2015 年 32 巻 3 号 p. 170-173
甲状腺がんに対する分子標的薬剤の承認が相次いでいる。「根治切除不能な分化型甲状腺がん」に対して適応症をもつソラフェニブ,「根治切除不能な甲状腺がん」に対して適応症をもつレンバチニブである。今後も,血管新生阻害剤,BRAF阻害剤,mTOR阻害剤,MEK阻害剤などの開発が甲状腺がん領域で進んでおり,承認が期待される。日本甲状腺外科学会,日本内分泌外科学会,日本甲状腺学会,日本頭頸部外科学会と日本臨床腫瘍学会の5学会は,「甲状腺がん診療連携プログラム」事業を開始した。分子標的薬剤の適正使用に関して,専門外科医とがん薬物療法専門医が,学会レベルで協力するモデルケースとなる。
近年の医療技術の進歩に伴い,がん治療は個々の医師の裁量によるものから多診療科・多職種によるチーム医療へと変化している。外科医,放射線科医,腫瘍内科医,看護師,薬剤師などがそれぞれの専門性を発揮して協力することにより,がん患者さんに最良の医療を提供することができる。これまで,甲状腺がんの治療の主体は,手術療法,放射性ヨウ素治療であり従来の抗がん剤には治療抵抗性であったが,近年有効な分子標的薬が複数開発されるようになった。分子標的薬剤の有害事象は薬剤ごとに特徴的で,頻度は少ないものの致死的なものも少なくない。又,安易な減量や中止は,エビデンスのある分子標的薬剤の効果を十分に発揮できない原因となり,患者の不利益となる。分子標的薬剤の適正使用には,甲状腺がんに携わる外科医とがん薬物療法専門医の診療連携が必要である。
ソラフェニブは,細胞増殖に関わるシグナル伝達経路であるC-RafおよびB-Rafのセリン・スレオニンキナーゼ活性と,血管新生に関わる血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR)のチロシンキナーゼ活性を阻害する経口の分子標的薬剤[1]である。ソラフェニブは,これまで「根治切除不能又は転移性の腎細胞癌[2]」と「切除不能な肝細胞癌[3]」で承認と得ていたが,2014年6月に「根治切除不能な分化型甲状腺がん」に対する効能・効果が適応追加された。放射性ヨウ素治療抵抗性の進行性分化型甲状腺がんを対象に実施された,日本を含む国際共同第Ⅲ相臨床試験(DECISION試験[4])において,主要評価項目である無増悪生存期間をプラセボに対して有意に延長した。ソラフェニブの主な有害事象は手足症候群,下痢,脱毛,皮疹(落屑/多形紅班)などで,特に投与開始初期に手足症候群,下痢などの副作用が高頻度に発現することが知られており,適切なマネージメントが必要とされる。
レンバチニブは,血管新生に関わるVEGFRを中心として,FGFR,PDGFRα,KIT,RETなども阻害する多標的チロシンキナーゼ阻害剤である。放射性ヨウ素治療抵抗性の進行性分化型甲状腺がんを対象に実施された,日本を含む国際共同第Ⅲ相臨床試験(SELECT試験[5])において,主要評価項目である無増悪生存期間をプラセボに対して有意に延長した。上記,ソラフェニブのDECISION試験と全く同様の試験デザインであるが,SELECT試験の選択基準には,VEGF受容体を標的とする薬物による治療歴が1レジメン以内の患者も対象となる。又,国内治験において,分化型甲状腺がん以外の甲状腺髄様がん,未分化がん患者にも投与され抗腫瘍効果を得ている。ソラフェニブと比較して,レンバチニブは,その作用機序がVEGFR阻害に強く働いていることから,主な有害事象としては,高血圧,下痢,タンパク尿などが,手足症候群,皮疹などより頻度が高い傾向がある。
日本では甲状腺がん治療の多くを甲状腺外科医・内分泌外科医が担っているが,分子標的薬による治療では,診療科の枠を超えてがん薬物療法専門医と連携することによって,有害事象を適切にマネージメントすることができ,薬剤をより有効に使用できる。このような考えのもと,5学会間で診療連携に係る協定を締結し,分子標的薬剤の適正使用と治療成績の向上を目指して,甲状腺がんにおける診療連携協力を推進することとなった。
甲状腺診療連携プログラムの基本理念は,甲状腺がん患者に対する新規分子標的薬剤の適正使用をサポートし,その結果として甲状腺がんの治療成績の向上を目的とする。本連携の活動は以下の2つとなる。
1.分子標的薬の適正使用に関係する診療連携
2.地域における甲状腺がん治療に関する外科医,内科医合同の教育事業
全国を9つのエリアに分け(図1),エリアごとに外科側1名,内科側1名のエリアリーダーをおく。外科側のエリアリーダーは各エリアにサブリーダーを1~2名おく。リーダー・サブリーダーとも,診療連携に関する情報を提供し,連携の際には調整役を担う。内科側のエリアリーダーは,各エリアにて本連携プログラムに賛同するがん薬物療法専門医を取りまとめる。本プログラムに賛同するがん薬物療法専門医は「連携協力医師」として,氏名と所属医療機関名・連絡先をウェブサイト上で公表する(図1)。診療連携を通じた診療は,各医療機関の方法を用いて記録の残る形で行われる。診療連携の結果は「患者登録」により記録され,プログラム改善のため定期的に評価される。

甲状腺診療連携プログラム;エリアリーダーとがん薬物療法専門医の情報
診療連携の方法には以下の2つのパターン(図2)がある。

診療連携における2つのパターン
① 外科医からがん薬物療法専門医に分子標的薬剤による治療期間に患者を紹介し,がん薬物療法専門医が処方する場合
② 分子標的薬剤による治療期間中,外科医からがん薬物療法専門医に各医療機関のセカンド・オピニオン外来などを用いて連携し,外科医が処方する場合いずれの場合でも,必要に応じて主治医(外科医)とがん薬物療法専門医が併診する。
3.地域における甲状腺がん治療に関する外科医,内科医合同の教育事業の推進9つのエリアリーダーは,診療連携プログラムの進捗と内容を評価し,定期的に評価し改善を試みる。エリアリーダーは,定期的に,甲状腺がん治療における外科医とがん薬物療法専門医の医療連携を促進するための教育事業(セミナー,勉強会など)を計画し実行する。
甲状腺がん診療連携プロブラムは,2014年7月1日に開始された。2014年3月31日までの9カ月の間に86名の甲状腺がんの患者を対象に診療連携が行われ,分子標的薬剤が処方された(9.6件/月,図3a)。診療連携の方法では,がん薬物療法専門医が処方する場合が64件,甲状腺がんを専門とする外科医ががん薬物療法専門医にコンサルテーションした上で,外科医側が処方する場合が22件であった(図3b)。エリア別の診療連携数では,関西,東海,関東,九州が多い傾向にあったが,がん薬物療法専門医又は協力施設あたりの連携数では,東海,関東,九州,関西の順に多く,続いて北海道,北信越なども貢献がみられた(図3c)。

「甲状腺がん診療連携プログラム」を利用した医療連携
a.医療連携数
b.医療連携のパターン
c.エリア別甲状腺がん診療連携数
甲状腺がん診療連携プログラムにおいては,診療上の連携のみでなく互いの知識を高め合う教育面での連携も取り入れている。今後は,甲状腺がんで承認される新たな分子標的薬剤(他VEGFR阻害剤やRET阻害剤など)についても,又,甲状腺がん以外のがん種についても,このような学会間の連携を進めていきたい。このような,腫瘍内科医と外科医,あるいは他領域の専門医との連携が,今後,多く承認される分子標的薬剤の適正使用に直結し,がん患者の治療向上と副作用マネージメントに貢献することを期待したい。