2016 年 33 巻 1 号 p. 32-35
褐色細胞腫はカテコールアミンを産生する腫瘍で,約90%は良性の疾患であり,適切に診断・治療することで治癒が期待できる。高血圧を中心に多彩な症状を呈し,心筋梗塞,不整脈,大動脈解離,心筋症,脳血管障害など重篤な合併症を併発することもある。根治治療は手術であり,術式に関しては腹腔鏡手術の適応が拡大しつつある。手術を安全に遂行するためには,術前の管理が重要であり,血圧のコントロールと循環血液量の回復を目的に,速やかにα1遮断薬の投与を開始して漸増する。また心血管障害や糖代謝異常の精査も必要である。術中は腫瘍からのカテコールアミンの放出を防ぐために,腫瘍を圧迫しないように心掛け,腫瘍摘出後は低血圧の危険性があり,必要に応じて昇圧剤を使用する。術後は低血糖にも注意する必要がある。退院後は悪性の可能性を考慮して,長期的な経過観察が必要である。
褐色細胞腫はカテコールアミンを産生する腫瘍であり,副腎髄質や傍神経節などのクロム親和細胞から発生する。傍神経節から発生したものをパラガングリオーマ(副腎外褐色細胞腫)と区別することもある。褐色細胞腫は,高血圧,頭痛,発汗,動悸,高血糖,体重減少など多彩な症状を呈し,心筋梗塞,不整脈,大動脈解離,心筋症,脳血管障害など重篤な合併症を併発することもある[1~4]。カテコールアミンの生合成系は中枢神経系と末梢神経―副腎髄質系に限局して存在し,アドレナリンおよびノルアドレナリンは種々の臓器で異なったαおよびβ作用を有する。アドレナリンは副腎髄質で産生され,β2作用で末梢血管抵抗が減少するため,血圧の変化が少ない。また代謝への影響もあり,グリコーゲン分解と糖新生を促進させることにより,血糖値を上昇させる。ノルアドレナリンは交感神経終末で産生され,α1作用により血管を収縮させ,血圧が上昇する。アドレナリン産生腫瘍は動悸,失神,不安,高血糖を伴いやすく,ノルアドレナリン産生腫瘍は高血圧,発汗,頭痛などの症状を持続的に伴いやすい[5]。褐色細胞腫の約90%は良性の疾患であり,適切に診断・治療することで治癒が期待できる。根治治療は手術であり,術式に関しては褐色細胞腫に関しても腹腔鏡手術の適応が拡大しつつあり,6cm以上の大きな褐色細胞腫にも試みられている[6]。また周術期の全身管理が重要であり,褐色細胞腫と診断されたら,血圧や不整脈の治療,減少した循環血液量の正常化を目的とした薬物療法を速やかに開始する必要がある。本稿では,褐色細胞腫の周術期管理を中心に解説する。
術前に循環動態のコントロールがなされないまま手術を行った場合は,カテコールアミンの慢性的な高値に伴う循環血液量の減少および術中出血,腫瘍摘出によるカテコールアミンの低下による低血圧で,術後は循環虚脱に陥り,極めて高い死亡率であった[7]。また,手術ができない悪性褐色細胞腫においてもカテコールアミン過剰による心不全が問題となるので,褐色細胞腫と診断されたら早期の薬物療法が必要である。米国内分泌学会から発表されたガイドラインでは周術期の血管系合併症の予防のため,α遮断薬を第一選択として投与することを推奨している[8]。非選択的α遮断薬とα1遮断薬と有効性を比較した無作為試験はない。血圧と脈拍を正常化させるために投与期間は術前7~14日間で,循環血液量の低下に伴う腫瘍摘出後の低血圧の予防に,塩分および水分を十分に摂取することを推奨している。欧米では非選択的α遮断薬であるPhenoxybenzamineが使用されるが,本邦で選択的α1遮断薬であるDoxazosinが使用される。具体的にはDoxazosin1~2mg/日を1日1~2回投与から開始し,血圧が目標値まで低下するように,2~3日ごとに2~16mgまで適宜漸増する(表1)[9]。

褐色細胞腫の薬物治療処方例(文献[9]より引用)
頻脈や頻脈性不整脈に適応となるが,α遮断薬を投与後,数日経過してから追加する。β遮断薬をα遮断薬より先行投与することは,β2受容体遮断により血管拡張が阻害され,血圧上昇が惹起されるので禁忌である[9]。
3.Ca拮抗薬褐色細胞腫の術前管理において,血圧コントロールが困難な場合,あるいは副作用などの理由でα遮断薬が使用できない場合に使用される[9]。
降圧目標に関しては無作為比較試験の結果がなく,後向き研究や過去の経験を基に,安静時の血圧は130/80mmHg未満,脈拍60~70/分,起立時の収縮期血圧が90mmHg以上,脈拍70~80/分が理想的と考えられる[5,8]。
褐色細胞腫の25%は副腎偶発腫瘍として発見されるが,褐色細胞腫の中には高血圧などの自覚症状を認めず,偶発腫瘍として発見される無症候性の症例も増加している[10]。血圧正常例であっても発作性高血圧の合併は予測できず[9],また術中予期せぬ血圧の変化を起こすこともあり[5],無症候性の症例においても,術前のα遮断薬の投与は必要と判断される。
高血圧クリーゼとは血圧の著明な上昇により,不可逆的臓器障害から致命的となる危険性があるため,速やかな降圧が必要となる状態であり,褐色細胞腫では,治療(化学療法や放射線治療,TAE),薬剤(ドパミン拮抗薬,グルカゴン,β遮断薬単独投与,三環系抗うつ薬,造影剤),ストレスが誘因となって異常高血圧としてみられることが多い。原則入院治療が必要であり,α遮断薬であるフェントラミンを経静脈的に投与する(表2)[11]。また,Newellら[12]は,褐色細胞腫のクリーゼの中でも,多臓器不全,重篤な血圧異常(高血圧または低血圧),高熱,脳症を4徴とする致死的な病態をpheochromocytoma multisystem crisis(PMC)と定義している。Kakokiら[13]は,12例のPMC症例のうち保存的治療を行った5例全例(41.7%)で死亡しており,決断に苦慮するが救命のための緊急手術の重要性を報告している。また持続血液透析濾過法による過剰なカテコールアミン除去により,待機手術が可能であった報告例もあり[14],PMCという短期間に進行する病態を認識して,PMCが疑われる場合は慎重に協議して治療方法を決定する必要がある。

褐色細胞腫クリーゼにおける薬物治療(文献[11]より引用 一部改変)
褐色細胞腫に対する手術術式には開腹手術と腹腔鏡手術があるが,近年では大きな褐色細胞腫に対しても腹腔鏡手術が試みられている。腹腔鏡手術には経腹膜的到達法と後腹膜的到達法とがあり,経腹膜到達法には前方到達法と側方到達法,後腹膜到達法には側方到達法と後方到達法がある。右は経腹膜前方到達法が,左は経腹膜的側方到達法が多く選択される傾向にあるが[15],いずれの術式を選択するかは術者の経験や習熟によるところが大きい。術式の詳細に関しては成書を参照していただきたい。
褐色細胞腫の手術では腫瘍操作や腹腔鏡手術での気腹操作に伴う血圧の変動に注意しなければならない。川喜田ら[16]は,腹腔鏡手術では腹腔内圧の上昇により腫瘍からカテコールアミンの放出が増えると考えられ,気腹圧は12mmHgを超えないように注意する必要があると報告している。手術中は中心静脈の遮断前後で麻酔管理は異なる。術者は,腫瘍操作によるカテコールアミンの過剰分泌をできる限り最低限にとどめなければならない。術中によく使われる血管拡張薬としては,ニトルプロシドが強力な短時間作用降圧薬として持続静脈内投与で使用される[17]。フェントラミン,ニトログリセリン,プロスダグランギンE1,ニカルジピンやジルチアゼムなどのカルシウム拮抗薬,硫酸マグネシウムも用いられる[17]。中心静脈を遮断した後は,腫瘍からのカテコールアミンの放出が低下し,相対的に循環血液量が減少するために低血圧となる危険性があり,輸液による容量負荷を行い,循環状態に応じてノルアドレナリンやドパミン,ドブタミンの投与を考慮する。術中の循環動態の変動を予測する因子として,術前の血中ノルアドレナリン濃度や腫瘍径などがリスク因子として報告されている[18]。
術後24時間以内で注意しなければならない重要な合併症は低血圧と低血糖である[19]。最近では,十分なα1遮断薬の投与による循環血液量の生理的補正および腹腔鏡手術による出血量の減少もあり,術後の循環動態は改善傾向にある[20]。長崎大学病院泌尿器科における腹腔鏡手術を施行した23例の褐色細胞腫症例の検討では,ドキサゾシンの投与期間の中央値は40日(17~109日),術直前の1日投与量は12mg(4~20mg),術中のカテコールアミンの補充が不要な症例は5例(22%),術後にカテコールアミンの補充が不要であった症例は14例(61%)であり,術後の循環状態は比較的安定していた。低血糖は腫瘍摘出後の急激なカテコールアミンの減少により,インスリン分泌が回復し,反跳性に高インスリン血症になるためであり,術後は血糖を適宜確認し,低血糖の早期発見が重要となる。
褐色細胞腫の周術期管理に関して概説した。褐色細胞腫は手術治療により,約90%は完治可能であるが,単発性であっても確実に良性と診断する方法がなく,術後は悪性の可能性を考慮して,長期的な経過観察が必要である[2,3]。