日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
エベロリムス
増田 慎三
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2015 年 32 巻 2 号 p. 80-85

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抄録

PI3K/AKT系のgrowth factorシグナルの中心位置に存在するmTORは,乳癌増殖において重要な役割を担っている。その作用を阻害するエベロリムスの登場により,特に進行再発ホルモン陽性乳癌の治療体系のダイナミックな変化が生じている。比較的緩やかな増悪傾向を有するホルモン陽性乳癌の治療経過において,ホルモン感受性と耐性,その機序を考察しながら,エベロリムス+エキセメスタン併用療法(BOLERO-2試験)によるホルモン療法耐性解除のベストタイミングを探る必要がある。本剤はHER2陽性乳癌領域においても,トラスツズマブ+抗ガン剤に併用する効果の検証が大規模試験で継続中である(BOLERO-1,BOLERO-3試験)。薬剤コスト,口内炎や間質性肺炎などの副作用と,有効性とのバランスを上手に担保できるようなバイオマーカー,コンパニオン診断薬などの開発が今後期待される。

はじめに

乳癌の薬物療法は,ER(エストロゲン受容体)発現と,HER2受容体発現を中心としたバイオロジーに基づき適応される。ER陽性乳癌は全体の約75~80%を占め,比較的予後良好なサブタイプである。しかし,EBCTCGのメタアナリシスからも,5年以内の再発率と,5年から15年の期間の再発率がほぼ同等の約16%存在することもわかっている[](図1)。つまり,ER陽性乳癌には,初期治療開始5年以降の晩期再発が多いこと(いわゆる“くすぶり型”)[](図1),そのような長い経過をたどる場合は化学療法感受性が低いこと,ERシグナルとHER2に代表される増殖因子受容体シグナルのクロストークの元,増殖進展が制御されている特徴を有する。いわゆるホルモン耐性状況を如何に克服するかが,治療成績向上の鍵であり,そのひとつとして,増殖因子系シグナルを抑制する新規薬剤の併用療法の開発が試みられてきた。

図1.

ホルモン陽性乳癌の自然史

(a)EBCTCGメタアナリスからみたTAMの効果と5年間投与後の再発リスク([]から改編)

(b)ホルモン陽性乳癌の年次再発ハザード比は初期治療開始後10年間以上に亘り,一定のリスクを有する。([]から改編)

増殖因子系のPI3K/AKTシグナルの中心に存在するmTOR(mammalian target of rapamycin)は,細胞増殖以外に,代謝活性,血管新生,オートファジー制御など様々な機能調整を担っているセリン・スレオニンリン酸化酵素である[]。イースター島の土壌から発見されたRapamycinは放線菌の一種が産生するマクロライド系抗生物質であり,その誘導体であるエベロリムスは,mTOR阻害作用を有している。ここでは,エベロリムスの登場により,ER陽性進行再発乳癌治療戦略がどのように変化するかを中心に概説したい。

1.進行再発ER陽性乳癌治療の原則

進行再発乳癌の治療アルゴリズムによると,肺・肝臓などの主要臓器に多くの腫瘍巣のない,いわゆるnon-life threateningな状態であれば,内分泌療法剤を適応し,万が一それが耐性を示し,癌の増悪が認められても,特に急を要する場合を除き,他のホルモン治療を継続することが原則とされている。

閉経後女性の場合,アロマターゼ阻害薬,SERM(タモキシフェン, トレミフェン),SERD(フルベストラント)の3つの選択肢がある。アロマターゼ阻害薬にはステロイド骨格を持たないアナストロゾール,レトロゾール,ステロイド骨格を有するエキセメスタンに分類される。周術期の治療薬,再発時期に応じ,また,各薬剤の作用機序を鑑みて,各症例に応じた治療順序が構築される[]。病状をコントロールできる各々の治療有効期間は,2次治療,3次治療,・・・と治療ラインが後になるにつれ,短くなるのが一般的である[]。たとえば,わが国のホルモン陽性進行再発乳癌患者の1次治療としてアロマターゼ阻害薬の効果を検証した試験では,エキセメスタンを使用した場合,TTP 13.8カ月と良好な成績が得られている[]。一方,アロマターゼ阻害薬の治療歴を有し,経過中増悪を認めた患者を対象としたBOLERO-2試験のコントロール群(エキセメスタン単独)のアジア人(日本人が約75%含まれている)でのサブ解析データでは,奏効例はなく,TTP 4.14カ月と,前治療歴を有すると,治療効果が大きく減弱することは,本試験のみならず他の同様の臨床試験結果からも窺える[]。

2.ホルモン療法に対する反応性の違い

原発性ホルモン陽性乳癌の術後内分泌療法中,比較的早期に再発する患者群,術後2~3年からホルモン療法が終了する前後の時期に再発する患者群,さらにそれより晩期の再発群と,同じホルモン陽性(感受性)乳癌の中にもいくつかの亜分類ができる可能性が考察されている[](図2)。

図2.

ホルモン陽性乳癌の層別化

前治療歴(治療有効期間)からみた次ホルモン治療への感受性の勾配を示す(very low,low,medium,highはホルモン療法に対する感受性の期待度を示す)very lowがいわゆるde novo耐性(primary resistance),lowとmediumが,secondary(acquired)resistanceに相当する。([]から改編)

ホルモン感受性の多様性は,術前内分泌療法における治療効果の違いからも推察できる。たとえば,IMPACT試験(アナストロゾールとタモキシフェンを用いた術前ホルモン治療)における治療経過中の増殖活性(Ki-67 labeling index)の変化を3つのパターンに分類したところ,術後の再発予後曲線と相関したという報告がある[]。術前ホルモン治療開始2週間後と終了時のKi-67値の変化で,治療経過中その減少効果が乏しい群(primary hormone resistance),2週目には減少するがその後,漸増する群(acquired hormone resistance)と,全経過中低値を維持する群(hormone sensitive)である。この概念は,進行再発乳癌治療の経過にも応用できる。前治療歴中のホルモン療法奏効期間に応じて,まだ十分にホルモン感受性が残っている状態か,それとも耐性を獲得した状態(acquired or secondary resistance)か,一方で,ファーストライン治療が全く効を示さないホルモン不応性の状態(primary resistance)か,各状態に応じた次の一手が選択されるべきであり,その正しい見極めがこれからのホルモン治療体系には重要とされる。

3.ホルモン耐性を克服する方法~増殖因子シグナルとのクロストーク~

ホルモン陽性乳癌がどのように治療抵抗性を獲得するか,その要因は様々である。エストロゲン―ER系のリガンド依存性のジェノミック経路では最近ESR部位の遺伝子異常の報告もゲノムシークエンス技術の革新により明らかになってきている。一方で,細胞質内に存在し,リガンド非依存性に他のGrowth factor(GF)系シグナル経路を活性化する(ノンジェノミック経路),いわゆるクロストークも耐性獲得の重要な機序のひとつと考えられている。ホルモン耐性を克服する方法として,ER系をより抑える工夫としてホルモン療法薬の併用が考案され,また一方で,Growth factor系とのクロストークからは,そのカスケードに関与する種々の分子標的剤との併用が考えられる[10]。

⑴ホルモン療法薬の併用

ホルモン療法薬の併用として,女性ホルモンを枯渇させるアロマターゼ阻害薬とER機能を抑制するフルベストラントの組み合わせが考案され,いくつかの臨床試験結果が報告されている[1113]。試験にエントリーされた患者背景などが原因で結果は議論の多いところである。ホルモン感受性がまだ保持された状態ではその効果を発揮する可能性があるが,一方で,primaryもしくはsecondaryなホルモン耐性を獲得した状態においてはホルモン療法薬の併用療法の意義は乏しいと考察される。

⑵分子標的治療薬とホルモン療法薬との併用

HR(+)HER2(+)乳癌を対象にした,TAnDEM試験(アナストロゾール±トラスツズマブ)[14],EGF3008試験(レトロゾール±ラパチニブ)[15]ではその奏効期間は短いものの併用効果は有意であった。現在,アロマターゼ阻害剤+トラスツズマブ+ラパチニブの効果を検証するALTERNATIVE試験がグローバルで進行中である。

閉経後ER陽性乳癌で,非ステロイド系アロマターゼ阻害薬の治療歴を有する患者を対象に,標準ホルモン薬にエベロリムス併用を検証した大規模臨床試験はTAMRAD試験[16](図3),BOLERO-2試験[17](図4)である。

図3.

TAMRAD試験におけるTTP

(a)全患者 (b)前治療でprimary hormone resistanceを示した患者 (c)前治療で一定のホルモン療法の効果があった患者(secondary resistance群)([16]から改編)

図4.

BOLERO-2試験の結果

(a)主治医判定によるPFS曲線 (b)中央判定によるPFS曲線 (c)サブグループ解析によるForest plot。直近のホルモン療法の種類,前治療におけるホルモン療法感受性の状況に関わらず,エベロリムスの併用効果が示されている。([17]から改編)

TAMRAD試験では,primary resistance群では有意な効果が発揮できず,TTP中央値も併用群で5.4カ月であった。一方,secondary resistanceの獲得耐性群では,タモキシフェン単独が5.5カ月に対し,併用で14.8カ月と耐性解除の効果が示されている(図3)。TAMRAD試験の臨床的有効率(CBR)の比較でも,primary resistance群では36%対46%であったのに対し,secondary(acquired)resistance群では48%対76%と,後者でよりエベロリムスの併用効果が得られている。

BOLERO-2試験におけるサブグループ解析では,前ホルモン治療感受性の有無別に検討がなされた(図4)が,感受性の有無に関わらず,エベロリムスの上乗せ効果が示されている。しかし,ここでのホルモン療法感受性なしの定義は,内分泌療法終了後24カ月以内の再発もしくは,進行再発治療開始後6カ月以内の増悪と定義され,TAMRAD試験の定義と若干異なる。BOLERO-2のPFSを示したKaplan-Meier曲線をよくみると,治療開始初期の6週目の時期に,エキセメスタン単独群で約35%,エベロリムス併用群で約10%強の患者の治療中止がみられている。治療奏効率の分布をみると,エキセメスタン単独群でPDが31.4%,エベロリムス併用群で9.9%であり,エベロリムスにはホルモン耐性機序を克服する効果があることが窺える。

薬剤の効果やその臨床的意義を検討する(Proof of concept)うえで,術前薬物療法のストラテジーは有用で,エベロリムスについては,閉経後ホルモン陽性乳癌270例を対象に,レトロゾール単独と,レトロゾール+エベロリムス併用の4カ月間の術前治療効果が比較検討されている[18]。治療開始後の2週間時点でのKi-67低下率が併用群で高いこと,比較的ホルモン療法が効きにくいKi-67初期値が30%を超える群でもエベロリムス併用により有意に増殖活性を制御できることが示されている。PIK3CA遺伝子異常の有無別にKi-67低下率でみると,特にexon9の変異を有する患者の場合に,よりエベロリムス併用効果が得られた。PIK3CAの遺伝子異常はホルモン療法が効きにくい指標のひとつであり,進行再発ホルモン陽性乳癌において約35~40%にみられる現象である[19]。将来的には,これらのバイオマーカーの開発や研究により,エベロリムスがより恩恵を受けうる患者群が同定されていくものと期待される。

⑶非ステロイド系アロマターゼ阻害薬治療後の薬物療法選択~エベロリムス併用かSERDか?~

非ステロイド系アロマターゼ阻害薬治療により増悪した場合の治療戦略として,SERM,SERDのホルモン療法剤,もしくは,ステロイド系アロマターゼ阻害薬とエベロリムス併用療法の選択肢がある状況で,個々の患者に十分な考察と正しい根拠でもって最善の治療法を勧める必要がある。

BOLERO-2もしくはTAMRAD試験にエントリーされた患者群,つまり,対照群の治療成績であるPFS中央値で数カ月以内が想定され,ホルモン感受性はベースにあるもののホルモン耐性機序を獲得している状況であれば,エベロリムス併用療法を考慮する。一方で,1次治療として内分泌療法が著効し,たとえば1年以上の病状安定期間が得られ,ゆっくりと増悪するような状態では,別系統のホルモン療法剤を適応することで,再度一定期間の安寧が得られうることが予想される場合は,2次治療薬としての位置づけが広く受け入れられているフルベストラントの500mg投与が最適であろう。また,逆にエベロリムス併用でもそれが苦手とするde novo耐性の状況や内臓転移など腫瘍量の大きい状況,急速な経過をたどる場合は,現在では化学療法が第1に選択されよう。

治療法選択には,その患者のがん細胞が有する生物学的特性(ホルモン感受性)が最優先されるであろうが,その境界域にある場合は,医療経済性,副作用とのバランスも重要な意思決定因子であろう。エベロリムスの場合は,口内炎対策(医科歯科連携)や間質性肺炎のモリタリングなど配慮が必要である。

⑷ホルモン耐性を解除する新たな工夫

エベロリムスに代表されるmTOR阻害薬以外に,PI3K阻害薬,Src阻害薬,IGFR阻害薬,CDK4/6阻害薬などノンジェノミック経路のクロストークを形成する種々の分子機能を抑制する新薬が開発され,大規模第3相試験による検証の段階まで進展しているものもある。

4.進行再発HER2陽性乳癌におけるエベロリムス

進行再発HER2陽性乳癌を対象に,標準治療にエベロリムス併用効果を検証する2つのGlobal試験が進行中である。ファーストラインを対象とした,BOLERO-1試験(トラスツズマブ+パクリタキセル±エベロリムス)と,タキサン治療歴を有し,トラスツズマブ治療中に病勢進行したいわゆるセカンドライン以降を対象とした,BOLERO-3試験(トラスツズマブ+ビノレルビン±エベロリムス)である。BOLERO-3試験では,奏効割合は40.8%対37.2%(p=0.2108)と差を認めなかったが,PFSは7カ月対5.78カ月(p=0.0067)とエベロリムス併用効果が証明された[20]。BOLERO-1試験では,全体のPFSは14.49カ月対14.35カ月(p=0.117)で有意差を認めなかったが,ER(-)のpure HER2陽性群に限定すれば,13.08カ月対20.27カ月(p=0.0049)とエベロリムス併用効果が窺える結果であった[21]。HER2陽性乳癌では,ペルツズマブやT-DM1などの新薬もすでに登場しており,エベロリムスの位置づけはさらなる議論が必要であり,より有益な患者群を同定するバイオマーカー研究などの進展が期待される。

おわりに

進行再発ER陽性乳癌は,幾種ものホルモン治療薬による幅広い治療選択肢を有するものの,時に治療抵抗性を示す。その耐性機序のひとつに,ER系―GF系の複雑な増殖シグナル系統があり,エベロリムスに代表される新規の分子標的薬の開発が進んでいる。進行再発乳癌の治療計画には,臨床的には,随所随所で図2で示したような,ホルモン療法感受性を推測し,それに応じた治療戦略の構築が望まれるような時代になってきた。エベロリムスがその幕開けを演じたといって過言ではなさそうである[2223]。同時に,基礎的アプローチによる病態予測と,適切な分子標的薬の選択を可能とするバイオマーカーの研究開発も重要な課題である。

【文 献】
 

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