2015 年 32 巻 2 号 p. 125-129
気管壁浸潤,頸部から縦隔にかけてのリンパ節転移を伴う甲状腺乳頭癌の術後に認めた肺病変を,当初甲状腺乳頭癌肺転移と考え治療を開始したが,副腎に病変が出現したことを契機に精査を行い,以前に手術治療を施行していた腎癌の肺転移の可能性が高いことが判明した症例を経験した。Sunitinibを投与開始後,肺病変は縮小傾向にある。特に他種の癌の既往がある患者においては,そちらからの転移の可能性も常に考慮することが大切と考えられた。
肺は甲状腺乳頭癌遠隔転移の好発部位であり[1~4],組織診断が難しい場合には,経過および画像診断により肺転移と診断される。特に転移性肺腫瘍の頻度が高い直腸癌や腎癌[5]の重複や既往がある場合には,鑑別診断に注意を要する。今回われわれは甲状腺乳頭癌術後に甲状腺癌肺転移と思われた病変が副腎病変の出現をきっかけとして腎癌肺転移と判明した1例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する。
患 者:55歳,男性。
主 訴:無症候性甲状腺結節。
既往歴:腎癌(1年前に当院泌尿器科にて右腎摘(T2,v(+)))。
現病歴:人間ドックにて頸動脈エコー施行の際甲状腺両葉に腫瘍性病変を指摘され,精査目的に当科を紹介され受診した。
臨床所見:頸部超音波検査にて,甲状腺右葉に径17mm,左葉に径12mmの境界不明瞭,辺縁不整,内部エコー不均一の腫瘤影を認めた。両側頸部には多発性の表面平滑な球形のリンパ節腫大を認めた。穿刺吸引細胞診を施行したところ,両葉の腫瘤とも乳頭癌疑いであった。声帯の麻痺は認めなかった。PET-CTを施行したところ大動脈傍リンパ節の腫大を認め,FDGの集積は認めなかったが甲状腺癌からの転移リンパ節が疑われた(図1)。血液検査所見はTSH 3.89µIU/ml(正常範囲0.34~3.88µIU/ml),Free T4 1.45ng/dl(正常範囲0.95~1.74ng/dl),血中サイログロブリン(Tg)値580ng/ml(正常範囲30ng/ml以下),抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体0.3IU/ml以下(正常範囲0.3IU/ml以下),抗Tg抗体0.3IU/ml以下(正常範囲0.3IU/ml以下)であった。
PET-CT
PET-CTにて大動脈傍リンパ節に集積を認めた(矢印)。
手術および病理所見:以上より甲状腺乳頭癌両側頸部リンパ節転移,大動脈傍リンパ節転移と診断した。当科にて甲状腺全摘およびD3b郭清を施行した。左右とも上極寄りに周囲筋組織への浸潤を認めた。右葉では輪状軟骨から第1気管軟骨の間で腫瘍の癒着を認めた。また両側の頸部外側区域に多くのリンパ節転移巣を認め,一部では節外浸潤を伴っていた。組織診断は,頸部リンパ節転移はいずれも甲状腺乳頭癌の転移であった(pT4a,pN1b)。6カ月後に当院呼吸器外科にて胸腔鏡下に腫大した大動脈傍リンパ節の切除を施行した。大動脈傍リンパ節の病理組織所見は甲状腺乳頭癌の転移であり,リンパ節に接して単房性の囊胞が形成され,内面の一部に核異型の強い細胞が甲状腺濾胞を形成していた。
術後経過:術後,TSH抑制療法を開始した。甲状腺術後1年7カ月時に,肺に小結節影の出現を認めた(図2)。甲状腺癌が腎癌と比較しより進行していたことから,臨床経過上甲状腺癌肺転移の可能性が高いと考え,放射性ヨード内用療法(4.44GBq)を施行した。甲状腺床へのヨード集積を認めたが,肺病変には明らかな集積を認めなかった(図3a)。6カ月後には2回目の放射性ヨード内用療法を施行し,ヨードシンチにて肺・甲状腺床ともに集積は認められなかった(図3b)。その後はTSH抑制療法を継続した。頸部に明らかな再発・転移は認めなかったが,肺病変に関しては緩徐な増大傾向を認めた。
胸部CT
左S8,肺尖部に小結節影を認めた。
ヨードシンチグラフィ
1回目の放射ヨード内用療法施行後に甲状腺床に集積を認めた。
当院泌尿器科にて腎癌のフォロー中,甲状腺術後5年9カ月時の腹部CTにて左副腎に結節影の出現を認めた(図4)。泌尿器科にて副腎病変のCTガイド下針生検を施行した結果,腎癌の転移と判明した。副腎の治療方針を決定する上で,肺病変の確定診断を目的に右中葉・下葉の部分切除を施行したところ,病理組織にて淡明の細胞質をもつ腫瘍細胞の増殖を認め腎癌の転移と判明した(図5)。泌尿器科にてSunitinibを投与開始し,9カ月時点で副腎の病変に関しては明らかな縮小は認めないものの,肺病変に関しては縮小傾向を認めた(図6)。経過中の血液検査所見の推移を示す(図7)。現在甲状腺術後7年経過するが,Sunitinib投与開始後血中Tg値は低値を維持しており,甲状腺癌の再発・転移は認めていない。今後も血中Tg値の推移を再発の指標として,甲状腺癌の経過観察を行う予定である。
胸腹部CT
左副腎に腫大を認めた。肺病変に関しては緩徐に増加・増大傾向にあった。
肺生検の病理組織像(HE,対物10倍)
肺組織に淡明の細胞質をもつ腫瘍細胞の増殖を認めた。
胸腹部CT(Sunitinib投与開始9カ月時)
副腎病変に明らかな縮小は認めなかったが,肺病変は縮小傾向にある。
血液検査データの推移
Sunitinib投与開始後,血中Tg値は低下した。
通常,甲状腺癌肺転移は主に経過および画像所見により診断されることが多い。これは甲状腺癌肺転移が粟粒型,多発小結節型が多く,孤立結節型は少ないため[2~4,6,7],病理組織学的診断が困難であることが一因と考えられる。肺にびまん性散布性小粒状陰影を呈する疾患として甲状腺癌肺転移以外にも,粟粒結核症,肺真菌症,悪性腫瘍(転移性肺癌,肺胞上皮癌),じん肺症,サルコイドーシス,間質性肺炎,びまん性汎細気管支炎などが挙げられる[8]。転移性肺癌においては,最も頻度が高いのは直腸癌,次いで腎癌が多いと報告されている[5]。特に腎癌は,多発小結節影を示す傾向があるだけでなく[5,8~11],腫瘍の増大自体が緩徐[7],また長期経過後も出現しうる[1,2,4,7,9~11]など甲状腺癌との共通点が多く,画像による鑑別が難しい。一方,孤立性であっても甲状腺癌の既往がある場合には,転移の可能性を疑う必要があると報告されており,耐術能がゆるせば,診断と治療を兼ねた切除が有効との報告がみられる[3,7]。本症例では,出現した肺病変は多発性でいずれも小さく,組織診断は困難であった。微小肺転移は放射性ヨウ素を取り込む確率が高く,治療効果が良いと報告されている[1]一方で,高危険度癌は高齢者に多く,低分化転化を認めることがある。癌細胞におけるTSHレセプター(TSH-R)やsodium iosine symporter(NIS)の発現が低下しており,TSH抑制や放射性ヨード内用療法による治療に抵抗性を示す症例が多い[12,13]。本症例においてもヨードシンチで肺病変に集積がみられなかったのは,低分化転化による集積低下と推測したため,甲状腺癌肺転移以外の可能性を考えるに至らなかった。腎癌においては50~60%の症例で遠隔転移がみられる[5]ことから,腎癌の既往がある場合には,特にそこからの転移の可能性を考慮すべきであったと考える。
血中Tg値は抗Tg抗体やTSH値の変動の影響を受けやすい[14]と報告されている。本症例においてはTSH抑制が不十分であったことにより血中Tg値が不安定だった可能性もあるが,Sunitinib投与後,血中Tg値は低下傾向を示した。これに関して,VEGFRを阻害する血管新生阻害薬Sorafenibと同様の作用をもつSunitinib[12~17]が甲状腺乳頭癌の非顕性的な頸部・縦隔転移リンパ節病変,もしくは肺転移の中に混在していた甲状腺癌に奏効した可能性が考えられる。
本症例の肺病変に関しては,腎細胞癌副腎転移病変の出現がきっかけとなり組織診断を行い,腎細胞癌由来であることが判明した。甲状腺乳頭癌の治療中に認められる肺病変は組織学的に診断することがやや困難なことが多く,画像や臨床経過で診断されることが多い。実際大多数の場合それで問題ないと思われるが,特に遠隔転移をきたしやすい他癌の重複あるいは既往がある症例においては常にそちらの病変である可能性にも留意する必要があると考えられた。
本症例報告は,第47回日本甲状腺外科学会学術集会にて発表を行った。