日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
甲状腺髄様癌の内深頸リンパ節再発に対し治癒切除が可能であった多発性内分泌腫瘍症2A型の1例
手塚 理恵今井 常夫安藤 孝人毛利 有佳子高阪 絢子吉田 美和藤井 公人中野 正吾福富 隆志
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2014 年 31 巻 4 号 p. 319-322

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抄録

症例は23歳時にRET遺伝子変異が確認された多発性内分泌腫瘍症2A型(MEN2A)女性保因者。26歳時に画像上病変不明だがガストリン負荷試験陽性のため,甲状腺全摘術+両側D1郭清を施行した。術後14年目にCEA・カルシトニンの異常高値と右内深頸リンパ節腫大を認め,右内深頸リンパ節郭清術を施行した。姉・母・本人の順番で1995年から1999年に甲状腺手術を行い,いずれもStage Ⅰであった。姉・母は両側D3b郭清を施行し病理組織学的リンパ節転移は認めず(n0),現在まで再発の兆候はない。最後に手術した本例は両側D1郭清にとどめn0だったが,初回治療で郭清しなかった内深頸リンパ節に再発を認めた。MEN2Aに対して予防的外側リンパ節郭清は不要と考えられている。同一家系内で予防的外側リンパ節郭清をしなかった症例にのみ再発を認めたが,治癒切除が可能であった。微小MTC症例でも,長期間経てから再発をきたすことがあるので長期にわたって慎重な経過観察が必要である。

はじめに

多発性内分泌腫瘍症2A型:Multiple endocrine neoplasia type 2(MEN2)は甲状腺髄様癌:Medullary thyroid carcinoma(MTC),副腎褐色細胞腫:Pheochromocytoma(Pheo),原発性副甲状腺機能亢進症:Primary hyperparathyroidism(HPT)を発症する第10染色体RET遺伝子変異による常染色体優性遺伝性疾患である。MTCに対して,甲状腺全摘術が必須であることはコンセンサスが得られているが,リンパ節郭清の必要性や範囲については一定の見解はない。MEN2Aに発症するMTCのリンパ節郭清範囲と再発に関し有用な知見が得られた1家系を報告する。

症 例

症 例:39歳女性(本人)(2013年現在)。

主 訴:ガストリン負荷試験陽性。

既往歴:23歳時に第1子,28歳時に第2子を出産している。

保因者診断:姉が発端者。1996年,23歳時にRET遺伝子変異陽性でExon 11,codon 634においてTGC(Cys)からGGC(Gly)へのミスセンス変異が検出された。

家族歴:⑴発端者である姉;45歳女性(2013年現在)。23歳時に右褐色細胞腫に対して右副腎全摘術,26歳時にMTCに対して甲状腺全摘術,両側D3b郭清,副甲状腺全摘術,左前腕自家移植術,31歳時に左褐色細胞腫に対して左副腎全摘術を施行した。33歳時に出産した。⑵母;72歳女性(2013年現在)。54歳時にMTCに対して甲状腺全摘術,両側D3b郭清,副甲状腺全摘術,左前腕自家移植術,70歳時に右褐色細胞腫に対して右副腎全摘術を施行した。いずれの女性⑴⑵も甲状腺手術前のカルシトニン基礎値は正常であったが,ガストリン負荷試験は陽性を示した。摘出甲状腺のMTC病変は両葉上極に5mm程度で,病理組織学的リンパ節転移は認めなかった。2013年11月現在まで血中カルシトニン,CEA正常で,画像上再発所見もみられなかった。家系図を図1に示す。

図1.

家系図

矢印は発端者。Ⅲ-4が本例。

初診時検査所見:カルシトニン血清濃度の基礎値・ガストリン負荷試験時の値はそれぞれ,208.6pg/ml・740.5pg/mlであった。CEA血清濃度は1.4ng/mlであった。

現病歴:23歳時にMEN2A保因者と診断された。経過観察中に,画像では病変不明だがガストリン負荷試験陽性のためMTC preclinical stageと診断し,26歳時に甲状腺全摘術,両側D1郭清,副甲状腺全摘術,左前腕自家移植を施行した。病理組織学的所見は甲状腺右上極と左上極にそれぞれ6×6mmと3.3mmのいずれも石灰化を伴う腫瘍を認め,medullary carcinomaの所見で,リンパ節(LN No.1~4)に転移は認めなかった。2009年(術後10年目)から徐々にCEAとカルシトニン高値がみられるようになった。37歳時に右褐色細胞腫に対して腹腔鏡下右副腎全摘術を施行された。39歳になった2012年に頸部超音波検査で18.0×9.7×13.3mmの右内深頸リンパ節腫大が同定され(図2),穿刺細胞診で甲状腺髄様癌の疑い,穿刺洗浄液でカルシトニン25,501pg/mlと異常高値を認め,リンパ節再発と診断した。2013年3月右内深頸リンパ節郭清術を施行した。病理組織学的所見はmetastasis of medullary carcinoma,LN No.(positive/total)=5A(4/9),5B(0/11),6(3/14),7(0/3)であった。術前にはCEAとカルシトニンの血清濃度はそれぞれ40ng/ml,1,199pg/mlまで上昇していたが,右内深頸リンパ節郭清術を施行後は術後4カ月でCEA・カルシトニンは正常化した(図3)。

図2.

頸部超音波画像

右内深頸リンパ節腫大(18.0×9.7×13.3mm)を認める。

図3.

CEA・カルシトニンの推移

2009年よりCEA・カルシトニンとも徐々に上昇し,2013年にはそれぞれ40ng/ml・1,199pg/mlまで上昇した。2013年3月の内深頸リンパ節郭清術後は速やかに正常化した。

考 察

MEN2はMTC,Pheo,HPTを3大病変とする常染色体優性遺伝性疾患であり,病型としては,2A,2B,家族性甲状腺髄様癌:Familial medullary thyroid carcinoma(FMTC)がある[]。MEN2Aは人口3.5万人に1人の発症と報告されている。MTCの浸透率はほぼ100%であり,生涯のうちにほぼ全例でMTCを発症する。Pheoは約半数に,HPTは5~20%に発症する。RETの活性型変異がほぼ100%の症例で同定されている。変異部位は限定されており,変異によりMTCの発症年齢,悪性度,PheoやHPTの発生頻度が異なるGenotype-phenotype relationshipが認められる[]。変異に応じた治療開始年齢,治療方法のガイドラインが米国甲状腺学会(American Thyroid Association:ATA)から発表されている(表1)[,]。日本人のデータではPheoの浸透率と変異コドンの関連が報告されている[]。コドン634変異はPheoの浸透率がもっとも高いもので,実際にこの家系においても3人ともPheoを発症し,母親は70歳を過ぎてから副腎摘出術を受けている。また姉は両側副腎全摘術を受けており,本例においても今後対側副腎を慎重に経過観察していく必要がある。

MTCの治療では,手術が第一選択である。MTCは甲状腺にびまん性に存在する傍濾胞細胞(C細胞)から発生するため,甲状腺組織を残せば残存甲状腺にMTCが再発するリスクを残すことになる[]。遺伝性MTCの場合は甲状腺全摘術が必須である。

リンパ節郭清の必要性・範囲と予後の関係についてのエビデンスはまだ存在しないため,現状ではコンセンサスは得られていない。遺伝性46例と散発性58例の症例集積研究でリンパ節郭清の有無で予後に差はみられなかった[]。一方で,遺伝性139例の多施設症例集積研究での系統的リンパ節郭清群と非郭清群の刺激試験による術後カルシトニン値の比較では,郭清群でカルシトニンの正常化率が高かった[]。リンパ節郭清範囲のコンセンサスはない現状であるが,日常診療の中で術式選択の指針は必要である。最近発行された多発性内分泌腫瘍症診療ガイドブックではMEN2A MTCのリンパ節郭清範囲について以下のような治療方針が推奨されている[]。

RET変異保有未発症の小児は予防的甲状腺全摘術のみ施行する。小児幼児期はMTCの前段階であるC細胞過形成の時期でリンパ節転移がないため郭清の必要がなく,また,副甲状腺機能低下症を発症するとカルシウムマネージメントが困難でQOLを損なうためである。しかし,本邦において小児の遺伝子検査や予防的甲状腺全摘術を施行する時期は確立されていない。その原因には,遺伝子検査が保険適応でないことに加え,小児期の予防的全摘の報告が少ないことが指摘されている。本家系はATAガイドラインにおいてリスクCの634変異家系で,MEN2の中で最も頻度が高く,20歳になるまでにほぼ全例がMTCを発症する。ATAガイドラインでは5歳までに予防的全摘を推奨している(表1)[]。幸い本家系では姉・母は成人後に手術を受けているが再発はない。本例の長女・長男はそれぞれ16歳・12歳で遺伝子検査を施行しRET遺伝子陰性であった(図1)。本邦における小児MTCの治療成績に関する研究では,高年齢ほど術前カルシトニンは高値で,2,000pg/ml以上では高率に臨床再発や生化学再発をきたす傾向がみられ,小児に対してより積極的に遺伝子検査を行い,少なくともリンパ節転移が起こっていない時期に甲状腺全摘術を行うべきであると報告している[10]。本例の長女・長男の遺伝子検査が陽性であった場合,カルシトニン基礎値が基準値内であったとしてもカルシウム(ガストリン)負荷試験陽性であれば,すでにMTCが発症していると考えリンパ節郭清も含めて手術を検討したであろう。未発症時期の予防的甲状腺全摘については倫理問題や自費診療扱いの点からも,今後もさらなる議論が必要である[10]。

表1.

ATAガイドラインにおけるRET遺伝子変異部位による甲状腺髄様癌のリスク分類[4

成人でリンパ節転移が明らかでない場合は予防的な両側気管周囲リンパ節郭清のみを施行する。気管周囲リンパ節の再発は気管浸潤や反回神経麻痺の可能性があり,また,再手術時には初回手術の癒着により反回神経麻痺のリスクが高くなるからである。

腫瘍径4cm以上・非刺激下でカルシトニン高値の場合は予防的な両側内深頸までのリンパ節郭清を施行する。術前カルシトニン基礎値別に患側および対側外側頸部リンパ節転移の陽性率を比較した研究では,再手術のリスクを減らすために200pg/ml以上の場合は両側内深頸までの郭清が必要となる可能性を示唆している[11]。本例は術前カルシトニン基礎値が200pg/mlを越えていたが,当時のカルシトニン測定は本邦で現在用いられている抗体よりさらに特異度が低いもので,甲状腺全摘術後にも200pg/mlを越える症例があることが問題となっていた[12]。海外からの報告は本邦では未承認の高感度カルシトニン測定を用いており,海外の数値をそのまま日本の実地臨床に適用するのは問題があるが,ひとつの指標として参考にはできる。リンパ節転移が明らかな場合は転移存在範囲の治療的領域郭清を施行する。

われわれはMEN2における甲状腺全摘術のときは副甲状腺も全摘し,利き腕でない前腕筋肉内へ移植している。この術式の術後副甲状腺機能の長期成績は良好である[13]。遺伝性MTC47例のリンパ節転移陽性率は,気管周囲領域,腫瘍と同側外側頸部領域,腫瘍と対側外側頸部領域でそれぞれ45%,36%,19%であり,比較的高率にリンパ節転移を認めている[14]。このことからも少なからず気管周囲リンパ節郭清は必要である。側頸部リンパ節郭清については,早期MTCでは側頸部リンパ節再発のリスクは低く,予防的な郭清は必ずしも必要でないと考えられる。もし再発を認めても,初回手術時に未郭清であれば安全に郭清できる。

おわりに

姉・母・本人の順番で1995年から1999年に甲状腺手術を施行した。姉・母は両側D3b郭清を施行し,その結果を参考にして,最後に手術した本例は両側D1郭清にとどめた。姉・母は現在までMTC再発の兆候はないが,本例は初回治療で郭清しなかった内深頸リンパ節に再発を認めた。しかし,その再発は治癒切除が可能であった。両側D1郭清にとどめた本例のみに内深頸リンパ節再発を認めたことで,T1N0症例のMEN2A初回手術当時の治療方針が不適切だったとは言えない。遺伝子検査陽性でガストリン負荷試験陽性のみで発見された微小MTC症例でも,長期間経てから再発をきたすことがあるので長期にわたって慎重な経過観察が必要である。

本論文の要旨は第46回日本甲状腺外科学会(2013年9月26日,27日,愛知県)にて発表した。

【文 献】
 

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