発が待たれている。

3)操作性

コンピュータ制御により,従来の内視鏡手術のミラーイメージとは異なり,手指の動きを正確に縮小した形で鉗子類の先端に伝達することができるため,微細かつスピーディーな手術操作を直感的に行うことができる。さらに,スケーリング機能により,マスターコントローラーとエンドリストの動きの比率を多段階に設定できる。また,手ぶれ防止機能により,より精度の高い操作が可能となった。加えて,従来の腹腔鏡下手術では,術者は長時間患者サイドに位置し,不自然な体勢で立位保持を強要されるのに対し,ロボット手術では座位かつ清潔厳守の術野から離れて操作をすることが可能となった。このように,人間工学的に術者の肉体的負担や精神的疲労度は著しく軽減した。

最大の欠点は,力覚ならびに触覚を欠如していることである。骨盤内手術では,恥骨などに接触しても全くその感覚はない。鉗子先端は言うまでもないが,視野外で鉗子シャフトが臓器圧迫をきたしてもその感覚はなく,臓器損傷には最大の注意を払う必要がある。力覚ならびに触覚を有するロボット鉗子の開発が急務である。

2.各手術操作

1)剝離,切開

両者ともダヴィンチシステムが有利とする操作である。多関節鉗子により,剝離,切開の方向は術者の思うままに可能となり,従来の腹腔鏡手術と比較し格段に操作性が向上した。また骨盤内手術のような狭術野では,用手的操作に比しより正確に操作が可能となった。ロボット支援前立腺全摘除術(RARP)では膀胱・前立腺離断,末梢自律神経温存術式,尿道括約筋温存などで,その有用性が確認されている。その結果,術後性機能[]や尿禁制の回復[]が,他の術式に比し有意に良好という結果が報告されている。ただし,触覚が欠如しているため,時に剝離力が強くなる傾向がある。自律神経温存時のtraction injuryには十分注意が必要である[]。

2)止血

腹腔鏡下手術の場合,気腹効果により静脈性出血は開放手術に比し減少する。それに加え,ロボット支援手術では,多関節鉗子により出血部に対し最適な角度で凝固デバイスをアプローチすることができるため,効果的に止血が得られ,かつ過剰な出力あるいは広範囲の凝固を必要としない。この結果,出血量はより少なく[],また組織損傷が少ないため機能温存術式に有利に働くと考えられる。

3)縫合

三次元視野,多関節鉗子の威力が最も発揮できる操作である。RARPにおける膀胱・尿道吻合は,骨盤底という非常に狭い術野で,術後尿禁性に関わる細かな吻合が要求される高難易度の操作である。尿禁性は,術後QOLに最も大きな影響を与える因子の一つであるが,ロボット支援手術では従来法に比べ良好な結果が得られている[]。また,腎部分切除における腎実質縫合も通常腎血流を阻血して行うため,術後腎機能に配慮すると温阻血時間は25分以内が望ましいとされている。ロボット支援腎部分切除(RAPN)では,従来の腹腔鏡手術と比較し,より阻血時間の短縮が報告されている[]。

3.薬事承認

現時点では,一般消化器外科,胸部外科(心臓外科を除く),泌尿器科,婦人科領域において,ダヴィンチSおよびSiは薬事承認が得られている。頭頸部領域では,薬事承認を得るため,東京医科大学,京都大学および鳥取大学において先進医療Bによる前向き臨床治験が予定されている。

4.医療費

ロボット手術を行う際に適用される医療制度は,本手術の普及に非常に大きな影響を及ぼしている。前立腺癌手術に関しては,前述のごとく2012年4月以後保険適用となっている。ただし,施設基準として,5年以上の経験を有する泌尿器科医が2名以上常勤していること,麻酔科標榜医が配置されていること,1年間に20例以上の前立腺癌手術を施行していること(開腹,小切開,腹腔鏡下,ロボット支援,いずれでも可),臨床工学士が1名以上常勤していること,が条件として求められている。泌尿器科以外で現在適用される医療制度は,東京医科大学,金沢大学における冠動脈バイパス術(一箇所のみを吻合するものに限る)が,高度医療(第3項先進医療)に認可されているのみである。つまり,一般消化器外科,胸部外科,婦人科領域では,自費診療あるいは病院負担による手術が余儀なくされている。

本術式が非常に高額な術式であることは周知の事実である。高額な本体価格に加え,精密機器であるがゆえに多額の機器維持費用が必要となる。また,手術鉗子は,安全性や耐用性の問題よりそのほとんどが10回使用限定となっており,各症例に要する消耗品費用も少額ではない。前述のごとく,現時点での保険適用術式は前立腺全摘除術のみであり,その保険点数は開腹前立腺全摘除術41,080点にロボット加算54,200点を加えた95,280点である。泌尿器科以外の術式を自費診療すると仮定しても,採算性を考えた場合,料金設定は非常に高額となり,患者に大幅な経済的負担を強いることになる。一方,価格設定を抑えた場合は,病院側の損失が多大なものになる。現在,各々の術式が先進医療に向けて準備中であるが,特に,腎癌,胃癌,膀胱癌手術において申請準備が先行している。保険適用は先進医療による前向き研究の結果によるが,現時点では保険適用となるか否かは不透明である。

5.手術教育

手術教育も今後の大きな問題である。われわれの施設を含め,本邦においてもロボット手術見学公認施設が泌尿器科4施設(東京医科大学,藤田保健衛生大学,名古屋市立大学,鳥取大学),胸部外科1施設(鳥取大学)設定され,必ずしも導入前に海外の施設への見学は必要でなくなった。また,公認トレーニングセンターが2か所(藤田保健衛生大学,国立病院機構東京医療センター)設置されている。しかし,研修は大型動物を用いたものであり,本邦にはcadaverを用いた実践的コースを併設する施設はない。

一方,本邦には,dV-TrainerおよびSiシステムに搭載されたda Vinci Skills Simulatorなどのシミュレーターが多数導入されている。本機器では,多くのドリルにより各手技の習熟度を客観的に分析することができる。学習効果は非常に高いものがあり,効果的な教育ツールになり得ると思われる[]。また,Siシステムによるdual console systemにも,大きな教育効果がある。

技術認定医制度については,さまざまな意見があると思われる。日本内視鏡外科学会による腹腔鏡技術認定医制度は,世界で初めて医師の手術手技を公平かつ客観的に評価した,日本が世界に誇るべき制度である。今後,ロボット支援手術においても何らかの認定医制度が必要かどうか,十分な議論が必要と思われる。

おわりに

ダヴィンチシステムによるロボット支援手術は非常に大きな潜在能力を有しているが,完成したものではなく未だ発展途上の手術手技である。近い将来には,現時点における弱点を克服した新機器が登場することが予想される。一方,われわれが解決すべき医療制度や教育制度などの問題点は山積している。機器の進化に遅れることなく,各学会が精力的にこれらの課題に取り組んでいくことが求められている。

【文 献】
 

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