日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
乳癌のアロマターゼ阻害剤耐性機序
林 慎一木村 万里子
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2015 年 32 巻 2 号 p. 68-73

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抄録

エストロゲン受容体(ER)陽性乳癌ではホルモン療法が有効であるものの,およそ3分の1は再発する。再発のメカニズムは数多く研究されてきたが,完全に解明されたわけではなく,ホルモン療法耐性,特にアロマターゼ阻害剤(AI)耐性は代替的な細胞内ERシグナルの獲得が関係すると考えられている。筆者らは癌組織検体と癌細胞株でERの転写活性をモニタリングすることでそのメカニズムを研究してきた。エストロゲン応答配列(ERE-)GFPアデノウィルス試験ではAI無効例は多様なER活性を示し,抗エストロゲン剤への感受性も様々であったが,これは耐性には複数の機序が存在することを示唆している。また,ERE-GFP導入ER陽性乳癌細胞株からAI耐性を模倣する6種類の異なるタイプの耐性株を樹立し,リン酸化依存性やアンドロゲン代謝物依存性など,複数の代替的なER活性化経路がAI耐性に関わることを明らかにした。フルベストラントやmTOR阻害剤への反応も個々の耐性株で異なっていた。これらの結果はER陽性乳癌の分類をさらに細分化することが,ホルモン療法だけでなく新しい分子標的薬などの治療選択に極めて重要であることを示唆している。

はじめに

エストロゲンは乳癌の進行に中心的な役割を果たしており,エストロゲンシグナルを阻害するホルモン療法はきわめて有効でありかつ重要である。現在,ホルモン療法には2つの治療戦略が存在する(図1)。一つはエストロゲン受容体α(ERα)に競合的に結合し,作用を阻害する抗エストロゲン剤治療であり,もう一つはエストロゲンの合成を阻害するアロマターゼ阻害剤(AI)によるエストロゲン枯渇療法である。これらのホルモン療法は乳癌の予後を著しく改善した。約70%の乳癌はERα発現腫瘍であり,ERαを標的とするホルモン療法の対象となる。ER陽性乳癌におけるホルモン療法は重篤な有害事象を伴わない非常に有効な治療法であり,進行再発乳癌だけでなく補助療法の局面でも広く使用されている[]。しかしながら,一定数の再発は避けられず,ホルモン療法耐性,特にタモキシフェン(TAM)耐性に対する臨床試験が数多く行われている[]。一方,AIは様々な場面においてTAMに勝ることが大規模臨床試験で証明されている[]。そのため,AIはより適切なホルモン療法として,閉経後患者の進行再発治療や術後補助療法で抗エストロゲン剤より優先されることとなった。卵巣機能の遮断は閉経前ER陽性乳癌に対する有効な治療戦略の一つであるが,エストロゲン枯渇耐性の獲得はER陽性乳癌でホルモン療法耐性が進展し,腫瘍がより悪性化する上で重要なステップといえる。エストロゲン枯渇耐性の機序は,いくつかの施設でエストロゲンを除去した培地で長期間培養された細胞を用いて研究されてきた[]。これまでの報告では,耐性株はMAPKやPI3K/Aktシグナル経路とのクロストークや膜ERの関与[]によってエストロゲン過敏性を獲得することが示唆されている。しかし,正確なメカニズムは十分理解されているとはいえず,また耐性に関係する他のメカニズムが存在するかという点も含め,多くの疑問が残されている。筆者らはエストロゲン応答配列(ERE-)GFPアデノウィルス試験で再発検体を解析し,ER活性と抗エストロゲン剤への感受性は各症例によって異なることを見出した[]。この問題に取り組むため,われわれはER陽性乳癌細胞株MCF-7,T47Dを用いてAI治療を模倣するいくつかの培養条件からコロニーを単離し,複数の細胞株を樹立した。MCF-7,T47Dには以前確立した定常的にERE-GFPレポーター遺伝子を組み込んだ細胞を親株として使用した[]。この細胞はER活性を反映してGFPが発現するため,生細胞において蛍光をみることでER活性を評価することができる。このシステムを用いてAI耐性を模倣する6種類のクローン株を樹立し,その性質を解明した。今回われわれはこれらの複数のAI耐性メカニズムを概観し,AI耐性乳癌に対する次治療としてのフルベストラントやmTOR阻害剤の有効性にも触れる。

図1.

乳癌の内分泌療法とその耐性機序

再発乳癌におけるAI治療後のER活性

AI無効化におけるERの関与を解明するため,AI治療後の再発腫瘍のER活性を筆者らが開発したERE-GFPアデノウィルス試験で分析した[10]。10例中5例では有意なER活性を示し,そのほとんどはフルベストラントなどの抗エストロゲン剤に対して程度の差はあれ,感受性をもっていた(未投稿データ)。この結果,再発例においてAI耐性の機序は単一ではなく,二次ホルモン療法の感受性も様々であることが示された。これは臨床において観察される治療反応性とよく一致する。

複数のAI耐性機序をモデル化する細胞の樹立

AI耐性機序の研究では,ERE-GFPを組み込んだMCF-7(E10),T47D(TE8)から異なる耐性機序を示す6種類の耐性株を樹立した(図2)。これらの耐性株の特徴を解明することで,AI耐性の機序は3つのカテゴリーに分類されることが明らかになった(図3)。まず第1にアロマターゼに依存しない経路によるエストロゲン生合成やエストロゲン様作用をもったアンドロゲン代謝産物の供給によって,AIの効果が回避されるもの(Type4,5細胞)である。第2に細胞内リン酸化シグナル経路を経由したERのエストロゲン非依存的活性化に関係するもの(Type1細胞),そして三番目はER非依存的に増殖するメカニズムを獲得するもの(Type2,3,6細胞)である。以下これらのメカニズムについて解説する。

図2.

樹立した耐性機序の異なる6種類の乳癌細胞株

図3.

エストロゲン非依存性(AI耐性)のメカニズム

OATP:organic anion transporter peptides, STS:steroid sulfatase

ERに対するアロマターゼ非依存的リガンドの合成

第一の耐性メカニズム(Type4細胞)の例では,E10細胞は3カ月間ステロイド除去かつテストステロン添加の条件で培養された(AI治療条件を模倣している)。生存細胞のなかからGFP発現をモニターすることでER活性を示す安定的なバリアントを選択した。このバリアント細胞株ではアンドロゲンや5α-androstane-3β,17β-diol(3β-diol)によってエストロゲン応答配列が誘導され,細胞が増殖した[11]。この細胞株ではHSD3B1の発現が上昇,アンドロゲン受容体(AR)の発現が低下してアンドロゲン過剰条件へ適応し,3β-HSD type1によってジヒドロテストステロン(DHT)が3β-diolに変換されていることが判明した。異所性のHSD3B1発現やARの抑制の結果,アンドロゲン過剰条件へと適応したものである。間質細胞との共培養で局所的なアンドロゲンからのエストロゲン産生を模倣したところ,この細胞株では親株E10よりAIに対する感受性が低かった。この結果から,アンドロゲン代謝物はエストロゲン様効果をもち,生存や増殖をサポートしていることが示唆された(図3A)。さらにわれわれは,原発乳癌でもこのメカニズムが機能しているものがあり,補助ホルモン療法への感受性に関与している可能性が認められた[12]。ER陽性乳癌におけるアンドロゲン代謝物依存的細胞増殖はAI耐性機序において,なんらかの役割を果たしていることが示唆される。

細胞内リン酸化シグナル経路によるERの活性化

MCF-7-E10細胞を3カ月ステロイド枯渇培地で培養すると,生存細胞内にERE-GFPの発現がみられる細胞とみられない細胞のコロニーが出現した。生細胞でGFPをみながらこれらを単離し,別々にクローン化することでエストロゲン枯渇耐性(EDR)細胞株を樹立し,その結果,高いER活性をもつ3つのバリアントとER活性をもたない3つのバリアントが得られた[13]。ERE-GFP陽性の3つのEDR細胞株ではERの過剰発現といくつかのER標的遺伝子の高い発現がみられた。さらに,細胞内リン酸化シグナル経路の解析では,他の報告と同様,リン酸化ERα(Ser167)とAkt(T308)の著しい変化が認められた[1416]。包括的リン酸化プロテオミクスでも同じく,Akt経路がERαのリン酸化に寄与する可能性が示された。結果として,PI3K/Akt経路によってERがリン酸化されて活性化することがこの細胞の増殖に重要であることが示唆された(図3B)。

ER非依存的増殖メカニズムの獲得

一方,GFP陰性細胞株の3つのバリアントはER活性を失っており,前述の3つのGFP陽性細胞と同様にクローン化すると,c-Jun N-terminal kinase(JNK)の恒常的活性化が示された。これはERE-GFP陰性EDR細胞でみられ,JNK阻害剤によって抑制された。IGF-1R特異的阻害剤はJNKのリン酸化を消失させたことにより,新しいシグナル経路であるIGF-IR/JNK経路がER非依存的MCF-7細胞の増殖に重要であるようだ(図3C)。これらの結果によりER陽性乳癌細胞は同時に2つ以上の耐性機序を獲得しうることが示唆された。これは複数の耐性メカニズムが一つの腫瘍内で同時に出現しうることを示しており,患者個人においても異なる耐性メカニズムが同時に存在しうることを意味する。

さらに,われわれはAI耐性として別種のER陽性乳癌細胞株であるT-47Dから,前述の耐性株とは異なる安定的バリアント細胞を樹立した[17]。本耐性細胞株ではARとPSAが過剰発現し,エストロゲンによっては増殖が刺激されず,ERの発現もみられなかった。これらの細胞ではアンドロゲンによって著しく増殖が誘導された。加えて,マイクロアレイの結果から,親株に比してバリアント細胞ではアンドロゲン誘導性遺伝子発現プロファイルが著しく高発現していることが認められた(図3D)。そこで,21例の原発巣とAI耐性後の転移巣のペア検体で免疫染色を行い,免疫染色結果ではPSAとKi67が有意に上昇し,ERとプロゲステロン受容体(PgR)がいくつかの症例では転移巣において原発巣より低下していることを観察した[17]。ER陽性乳癌でも症例によってはER依存性からAR依存性へと腫瘍細胞が変化することでAI耐性が出現することが示唆された。AR阻害剤は特定の患者群では有効である可能性が示唆された。

AI耐性乳癌の治療戦略

臨床的にAI耐性を獲得した乳癌の多くはER陽性を維持しており,現在,AI耐性乳癌には抗エストロゲン剤であるフルベストラントが多くの場合で使用されている。フルベストラントはタモキシフェン同様,抗エストロゲン剤としてERの機能を阻害すると同時に,タモキシフェンと異なり,ERを分解する作用も有する[18]。フルベストラントの第3相臨床試験であるCONFIRM試験は閉経後ER陽性進行再発乳癌を対象に,フルベストラントを2種の濃度群(250mg対500mg)で比較した試験であり,フルベストラント500mgは忍容性の点で問題なく,全生存(OS)を延長するという結果であった[19]。フルベストラントは前述のAI耐性乳癌細胞株のなかで,ER陽性を保っているType1,4,5細胞には強い増殖抑制効果を示したのに対し,ER陰転化したType2,3,6細胞には無効であった。つまり,ER依存性AI耐性機序(アロマターゼ非依存的リガンド供給やエストロゲン非依存的ER活性化)(図1)はフルベストラントに感受性をもっているが,ER非依存的AI耐性機序(ER非依存的増殖)では無効であることを示す結果であった。

これまでのAI耐性獲得後の乳癌治療はホルモン剤の単剤投与が治療の柱であったが,基礎研究の結果からAI耐性乳癌に対する臨床上の治療戦略を考えると,ERが陽性のままであれば,ERシグナル経路と他の増殖推進経路を同時に標的とすることが重要であると考えられる(図4)。なかでもER陽性乳癌ではPIK3CAの変異が28~47%みられており[20],PI3K/Akt/mTOR経路はERシグナル経路との間にクロストークが存在すること,またAI耐性乳癌ではしばしばPI3K/Akt/mTORシグナル経路の亢進がみられていることから,この経路は重要なターゲットであると考えられている。mTOR阻害剤エベロリムスは,非ステロイド型AI耐性の進行再発乳癌において,ステロイド型AIエキセメスタンとの併用によりエキセメスタン単剤投与と比較し無増悪生存期間を有意に延長する結果となった(BOLERO2試験)[21]。同薬剤は全生存では差がつかなかったものの[22],その臨床効果は病勢のコントロールに有益であると報告されている[23]。AIとエベロリムスの併用は,ホルモン剤と分子標的治療の併用という新たな標準治療の先駆けとして注目され,現在は同様の薬剤の臨床試験が多く組まれている。なかでも,PI3Kを標的とする阻害剤は有効性が期待される薬剤であり,特にサブユニット特異的PI3K阻害剤は汎PI3K阻害剤と比較し,薬剤効果と有害事象の忍容性の点で優れた効果を発揮すると考えられている[24]。問題は,ER陽性乳癌では多くの症例でPI3CAの遺伝子変異がみられるにも関わらず,それがPI3K阻害剤効果のバイオマーカーにはなっていないことである[25]。エベロリムスにおいても同様にバイオマーカーの特定は問題となっており,基礎研究において,著者らのPI3K/Akt/mTORシグナル経路が亢進している全てのタイプのAI耐性細胞に対しても,エベロリムスは高い抗腫瘍効果を示したが,臨床的にはより薬剤効果の期待できる患者群を選別するマーカーによる治療適用が必要であると考えられる。

図4.

ER陽性乳癌の治療標的

その他,細胞周期抑制剤やHDAC阻害剤,プロテアソーム阻害剤など異なるコンセプトに基づいた薬剤も新規治療ターゲットとして検討されている。なかでも,CDK4/6阻害剤Palbociclibは閉経後ER陽性進行・再発乳癌における一次治療として,AI剤レトロゾール単剤と比較し,併用療法で有意に無増悪生存期間を延長した(PALOMA-1試験)[26]。しかし,同試験で設定されたバイオマーカーによる薬剤効果の期待できる群の選別は想定と逆の結果となり,バイオマーカー研究の難しさを露呈することとなった[26]。さらに,IGF,MET,Src,MAPKなど他のシグナル経路[2427]をターゲットにする阻害剤もまた,多くは抗エストロゲン剤との併用で臨床試験が施行され始めてきている。しかし,標的の増加がホルモン療法を進歩させるとは単純にいえず,基礎研究においてER陽性乳癌の治療標的候補となる薬剤は非常に多く報告され,各種分子標的治療薬はホルモン療法耐性乳癌に対する有望な戦略の一つと期待されてはいるが,バイオマーカーによる治療対象の選別や,より効果的な薬剤の組み合わせの決定など,臨床でより効果的に使用するには多くの課題が残されている。

本邦でも既に,mTOR阻害剤エベロリムスはAI剤エキセメスタンとの併用で適応可能となったが,今後,AI耐性乳癌治療においては内分泌治療薬と分子標的薬の併用が主流となると思われる。しかし,どのような順序で,どのように各種内分泌治療薬と新規分子標的薬を組み合わせたら良いのか,大規模な臨床試験だけでなく,in vitro,in vivo両面からの細胞内での作用機序を考慮した基礎研究も重要であろう。新たなコンパニオンバイオマーカーを見出し,いかに費用対効果を挙げ,患者の利益に繋げていくか,さらなる基礎と臨床の連携した研究が必要とされる。

【文 献】
 

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