日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
他臓器浸潤を伴う褐色細胞腫の手術
菊森 豊根
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キーワード: 褐色細胞腫, 他臓器浸潤
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2014 年 32 巻 1 号 p. 24-28

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抄録

【はじめに】褐色細胞腫は大部分が良性とされ,術前・周術期の血圧,循環血液量管理を適切に行えば,腫瘍そのものの摘出はそれほど困難を伴うことはない。しかし,広義の褐色細胞腫に含まれる傍神経節腫はしばしば周囲臓器に浸潤し,合併切除が必要になることがある。また発生する部位が頸部から骨盤にわたり,影響を受ける臓器も多岐にわたる。浸潤が疑われる臓器に応じて異なる診療科に協力を依頼する必要があり,術前,周術期において特殊な管理を要する。

【対象と方法】当科において2000年から2014年の間に行った褐色細胞腫初回手術129例中,術前画像検査で他臓器浸潤を疑われた10例を対象に診断方法,術式,特殊な対策などについてレビューした。

【結 果】画像,病理診断から全例狭義の傍神経節腫と考えられた。右5例,左5例。浸潤が疑われた主な臓器は下大静脈,腎動脈,腎静脈,肝臓であった。1例が切除を術中断念した以外は,肉眼的治癒切除が可能であった。治癒切除できた症例のうち1例で再発をきたしたが,再手術後は健存である。

【考察および結語】褐色細胞腫に含まれる傍神経節腫は周囲への浸潤がしばしばみられ,完全切除に困難を伴うが,治癒切除できれば,良好な予後が期待できる。また,非治癒切除にとどまったとしても,カテコラミン過剰による臨床症状の改善が期待できる。周囲臓器の合併切除を含めた積極的な治療方針が重要と考えられた。浸潤が疑われる場合,血行バイパスなどの準備や血管外科医・消化器外科医との連携など,周到に準備を整えておくことが,手術を安全に行う観点から重要と考えられた。

はじめに

褐色細胞腫は大部分が良性とされ,術前・周術期の血圧,循環血液量管理を適切に行えば,腫瘍そのものの摘出はそれほど困難を伴うことはない。しかし,広義の褐色細胞腫に含まれる傍神経節腫はしばしば周囲臓器に浸潤し,合併切除が必要になることがある。完全切除に困難を伴うが,治癒切除できれば,良好な予後が期待できる。また,遠隔転移があったとしても,主要な病巣を切除することにより,カテコラミン過剰による臨床症状の改善が期待できる。また発生する部位が頸部から骨盤にわたり,影響を受ける臓器も多岐にわたる。浸潤が疑われる臓器に応じて異なる診療科に協力を依頼する必要があり,術前,周術期において特殊な管理を要する。

対象と方法(表1

当科において2000年から2014年の間に行った褐色細胞腫初回手術129例中,術前画像検査で他臓器浸潤を疑われた10例を対象に診断方法,術式,特殊な対策などについてレビューした。

表1.

症例のまとめ

結 果(表1

術前画像,病理診断から全例狭義の傍神経節腫と考えられた。右5例,左5例。浸潤が疑われた臓器は主な臓器は下大静脈,腎動脈,腎静脈,肝臓であった。1例が切除を術中断念した以外は,肉眼的治癒切除が可能であった。治癒切除できた症例のうち1例で再発をきたしたが,再手術後は健存である。以上の経験をもとに,この病態に対する術前評価方法,治療法(主に外科的治療について),術後管理などを中心に当科における経験を交えて概説する。

術前検査

まず摘出すべき腫瘍が褐色細胞腫であることの確認が重要である。診断方法について詳細は成書に譲るが,生化学的検査において誘発試験は行われなくなり,蓄尿検査によるカテコラミン代謝産物の上昇を認めることにより診断される。欧米では蓄尿を必要としない血中メタネフリン・ノルメタネフリン測定が標準となっているが,本邦では未だ保険収載されていない。造影CT(ダイナミックCTはカテコラミンの急激な放出によるカテコラミン心筋症を誘発する可能性があるので禁忌とされる。)は機材の進歩により解像度の向上が著しく,周辺臓器への浸潤の評価も同時に行えるために基本的な手段となっている。しかし,腫瘍により周囲の太い脈管が極度に圧迫されている場合は内腔を描出できず,脈管浸潤の有無の評価が不可能の場合がある。下大静脈(IVC)のような静脈の圧迫が著明である場合,側副血行路が発達するが,この検査により部位や発達程度が評価できる。MRI(単純で可)は周囲の臓器への浸潤を評価する場合にCTのいわゆるpartial volume effectによる不明瞭な境界が明瞭に描出でき,浸潤を否定できることがある。原発巣の評価,遠隔転移巣,多発病巣の検索目的にMIBGシンチが行われる。222MBqの高用量の123I MIBGシンチが保険適応となり,より高感度,高鮮鋭度な検査が行えるようになった。体外超音波検査は機材の進歩により深部にわたる高解像度の画像が取得できるようになってきている。リアルタイムに画像が観察できる点が長所であり,特にIVCの肝静脈合流部周辺の観察にその長所が発揮される。その他の術前画像検査としてはPET-CTが遠隔転移の評価のために行われる。Gaシンチグラフィーも以前は行われていたが,現在はPET-CTに取って代わられた。広義の画像検査に含まれるCTガイド下針生検は術前画像検査で切除が可能と判断された場合は通常は適応でない。また,術前に生化学的に褐色細胞腫と診断されている場合は,根治術不能と判断された場合でも,適応はない。しかし,褐色細胞腫が生化学的に否定され,周囲への浸潤が高度であり,治癒切除は不可能と判断した場合や,PET-CTなどで遠隔転移を認めた場合などでは,診断を確定する目的で施行することがある。特に両側副腎腫瘍や周囲のリンパ節腫大など悪性リンパ腫の可能性がある場合は施行することが望ましい。

治療法

術前準備:他臓器浸潤を伴うような褐色細胞腫の場合,腫瘍表面や発達した側副血行路からの術中出血が多量になる可能性が高く輸血の準備を充分にしておく。褐色細胞腫では術前一見正常血圧でも循環血液量が低下しているので,必ず,αブロッカーによる前処置を水分摂取とともに充分に行っておく。腎臓摘出が予想される場合は分腎機能(レノグラム)の評価が必要である。腸管の前処置(経口腸管洗浄剤服用)は通常行っていないが,大腸切除の可能性がある場合は行う。術中血行バイパスが予想される場合は右腋窩やそけい部などバイパスに使用する血管周辺の除毛が必要である。血行再建,肝切除などが予想される場合は血管外科医,消化器外科医,麻酔科医などと十分な術前検討を行っておく。

アプローチ:腫瘍の存在する部位に応じた,種々のアプローチがある。比較的頻度が高い,上腹部の場合は良好な視野を確保するために開胸開腹により術野を展開する[]。片肺換気は不要である。開胸する肋間は体型・腫瘍の大きさ・位置・どこを一番良い視野にしたいかによって異なり,第5から第8肋間の間で症例ごとに適切な高さを選択する。さらに良好な視野を確保する場合は正中で縦に臍下へ皮切を延長する。腎動脈分岐部より尾側の場合は腹部正中切開を選択する。

脈管合併切除:狭義の傍神経節腫の場合,動脈周囲の神経節から発生するため,しばしば動脈周囲を取り囲むように増殖する。剝離は非常に困難であり,脈管の合併切除が必要になることが多い。腎動脈は片側であれば,浸潤部位を含めて一旦摘出し,体外で腎臓から腫瘍を剝離し,異所性に移植する場合もあるが,片側であれば対側腎機能が良好であれば腎臓摘出も特に問題にならない。動脈から剝離できても,腎静脈に浸潤していて剝離が不可能な場合,精巣/卵巣静脈より中枢側であれば左腎静脈は合併切除してもかまわない。腎臓からの血流は精巣/卵巣静脈を通して還流するからである。腹腔動脈,上腸間膜動脈周囲に浸潤した場合はこれらを犠牲にして腫瘍を切除することは不可能で,切除不可能と判断する(図1)。IVCはしばしば直接浸潤を疑われる脈管である。術前画像診断でIVCに浸潤を疑われている場合,狭い範囲の場合であれば周囲から慎重に剝離を進めてサイドクランプをかけ,安全に腫瘍を切除できることがある。浸潤部がある程度以上の面積があると予想されるとき(図2)は,浸潤部位の中枢・末梢側のIVC,さらに左右の腎静脈などを全周性に剝離,テーピングし,血行遮断に備えるほうが安全である。血行を遮断し,慎重に静脈壁から剝離を進める。傍神経節腫では画像所見では絶対浸潤があると思っても,手術をしてみると剝離できることがある。また,腫瘍周囲の神経線維が非常に太く感じられ,腫瘍浸潤と紛らわしい場合が多いが,神経叢そのものであることが多い。狭い範囲であれば動脈周囲の神経叢を合併切除しても明らかな後遺症は生じない。

図1.

症例8の術前CT

a:腫瘍は下大静脈(黒矢頭)を強く圧排,大動脈から腹腔動脈根部(白矢頭)血管壁が不明瞭となっていた。

b:腫瘍は腹腔動脈根部(白矢頭),上腸間膜動脈根部(矢印)血管壁が不明瞭となっていた。

図2.

症例7の術前CT

a:不正な形状の一部造影される腫瘍が下大静脈,左腎静脈を圧排している。境界が不鮮明なため,浸潤を疑われた。

b:下大静脈への浸潤は肝静脈合流部より尾側に限局している。(矢頭:下大静脈)

IVCが高度に狭窄し側副血行路が発達している場合,側副血行路を温存できればIVCは合併切除したままで問題ないが,腫瘍摘出のために側副血行路も切除が必要なことが多い。血行再建の必要性,どのような手順で血行遮断し腫瘍を摘出するか,血行再建の手順など,術前・術中に血管外科医と適切なコミュニケーションをとることが重要である。褐色細胞腫の場合,中枢・末梢両側をクランプすると心臓への静脈環流が減少するだけでなく,腫瘍からのカテコラミンの供給が遮断され血圧降下が増強されることがある。消化器外科医や血管外科医はあまり経験しない事象なので,このような可能性をあらかじめ麻酔科も含めて周知しておくとあわてずに済む。血行遮断により血圧が降下し心拍出量が維持できないと判断した場合は,下半身から上半身へのバイパスを考慮する[,]。IVCの再建法としては,浸潤が狭い範囲のみの場合は,内腸骨静脈を用いたパッチが可能であるが,広い場合はリングつきのゴアテックス製の人工血管を用いる。

周囲臓器の合併切除:腹部の褐色細胞腫が浸潤する臓器としては肝臓,膵臓,脾臓,腎臓などがあるが,これらの臓器の合併切除は一般的な方法に準じて行う。

摘出を断念するかどうかの判断:褐色細胞腫の場合,悪性であってもカテコラミン高値による循環器系合併症を回避すれば長期生存を期待できるので,Debulkingの意味でも摘出を試みる。しかし,腫瘍が易出血性であることが多く,主要な血管に浸潤して摘出不能と判断した場合は,無理に摘出しない方が賢明である。

以下に代表的な症例を提示する。

症例1:42歳女性(表1 No.7症例)右褐色細胞腫で紹介。図2aのごとく腫瘍は下大静脈背面より左右腎静脈,門脈,肝臓への浸潤が疑われた。しかし,浸潤は肝静脈合流部より尾側に留まっていることより(図2b),IVC合併切除は肝臓の血行遮断なしで遂行可能であると判断し消化器外科医とともに手術を施行した。IVCと腫瘍との間は鋭的な剝離操作が必要であったが,治癒切除可能であった。

症例2:23歳男性(表1 No.8症例)右後腹膜腫瘍で紹介。精査で褐色細胞腫と診断された。肝転移も存在していたが,術前画像検査で原発巣の切除は不可能ではないと判断された。術中所見で,腹腔動脈根部(図1a, b 白矢頭)および上腸間膜動脈根部(図1b 矢印)の周囲から腫瘍の剝離が不可能であったため,摘出を断念。

症例3:45歳女性(表1 No.10症例)左傍脊柱腫瘍で紹介。前医のCTガイド下生検で褐色細胞腫との診断であった。図3のごとく腫瘍は第12胸椎レベルで脊柱管に侵入を疑わせる所見を呈した。下位開胸アプローチにより摘出を予定していたが,前側方からのアプローチでは腫瘍が脊柱管に侵入する部位の視野が確保できず,無理な牽引などにより脊髄の横断麻痺の可能性が指摘され,整形外科医とともに手術を施行した。腹臥位にて椎弓切除を施行し,直視下に腫瘍の脊柱管侵入部を剝離授動。右側臥位に体位を変換し,下位開胸にて胸腔内の腫瘍を摘出した。神経麻痺は生じなかった。

図3.

症例10の術前CT

腫瘍は脊椎に密着し,脊柱管に侵入する所見を呈した。

術後管理

摘出が完遂できれば,通常の褐色細胞腫の術後管理に準じて行う。術前に循環血液量の補正が充分に行われていれば,術後カテコラミン補充はほとんど必要ない。IVCを人工血管で置換した場合も,血液流量が充分保たれていれば特に抗凝固療法の必要はない。褐色細胞腫については有効な補助療法は報告されていない。経過観察は特に定められたものはないが3~6カ月毎程度にCTで胸腹部などの評価をする。さらに尿中メタネフリン,ノルメタネフリン,VMAのクレアチニン補正値が蓄尿を要さず外来で簡便に行える。経時的に増加する場合は再発を示唆する。他臓器浸潤をきたすような褐色細胞腫,特に傍神経節腫ではコハク酸脱水素酵素サブユニット(SDHx)などの胚細胞系列遺伝子変異が腫瘍発生に関与していることが多いことが報告されており[],家族歴の詳細な聴取,遺伝子検査,遺伝カウンセリングなどを考慮する必要もある。

まとめ

治癒切除可能であった症例では比較的良好な予後が得られており,周囲臓器の合併切除を含めた積極的な治療方針が重要と考えられた。浸潤が疑われる場合,複数科との合同手術が必要となり,そのような場合,内分泌外科医や泌尿器科医がリーダーシップをとり,円滑に操作を進めることが,手術を安全に行う観点から重要と考えられた。

【文 献】
 

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