日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
特集1
頭頸部外科におけるロボット支援手術の現状
藤原 和典福原 隆宏北野 博也
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2014 年 31 巻 2 号 p. 87-90

詳細
抄録

頭頸部領域におけるロボット支援手術は,ロボット支援下経口的咽喉頭癌とロボット支援下甲状腺切除術があげられ,海外では徐々に普及し,良好な成績が報告されている。しかし,本邦においては,薬事は未承認の状態である。そこで現在,鳥取大学,東京医科大学,京都大学の3施設が共同して,先進医療Bのもとでロボット支援下経口的咽喉頭癌切除術に対する臨床研究の準備を行っており,最終的には,薬事申請を行い,頭頸部癌での適応拡大を目指している。ロボット支援下経口的咽喉頭癌切除術とロボット支援下甲状腺癌切除術では術後の嚥下機能などの機能温存が可能である点や外切開をさけられる点などの利点があり,薬事承認後は,本邦でも積極的に導入される手術であると考えられる。

ロボット手術の変遷と本邦への導入の経緯

内視鏡外科手術は1990年頃より本邦でも積極的に行われるようになった。また,米国では,1990年代後半からコンピューターを用いた遠隔操作可能な総合的ロボット技術への発展が注目されてきた。その代表的なものが手術支援ロボットda Vinci(Intuitive Surgical Inc.)である。内視鏡手術が積極的に行われていた領域を中心に徐々に導入が進み,前立腺や子宮に対する手術他,冠動脈バイパス手術や腎移植など多くの手術に使用されるようになった。本邦ではda Vinciの後継機種であるda Vinci Sが2009年に認可され,同時に泌尿器科,産婦人科,胸部外科,消化器外科領域での適応症が決定された。しかし,まだ限られた施設のみでの稼働にとどまり,世界から遅れをとっている状態である。なお,前立腺手術は2012年に保険収載され,今後さらなる普及がみられると考えられる。

頭頸部領域では,2006年da Vinci Sの登場により,従来機に比べ視認性や操作性が改善され,海外では,甲状腺手術[],中咽頭癌,下咽頭癌,声門上癌に対する経口的手術[,],頭蓋底手術[,]などに応用されている。米国では2009年にFDAでの認可後,さらなる普及をみせ,有用性や安全性が報告されている[]。一方,本邦においては,保険収載どころか薬事も未承認の状態である。

さらに,da Vinci Sを使用するには講習を受けcertificationを取得する必要があるが,頭頸部領域は,薬事未承認であるため,現在はcertificationの取得が認められていない。

現在,ロボット支援手術を施行する体制が整い,海外でcertificationを取得している鳥取大学,東京医科大学,京都大学の3施設が共同して,先進医療Bのもとでロボット支援下経口的咽喉頭癌切除術に対する臨床研究の準備を行っているところである。その際,京都大学病院臨床研究総合センターでデータ管理や解析をなどのマネージメントを行う予定である。最終的には,薬事申請を行い,頭頸部癌での適応拡大を目指している。そのあかつきには,国内でda Vinci Surgical System に対するcertification取得が可能となり,その他の施設でもロボット支援手術を行うことができると考えられる。

ロボット支援下経口的咽喉頭癌切除術

経口的手術は,喉頭および中・下咽頭の悪性腫瘍に対する直達鏡下の腫瘍切除として始まり,1970年代頃より様々な工夫を用いて,根治切除へのツールとして改変する試みがなされてきた。近年,臓器温存の目的から,化学放射線療法が行われるようになったが,永続的な嚥下機能障害や口渇・味覚障害などの晩期障害など様々な合併症が問題となり,低侵襲で機能温存が可能な内視鏡を用いた経口的な腫瘍切除が開発され有用性が報告されている[]。当科でも,以前よりリンパ節転移のないSTAGEⅠ,Ⅱの咽頭癌に対して,内視鏡下に経口的咽頭癌切除術を行っていた。しかしこの方法では,視野の確保や狭い操作腔での操作など,困難な点が存在する。

Weinsteinらは,これらの欠点を克服するため,da Vinciを導入した。これにより3D画像を見ながら,操作性の良い鉗子を用いて手術を行うことができるため,狭い操作腔でかつ複雑な解剖を有した咽頭の手術を安全でかつ確実に手術することができ,術者のストレスを軽減することも可能となった。FDA認可以来,現在に至るまで,世界中に広く普及し,有効性や安全性が報告されており,T1,T2の中咽頭癌に対するTORS症例のメタ解析によると,2年生存率は約90%と良好であったと報告されている[]。

先にも述べた通り,現在鳥取大学,東京医科大学,京都大学の3施設が共同して,先進医療BのもとでTORSの臨床研究の準備を行っているところである。エンドポイントとしては,断端陽性率としている。また,臨床研究の対象としては,腫瘍学的に以下の条件を考えている。

1.中咽頭癌,下咽頭癌,または喉頭癌の単発性の癌

2.組織学的に扁平上皮癌と診断されている。

3.T分類がTis,T1,T2

4.N分類がN0,または登録の10日以上前に実施された頸部リンパ節郭清において,節外浸潤がない。

5.M分類がM0

6.原発巣の可動性が良好で周囲組織との癒着を認めない。

また,開口障害などの経口的手術が困難と考えられる症例や同時性の重複癌および同亜部位に発生した異時性癌は除外することとしている。さらに,手術の際も出血量や機器の不具合など厳格な中止基準を設けている。

実際の手術は以下のような手順で行う。手術は仰臥位で施行され,気管内挿管による全身麻酔導入の後,開口器を挿入して術野を展開する。ペイシェントカートを患者の右下30度からロールインし,内視鏡と鉗子を経口的に挿入してドッキングを行う。術者はサージョンコンソールで,マスターコントローラーを使用し,腫瘍を切除・摘出する(図1)。助手は患者の頭側から経口的に手術器具を挿入し,吸引などの手術操作の補助を行う(図2)。腫瘍摘出後に入念な止血操作を行い,手術を終了する。

図1.

術者はコンソールで操作を行う。

図2.

助手は患者の頭元で,吸引や牽引などの処置を行う。

術後は,創部の状態にもよるが,経鼻胃管を挿入し経管栄養を行う。術後1~2日に嚥下造影検査を行い確認した後,経口摂取を開始し,1週間程度で退院としている。当科で施行した症例では,術後の合併症はなく,嚥下機能も良好であった。切除部位は開放創のまま終了しているが,1カ月程度で瘢痕形成し治癒している(図3)。

図3.

切除部位は,瘢痕形成し治癒している。

ロボット支援下甲状腺手術

頸部に対する内視鏡外科手術は,1996年Gagnerが腹腔鏡を利用し,上皮小体を摘出したことから始まり,その後甲状腺手術に内視鏡下手術が応用された[10]。本邦でも完全内視鏡下甲状腺手術(TVANS)や内視鏡補助下甲状腺手術(VANS)がいくつかの施設で施行されている。当科では,北野らが開発した吊り上げ法による前胸部アプローチでの内視鏡下甲状腺手術を行っているが[1112],その他,腋下・乳輪アプローチ(AAE-ETS)法や腋下法などが報告されている。

しかし,内視鏡下甲状腺手術は,手術操作腔の確保,内視鏡鉗子の自由度の不十分さ,さらに周囲に反回神経や頸動静脈が存在することなどの点により,手技的に熟練が必要であり,一般的に普及はしていない。

現在,甲状腺内視鏡手術の技術を応用し,ロボット支援下甲状腺切除術が開発され,特に韓国で発展をみせている。ロボット手術のメリットである高解像度拡大3D画像,自由度の高い鉗子,手ぶれ防止機能および狭い入り口から繊細な手術を行うことができる点などにより,甲状腺内視鏡手術での問題点を克服し,新たな発展をみせている。本邦ではda Vinci Sに附属している超音波駆動凝固切開装置の使用が認められていない点が,甲状腺手術を行う際には問題であるが,この点を考慮しても,da Vinci Sを用いた甲状腺手術は有用であると考えられる。ロボット支援下甲状腺切除術のアプローチとしては,現在Axilla-breast,transaxillaryおよびretroauricularのアプローチ法が報告されている。いずれの方法も整容性に優れ,良好な成績が報告されている。

先にも述べた通り,本邦の頭頸部領域におけるロボット支援手術は,薬事未承認の状態であり,ロボット支援下甲状腺切除術も東京医大,金沢医大など,一部の施設で施行されているのみである[13]。

適応としては以下の通りである。

① T1-2の甲状腺癌と良性腫瘍

② N0またはN1a

③ BMI<30

④ 出血傾向なく,頸部や腋窩の手術歴がない。

⑤ 上肢緊張テストが正常

⑥ インフォームド・コンセントが適切になされ,外切開へのコンバートへの可能性について了解している。

手術操作腔を確保しやすくするため,肥満傾向の患者は適応外とされている。

経腋下法の手術方法については,次項を参照されたい。

当科は,Chinese University of Hong Kongと共同で,前胸部アプローチにて甲状腺葉峡切除を行った。実際の手術方法は以下の通りである。

手術は仰臥位で行い肩枕は挿入しない。また,アームが干渉しないように前胸部,乳輪および腋窩にも切開を行う(図4)。皮下を剝離した後,つり上げ器を用いて,頸部皮下を挙上し,手術操作腔を確保する。頸部皮下を剝離する際,胸鎖乳突筋,内頸静脈前頸筋が,解剖学的指標となる。これらの筋肉を周囲に牽引し,甲状腺を露出させる。ペーシェントカートは頭側より尾側に向けてドッキングする。切開した孔より,da Vinci Sの内視鏡1本と2本の鉗子を挿入し,甲状腺の周囲を剝離し,反回神経に注意しながら,腫瘍を摘出する。術者は,コンソールでマスターコントローラーを使用し手術操作を行う。手術助手は患側のベッドサイドで吸引操作やガーゼの交換などを行うことに加え,ダヴィンチの内視鏡およびアームの交換および調整を行いながら,アーム同士が干渉しないか,患者に損傷を起こさない注視する。具体的な手術手順は前胸部アプローチによる内視鏡下甲状腺摘出と同様であるが,印象としては鉗子先端が自由に動き,立体視ができたので腹腔鏡を用いた手術と比べ格段に容易であった[11]。本症例では,術中・術後の合併症も認めなかった。

図4.

ポート挿入位置

前胸部,乳輪および腋窩に切開を行い,前胸部から頸部にかけて皮下を剝離した。

ロボット支援下甲状腺手術もTORSと同様に,海外特に韓国に大きく遅れをとっているが,今後は,前項で述べたTORSの臨床研究に追随して,薬事承認にむけて歩み出していくものと期待される。

今 後

現在,da Vinci Sから,後継機種であるda Vinci Siが多くの施設で導入されている。ダブルコンソール機能が追加されただけではなく,ナビゲーション画像とのコラボレーション機能により,繊細かつ安全な手術が可能となっている。また,単孔式の手術支援ロボットも海外では臨床応用が開始されているようである。さらに,研究段階ではあるが,高感度圧力センサーを使い,触覚を術者の手にフィードバックする技術なども開発されている。これらの科学技術を積極的に取り入れ,ロボット支援手術もさらなる発展を遂げていくことは間違いない。頭頸部領域では,他領域に比べ狭い操作腔での手術操作を要するため,独自のロボットの開発が理想であると考える。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top