日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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原著
高齢者の原発性副甲状腺機能亢進症の臨床的検討
古屋 舞池田 達彦澤 文市岡 恵美香斎藤 剛清松 裕子井口 研子坂東 裕子原 尚人
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2014 年 31 巻 3 号 p. 219-222

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抄録

原発性副甲状腺機能亢進症患者の外科的治療について,高齢者を対象とした検討が本邦では少ない。今回われわれは75歳以上の後期高齢者手術症例を検討した。対象は2009年1月から2013年8月までに,当科で手術を施行した82例中の75歳以上12症例(15%)で,患者背景として既往併存疾患が多くみられたが手術および術後経過は高齢者において術後テタニー症状の出現が少ないこと以外には他の年齢層の患者群と比較して明らかな特徴は認めなかった。また,12例のうち3例に,術直後より見当識障害,食思不振,歩行障害などの著明な改善を認めた。原発性副甲状腺機能亢進症の外科的治療は安全かつ症状改善に有効であり,近年の診断能の向上に伴い,より低侵襲の手術も可能となったことを踏まえ,高齢者においても患者背景や合併症などのリスクを考慮した上で手術療法は検討されるべきである。

はじめに

原発性副甲状腺機能亢進症(Primary hyperthyroidism:以下PHPT)は,健診での血清カルシウム(Ca)値測定や骨塩定量測定の普及により,特に無症候性のPHPTと診断される症例は増加しつつある。この無症候性PHPTにおける手術適応について,無症候性PHPTに関する国際ワークショップのガイドラインでは手術適応の一つとして50歳未満であることが挙げられている[]。一方,50歳以上については年齢以外の項目(血清Ca高値,腎機能低下,骨量減少)を満たす場合に外科的治療の適応とされている。Kebebewら[]は特に80歳以上の患者で疲労感,体重減少,骨痛などの非特異的症状や精神神経障害が術後に改善したと報告している。われわれも高齢者のPHPTに対する外科的治療により,認知機能障害や抑うつ症状などの精神神経症状が著明に改善することを経験した。今回高齢者のPHPT手術患者に着目し,外科的治療の有効性について検討した。

対象と方法

2009年1月から2013年8月までに,当科でPHPTに対し手術を施行した高齢者12症例を対象とした。年齢層は後期高齢者である75歳と対象とした。患者背景,発見契機,生化学検査所見,術前局在診断,合併症についてretrospectiveに検討を行った。また,高齢者における外科的治療の安全性や侵襲度を検討するために手術時間,出血量,合併症,術後経過,在院日数を各年齢層(59歳以下,60~74歳,75歳以上)と比較した。統計解析には,paired T検定を用いた。

結 果

観察期間における当院のPHPT手術例は全82例で,そのうち75歳以上は12例(15%)だった。男女比は6:6,手術時年齢の中央値は77.5歳(75~88歳)であり(表1),全例に既往もしくは併存疾患を認めた。その内訳は,高血圧が8例(67%)と最も多く,次いで尿路結石,糖尿病,悪性腫瘍がそれぞれ4例(33%)であった。その他には上部消化管潰瘍や胆石,膵炎などのPHPT患者で稀にみられる疾患の罹患歴を各1例ずつ認めた。

発見契機は腎・尿路結石3例,骨粗鬆症3例,意識障害2例,食欲不振1例,血液検査で高Ca血症を指摘されたものが3例であった(表1)。食欲不振で発見された一例は3カ月で約10kgの体重減少をきたしたため外来受診し,血液生化学検査で血清中の高Ca血症(16.2mg/dl)を認め,精密検査を施行し本症の診断に至った。

表1.

患者背景

術前画像検査として全例に超音波および99mTc-MIBIシンチグラフィを用いて行った。全例単腺腫大であり局在診断率は超音波診断が100%,99mTc-MIBIシンチグラフィは92%であった。

手術は全例に両側頸部検索法を施行した。手術時間の中央値は104分で出血量の中央値は30ml,術後在院日数の中央値は4日間(±2.7日間)であり,他年齢層(59歳以下および60~74歳)と比較しほぼ同等の結果だった(表2)。術後テタニー症状については59歳以下では34%,60~74歳では18%に認めたのに対し,75歳以上ではみられなかった。合併症として右下副甲状腺腫瘍を摘出した1例に右反回神経麻痺をきたし,退院までに11日間を要した。

表2.

手術および術後経過

生化学検査では術前後で補正Ca値,血清リン(P)値,血清intact PTH(以下i-PTH)値それぞれ有意に改善を認めた。術前の補正Ca値11.7±2.1mg/dl,血清i-PTH値197.1±121.2pg/mlであり,術翌日には補正Ca値9.6±0.5mg/dl(p値=0.00027),血清i-PTH値は13.4±8.0pg/ml(p値=0.0066)と正常化した(図1)。

図1.

術前後における補正Ca値,血清P値,血清i-PTH値の推移

補正Ca値,血清P値,血清i-PTH値いずれも有意に改善を認めた。

また,術後に著明な精神神経症状の改善を3例に認めた(表3)。症例1は75歳女性で数年前から抑うつに対して抗精神病薬の内服をしていた。また,PHPTに対する術前に記銘力低下,見当識障害も認めていたが術後に症状改善し,内服薬が不要になった。症例2は78歳男性で健忘および食欲不振を認め,3カ月で約10kgの体重減少をきたしたため近医受診し本症と診断され,PHPT術後は食欲改善がみられた。症例3は88歳男性で短期記憶障害および自立歩行困難であったが術後に杖をついた自立歩行が可能となった。

表3.

精神神経症状の変化

考 察

本邦において高齢者は年々増加傾向であり,2013年の時点で75歳以上の人口は1,560万人(12.3%)であり,20年後には20%,つまり5人に1人が後期高齢者であると推定される[]。厚生労働省は75歳の平均余命を男性で11年,女性で15年と報告している[]。PHPTは比較的頻度の高い疾患で,高齢者の2%,閉経女性の0.3%に認めるとされ[],高齢者PHPT患者を診察する機会は今後増加すると思われる。PHPTは発見の契機によって,生化学型,腎結石型,骨型に分類されるが,頻度は生化学型が52%と最も多い。血清Ca測定が容易になった今日では,健診での血清Ca値測定や骨塩定量測定の普及により,生化学型の割合が増加傾向にある。大半の高齢患者は軽度の高Ca血症を認めるのみで骨症状や腎障害は顕在化せず,緩徐に進行することが多い[]。しかしながら,Rubinら[]は無症候性PHPT患者116例を15年間追跡調査し,37%に原疾患の進行を認めたため手術を施行したと報告した。無症候性PHPTに対する治療についてNIHのガイドラインでは,手術適応を満たす場合は修練した医師による外科的治療を推奨する,としている。また手術適応に当てはまらない場合は1年に1度の血清Ca値,クレアチニン(Cre)測定,1~2年に1度の骨密度測定を行い経過観察する必要がある[]。

高齢者では加齢により既に骨量低下,腎障害,心血管障害を合併している可能性もあり,血中副甲状腺ホルモン値の上昇または高Ca血症による影響と加齢による影響とを区別することは困難な場合が多い。さらに女性の高齢者では閉経および加齢に伴う骨量低下により骨折リスクが上昇し,日常生活に支障をきたすなどQuality of life(QOL)の低下にもつながる[,]。Kebebewら[]によると,手術を施行した80歳以上のPHPT患者の26%に骨粗鬆症があり,20%に骨折の既往がみられた。骨量減少部位としては大腿骨頸部や橈骨遠位端が顕著でありこれらは一般的に転倒などによる骨折の好発部位である[]。また,高Ca血症は心血管系疾患のリスク要因であり長期間にわたる無症状の高Ca血症により高血圧,冠動脈疾患などの循環器疾患の合併率が高くなり,致死率上昇の可能性がある[,]。

高齢者PHPT患者においては疲労感,体重減少,食欲の低下,夜間頻尿,骨痛,便秘といった非特異的症状や無関心,抑うつ,認知障害,歩行障害,傾眠傾向などの精神神経障害を呈することがしばしば報告される[]。われわれもPHPT術後に抑うつ症状や認知機能の改善を認めた症例を経験していることから,PHPTによる高Ca血症は精神神経障害の原因の一つになりえると考える。Papageorgiouら[10]は,76歳の女性でアルツハイマー病の治療中に無症候性PHPTと診断され,手術施行後にパーキンソニズムおよび行動障害,Mini Mental State Examination(MMSE)の値が改善(術前15 術後25)した例を報告した。Pasiekaら[11]は,視覚的評価スケール(Visual Analog Scale;VAS)を用いて骨痛,易疲労感,抑うつ症状,頭痛,掻痒感など13項目を評価した。この副甲状腺症状スコア(parathyroidectomy assessment of symptoms socore;PASスコア)が術前後で有意な改善を認めた,と報告している。

しかしながら妥当性かつ信頼性のある検査を用いて系統的に評価することで,高齢者のPHPT手術による精神神経症状改善の有効性を示した研究はいまだ少ない。高齢者のPHPTに対する手術の意義をより明らかにするため,認知機能の評価として用いられるMMSEやうつ病の評価であるHamilton Rating Scale for Depression(HAM-D)や,前述のPASスコアなどを用いて今後prospectiveに検討を重ねることが課題である。

Youngら[12]は65歳未満と比較して65歳以上の患者ではPHPTの日帰り手術が少なく,入院例が多かったが,合併症の頻度や種類および発症時期に違いはみられなかったと報告した。また,Bacharら[13]の報告でも70歳未満の在院日数が3±1.8日間に対し70歳以上では4±3.6日間と長く,手術時間や出血,感染,嗄声,低カルシウム血症などの術後合併症の発生率に差はみられなかった。本検討においても手術時間や出血量はほぼ同等で,術後在院日数は高齢者でやや長い傾向だった。また,術後テタニー症状の出現頻度が高齢者で低い傾向にあった。これは術前のビスホスホネート製剤使用率が59歳以下で2.8%,60~74歳で11.4%,75歳以上で66.7%と高齢者で使用頻度が高かったことが一因となる可能性がある。Françaら[14]は術前のビスホスホネート製剤の投与によりPHPT術後の著明な低Ca血症を予防した,と報告した。

近年,超音波検査や99mTc-MIBIシンチグラフィなどの術前画像検査での局在診断の進歩により,低侵襲手術である minimally invasive parathyroidectomy(以下MIP)が可能となり手術時間の短縮や合併症発症率も低下した[,]。1996年にIrvinらがMIPを報告し,多くの施設でMIPが行われるようになった。Stechmanら[]は,MIP手術の頻度が20%から70%に増加したことにより,日帰り手術の実施率の上昇および在院日数が減少したこと(3日から1.33日)を報告した。当院では従来通り4腺検索を行っているが,今後MIPを取り入れることで高齢者においても手術時間の短縮や低侵襲治療および早期退院が期待できると考える。

おわりに

PHPTに対する外科的治療は安全かつ症状改善に有効であり,高齢者においても患者背景や合併症などのリスクを考慮した上で手術療法は考慮されるべきである。

謝 辞

本論文の主旨は第46回日本甲状腺外科学会学術集会(名古屋)においてポスター発表した。

【文 献】
 

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