日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
褐色細胞腫
竹原 浩介酒井 英樹
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2014 年 31 巻 3 号 p. 175-179

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抄録

褐色細胞腫はカテコールアミンを産生する神経内分泌腫瘍であり,高血圧を中心とした様々な臨床症状を呈する。手術にて治癒可能な疾患であるが,約10%が悪性であり,また病理組織学的な良悪性の鑑別が困難なため,良性と判断されても,術後に再発する症例もある。厚生労働省難治性疾患克服研究事業研究班により褐色細胞腫および悪性褐色細胞腫の診断基準および診療アルゴニズムが作成され,指針に準じた診療が一般的となっている。褐色細胞腫の術前には十分量のα遮断薬の投与が必要であり,術後24時間は低血圧や低血糖に注意する必要がある。また悪性の可能性を念頭においた長期の経過観察が必要である。悪性褐色細胞腫に関しては確立された有効な治療方法がなく,手術,CVD療法やMIBG照射を組み合わせた治療が施行されている。

はじめに

褐色細胞腫は副腎髄質や傍神経節などのクロム親和細胞から発生する腫瘍であり,カテコールアミンを産生する神経内分泌腫瘍である。副腎髄質から発生したものを褐色細胞腫,傍神経節から発生したものをパラガングリオーマ(副腎外褐色細胞腫)と区別することもある。褐色細胞腫は90%が良性の疾患で手術治療により治癒が期待できるが,約10%は悪性で有効な治療方法がない難治性疾患である[]。また,厚生労働省難治性疾患克服研究事業研究班により褐色細胞腫,悪性褐色細胞腫の診断基準および診療アルゴニズムが作成され,診療指針に準じた診療が一般的となっている[,]。

褐色細胞腫の症状

カテコールアミンを過剰に分泌するために多彩な臨床症状を呈し,高血圧,頻脈,蒼白,頭痛,発汗,動悸,不安感,嘔気嘔吐などの症状を認める[]。代謝面からは,高血糖,乳酸アシドーシス,体重減少などがみられる。ノルアドレナリンからアドレナリンへの変換酵素は副腎髄質にのみ存在するため,アドレナリン優位の腫瘍は副腎原発が多く,アドレナリン産生腫瘍では血管内容量の減少,腫瘍壊死に伴うカテコールアミン分泌の低下などから,低血圧やショック症状を呈することがある。また,心筋梗塞,不整脈,大動脈解離,心筋症などを併発することもある[]。高血圧を約85%に認め,持続型,発作型,混合型と分類されるが,中には自覚症状や他覚所見を認めない例があり,無症候性褐色細胞腫と称する[]。最近では無症候性で副腎偶発腫瘍として発見される症例も増加しており[],褐色細胞腫の約25%は副腎偶発腫瘍として発見されている[]。

褐色細胞腫の診断

褐色細胞腫を疑う臨床所見がある場合,スクリーニング検査として,随時尿中メタネフリン・ノルメタネフリンを測定,クレアチニンで補正し,正常上限の3倍以上ならば,スクリーニング陽性として精査を進める[]。機能診断として,血中カテコールアミン,24時間尿中カテコールアミン,24時間尿中メタネフリン分画を測定し,正常上限の3倍以上であることを確認する(表1)。局在診断としてはCTおよびMRIを,機能的局在診断としてMIBGシンチグラフィーを施行する。

表1.

褐色細胞腫・パラガングリオーマの診断基準

CT上は,褐色細胞腫は副腎皮質腺腫と比較して腫瘍径が大きく比較的高吸収であるが,壊死や囊胞および出血を合併することが多く,内部不均一な像を呈することが多い。一方,副腎皮質腺腫の多くは,脂肪を有するために,CT値が10 Hounsfield unit(HU)以下であるのに対し,褐色細胞腫では脂肪を含まない点は重要である[]。またヨード造影剤の褐色細胞腫症例での使用は血圧上昇,頻脈,不整脈などの発作を誘発する危険性があるため,原則禁忌とされている。やむをえず使用する場合は,静脈確保のうえ,フェントラミンやプロプラノロールを十分な量を準備する必要がある[]。

MRIは褐色細胞腫の質的診断に有用である。T1強調画像では低信号を呈し,T2強調画像では高信号を呈するのが特徴とされている(図1)。褐色細胞腫は脂肪を含まないため,chemical shift imagingのout-of-phaseで信号が低下しない。

MIBGシンチグラフィーは褐色細胞腫に特異的な画像検査である(図1)。MIBGはノルエピネフリンの類似体であり,neuronal uptake-1により選択的に,一部受動拡散で腫瘍細胞に取り込まれる。以前は131I-MIBGだけが保険適用であったが,2010年より123I-MIBGも使用可能となった。両者の違いとしては,123I-MIBGはγ線しか放出しないが,131I-MIBGはγ線とβ線を放出するため,患者の被爆線量が大きいため投与量が低く,画質が悪くなり,小さい病巣の検出には困難となる。また,123I-MIBGは十分な投与が可能であり,断層像(SPECT)撮影が可能である。前処置の甲状腺ブロックは,β線による内部被曝の点から131I-MIBGでは必須であるが,123I-MIBGでは必須ではない(しかし頸部の病変の精査が必要な場合は,診断精度の向上のため,甲状腺ブロックを行うことが望ましい)。このような両者の特徴から,検査を選択するに際には123I-MIBGが推奨されている[]。またMIBGの取り込みに影響を与える薬剤としてはレセルピン,ラベタノール,Ca拮抗薬,三環系抗うつ薬,コカイン,アンフェタミンなどがあり,検査の1週間前より,中止するのが望ましい。

18F-FDG PETは良性腫瘍には保険適用はないが,悪性が疑われる場合には,保険が適用されている。MIBGにて認識できない病巣の検出に関するFDG PETの有用性が報告されつつある[]。またカテコールアミンの前駆物質(18F-FDOPA)を用いたPETは,短時間で,空間的分解能にも優れ,薬剤の影響も受にくい検査である。さらに副腎外病変,ノルアドレナリン有意,遺伝性の褐色細胞腫にて123I-MIBGより検出率が優れていたと報告されている[10]。

図1.

左副腎褐色細胞腫 (a)T2強調画像で高信号を示す (b)131I-MIBGシンチグラフィーで強い集積を認める

褐色細胞腫の術前管理(薬物療法)

褐色細胞腫はカテコールアミン過剰産生に伴う脳心血管系イベントを引き起こす危険性があり,時として致命的な合併症を併発することがある。従って,診断後早期に治療を開始する必要がある。根治的な治療としては外科的な切除であるが,褐色細胞腫に関しては術前の管理が非常に重要となる。腫瘍から放出されるカテコールアミンにより末梢血管が収縮している状況で,循環血液量が不足しており,腫瘍摘出後にはカテコールアミンの減少なども伴い,急激な血圧低下が起こる。このため診断後速やかにα遮断薬開始を開始する必要がある。手術適応がない悪性褐色細胞腫に関しても,カテコールアミン過剰産生に伴う種々の症状の改善は必要である。α遮断薬は選択的α1遮断薬であるドキサゾシン,プラゾシン,テラゾシンなどを常用量から開始し,血圧に応じて2~3週かけて漸増させる[,]。起立性低血圧の予防のため,病態に応じて,電解質輸液を行うこともある。頻脈や不整脈のコントロール目的にα1遮断薬の投与開始から数日後にβ遮断薬を併用することもあるが,β遮断薬をα1遮断薬より先行投与することは禁忌である。β2受容体遮断により血圧上昇が起こる危険性がある。α1遮断薬で血圧コントロールが困難な場合は,Ca拮抗薬を追加投与する。また時として,高血圧クリーゼを併発することがある。高血圧クリーゼの併発は,血圧の著明な上昇により,不可逆的な臓器障害を引き起こし致命的となる可能性があるため,速やかな降圧を必要とする。入院での全身管理が必要であり,治療の第一選択はα遮断薬であるフェントラミンの経静脈的投与を行う[]。可能であればα1遮断薬の内服治療も併用する。非常に稀ではあるが,薬物治療に抵抗性であり,多臓器不全,重症高血圧もしくは低血圧,高熱および脳症を併発した状態を,pheochromocytoma mulutisystem crisis(PMC)と呼ぶ。急速に病状が悪化し,保存的治療に抵抗性であり,救命するためには緊急に副腎摘除術を必要とする病態があることも認識しておく必要がある[11]。

褐色細胞腫の手術および術後管理

手術術式に関しては,褐色細胞腫に対しても腹腔鏡下手術の適応が拡大しつつあり,6cm以上の大きな褐色細胞腫にも試みられている[12]。画像上,周囲への浸潤傾向がある場合は,一般的には腹腔鏡手術の適応外と判断される。最近の報告では,腫瘍操作や気腹操作による術中の循環動態の変動は,開腹手術と比較して少ない。しかし,他の良性の副腎皮質腫瘍と比較して,手術時間が長く,出血量も多い傾向にある。

術後管理に関して,24時間以内で注意しなければならない重要な合併症は低血圧と低血糖である[]。術前の血中アドレナリン値や術中のカテコールアミンの補充量と,術後の低血圧との関連も示唆されている[13]。十分なα遮断薬の投与による循環血液量の生理的補正および腹腔鏡手術による出血量の減少もあり,術後の循環動態は安定しつつある[14]。特に術後24時間は注意して経過をみる必要があり,必要に応じてカテコールアミンの補充を行う。低血糖の原因は腫瘍摘出後の急激なカテコールアミンの減少により,インスリン分泌が回復し,反跳性に高インスリン血症になるためであり,術後は血糖を適宜確認し,低血糖を早期に発見することが重要となる。

手術治療により,約90%は完治可能であるが,単発性であっても確実に良性と診断する方法がなく,病理組織学的なスコアリング,MIB-1免疫染色,状況によってはSDHB遺伝子変異の検索も考慮する必要がある。術後は,常に悪性の可能性を考慮して,長期的な経過観察を行うことが推奨されている[,]。

悪性褐色細胞腫の診断および治療

副腎褐色細胞腫の約10%,副腎外褐色細胞腫の15~35%が非クロマフィン組織への転移をきたす悪性褐色細胞腫である。非クロマフィン組織とは,肝臓,肺,骨,リンパ節など本来の発生組織ではない組織である(表2)。良性と診断されて手術を受けた後,数年後に局所再発や転移巣が発見される症例も散見される。治療としては降圧治療としてα遮断薬およびβ遮断薬を併用する。カテコールアミン合成阻害薬であるαメチルタイロシンは本邦では未承認である。悪性褐色細胞腫に対する確実で有効な治療方法はなく,手術による腫瘍のデバルキング,MIBGの集積がある場合は131I-MIBG内照射療法(治療用の131I-MIBGは本邦では未承認であり,個人輸入により行われている),CVD化学療法(cyclophosphamide,vincristine,dacarbazine),骨転移に対する放射線外照射やビスフォスフォネートなどを組み合わせて,症例に応じて集学的治療が行われている[,]。

表2.

悪性褐色細胞腫・悪性パラガングリオーマの診断基準

おわりに

本稿では褐色細胞腫および悪性褐色細胞腫の診断,治療方針を中心に概説した。特に悪性褐色細胞腫に関しては,非常に稀な疾患で,病理組織学的診断が困難であり,さらに有効な治療方法も確立されていないため,個々の症例の経験および蓄積が重要となってくる。また褐色細胞腫は副腎偶発腫瘍として発見されることもあり,日常診療の中で遭遇する機会が増えてきている。このため診療水準の標準化は重要であり,診療指針に準じ,適切な診断および治療を行う必要性があると判断される。

【文 献】
 

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