2016 年 33 巻 1 号 p. 41-45
副腎悪性腫瘍に対する治療は,外科的摘除が第一選択であり,開腹手術が一般的であるが,腹腔鏡手術の適応に関しては議論を要するところである。当院において,副腎悪性腫瘍に対して外科的摘除を行った症例22例につき,開腹手術群と腹腔鏡手術群に分類し,臨床的検討を行った。
腫瘍径は開腹手術群が2.5~15.0cm(中央値5.3),腹腔鏡手術群が1.6~4.3cm(中央値3.9)であった。開腹手術群の7例に輸血が必要となったが,腹腔鏡手術群では輸血を要する症例は認めなかった。腹腔鏡手術群の中で,腫瘍径は2.5cmと比較的小さいものの,下大静脈との強固な癒着を認めたために,開放手術へと移行した症例が1例あった。
副腎悪性腫瘍に対して,術前に癒着を予測することは困難ではあるが,開腹手術への移行を念頭においた上で,腫瘍径の小さいものに関しては,腹腔鏡下手術は施行可能であり,考慮すべき術式であると考えられた。
副腎悪性腫瘍に対する治療としては,外科的摘除が第一選択であり,開腹手術が一般的である。腹腔鏡手術の適応に関しては,制癌性・安全性の面からも,議論を要するところである。術後疼痛の軽減効果,美容上の有用性,在院期間の短縮などの利点から,副腎悪性腫瘍に関しても,腹腔鏡手術の適応が拡大される傾向にある。今回,当院において副腎悪性腫瘍に対し外科的摘除術を行った症例について,腹腔鏡手術群と開腹手術群に分類し,臨床的検討を行ったので報告する。
2003年7月から2014年3月の間に,外科的摘除を行い,病理学的に副腎悪性腫瘍と診断しえた22例を対象とした。病理組織所見の内訳は,副腎皮質癌が5例,悪性リンパ腫が2例,急性骨髄性リンパ球性白血病(ALL)が1例,転移性悪性腫瘍が14例であった(肺癌8例,腎癌3例,大腸癌2例,膀胱癌1例)。22例を開腹手術群と腹腔鏡手術群に分類し,腫瘍径・手術時間・出血量・輸血の有無・術中合併症の有無,腹腔鏡手術群に関しては,開腹手術への移行の有無について,後方視的に検討を行った。
患者背景を表1に示す。症例数は22例で,観察期間は1~144カ月(中央値22)であった。年齢は53~77歳(中央値66.0),性別は男性18例,女性は4例。患側は右が9例,左が12例で,両側症例を1例認めた。腫瘍径は1.4~10.5cm(中央値4.0)であった。腹腔鏡手術群が9例で,開腹手術群は13例であった。各手術群の内訳につき,腹腔鏡手術群に関しては表2,開放手術群に関しては表3に示す。腹腔鏡手術群において,経腹膜到達法が5例,後腹膜到達法が4例であった。当院では,基本的には経腹膜到達法を採用しているが,腹腔内手術既往のある患者に関しては,後腹膜到達法で手術を行うこととしている。腫瘍径,手術時間,出血量に関して,腹腔鏡手術群と開腹手術群で比較を行った。その結果を表4に示す。有意差に関しては,Mann-Whitney検定で検討を行った。腫瘍径においては,腹腔鏡手術群は1.6~4.3cm(中央値2.8),開腹手術群は2.5~15.0cm(中央値6.0)と有意に腹腔鏡手術群が腫瘍径が小さかった。これは腫瘍径の大きなものに関して,開腹手術を選択する傾向にあることを示している。また,手術時間に関しては,腹腔鏡手術群が97~228分(中央値154),開腹手術群が141~723分(中央値285)と,有意に腹腔鏡手術群の方が手術時間が短かった。また,出血量に関しても,腹腔鏡手術群が10~200ml(中央値10),開腹手術群が100~8,030ml(中央値1,200)と有意に腹腔鏡手術群が出血量が少なかった。腫瘍径の小さな腫瘍であれば,腹腔鏡手術を選択する結果,手術時間も短く,出血量も少ない傾向にあることを示していると考えられた。
患者背景
腹腔鏡手術群
開腹手術群
腹腔鏡手術群と開腹手術群の比較
開放手術群において,3例に腎臓との癒着が強く腎臓合併切除が必要であった。また,そのうちの1例においては,肝部分切除術および下大静脈再建術が必要であった。
表2において,腹腔鏡手術群の1例に開腹手術へ移行した症例を認めた。この症例に関して,症例提示を行う。
患 者:66歳 男性。
主 訴:特になし。
既往歴:脳梗塞。
現病歴:当院脳卒中内科通院中,胸部レントゲンにて左肺上葉に腫瘤を指摘された。気管支鏡下生検にて腺癌と診断。各種画像検査にて,cT2aN0M0 stageⅠBと診断し,左上葉切除・下葉部分切除術を施行。病理診断では,pleomorphic carcinoma,pT2aN0M0,stageⅠBであった。術後追加治療施行せずに経過観察していたところ,術1年後の胸腹部造影CTにて右副腎に径32mm大の腫瘤を認め(図1),PET-CTでも同部位に集積を認めたため(SUV max=5.9),肺癌副腎転移を疑い,手術加療目的に当科紹介となった。
腹腔鏡手術から開腹手術へと移行した肺癌右副腎転移の術前の腹部造影CT
治療経過:腹腔鏡下右副腎摘除術で手術開始も,右副腎が下大静脈および肝臓へ強固に癒着しており,開腹手術へと移行。下大静脈壁を一部切離する形で腫瘍摘除を行った。手術時間は309分,出血量は475mlであった。術後経過は良好で,術後13日目に退院。病理診断は,pleomorphic carcinomaであり,肺癌からの転移と考えられた。現在術後10カ月目であるが,転移・再発の兆候を認めない。
症例の考察:本症例に関しては,腫瘍径が2.5cmと比較的サイズが小さいのにも関わらず,右副腎が下大静脈と強固に癒着しており,開腹手術への移行を余儀なくされた。手術の早い段階で,開腹手術への移行を決断できたことが,出血量が少なく,安全に手術を遂行できたことの要因であると考えている。
制癌性に関しては,観察期間が短いことから,はっきりとした結論はでていない。転移性悪性腫瘍症例も含まれるため,原疾患の予後が異なることから,一概に評価するのは困難とも言える。局所再発に関しては,腹腔鏡手術群において,9例中2例に認め,開放手術群において,13例中1例に認めた。症例数が少ないため,両群間において有意差があるとは断定できるものではないと思われる。ただし,腹腔鏡手術群において,腫瘍断端陽性例もしくは手術に起因すると思われる癌性腹膜炎の発症などは認めておらず,安全かつ効果的に腫瘍摘除が可能であったと考えられた。
副腎腫瘍に対する腹腔鏡下副腎摘除術は,1992年に本邦の泌尿器科医により,原発性アルドステロン症に対して初めて施行された[1]。安全性が高く,低侵襲であることから,急速に普及し,1996年度に社会保険診療報酬に収載された。現在では,5~6cm以下の良性副腎腫瘍に対する標準術式として確立され,開腹手術に代わる手術として定着している。ただし,副腎悪性腫瘍に対する腹腔鏡手術適応の是非に関しては,議論が定まっていないのが現状である。日本泌尿器科学会がまとめた2014年度の泌尿器腹腔鏡手術ガイドライン[2]においては,特に副腎皮質癌に関しては,適応に関して依然として議論が必要であると記載している。また,局所浸潤やリンパ節転移が認められる悪性腫瘍に関しては,腹腔鏡手術は禁忌と明記されている。また,難易度の高い大きい腫瘍,悪性もしくは悪性が疑われる腫瘍に対しては経験豊富な術者が腹腔鏡手術を行うのが望ましいと追記されている。
当院においては,副腎悪性腫瘍を疑う症例に対する術式選択に関して,明確な基準を設けているわけではないが,腫瘍径の比較的小さなものに関しては,腹腔鏡手術を選択する傾向にあった。手術早々に開腹手術へ移行した症例以外は,特に術中に合併症を起こすことなく手術を遂行することが可能であった。副腎悪性腫瘍のうちで,特に副腎皮質癌に関しては,比較的小さい限局性副腎皮質癌に対する腹腔鏡手術および開放手術の成績はほぼ同等とする報告もあるが[3,4],腹腔鏡手術は開腹手術に比較して,断端陽性率や癌性腹膜炎の発症率が高いとする報告もある[5,6]。Brixらは腫瘍径が10cm以下の限局性副腎皮質癌152例を対象として,両術式間の制癌効果を後ろ向き研究で比較検討を行っている[3]。対象患者は,腹腔鏡手術が35例,開腹手術が117例で,観察期間は中央値で39.3カ月であった。結果として,術式別の疾患特異生存率,無再発生存期間に有意差はなく,被膜損傷,癌性腹膜炎の発生率にも有意差を認めなった。その一方で,Millerらは副腎皮質癌88例を対象とした研究において,腹腔鏡手術の治療成績は開腹手術に比べると劣ると報告している[5]。すべての研究が症例数の少ない後ろ向き検討であり,確固たるエビデンスの構築ができていないのが現状である。
転移性副腎悪性腫瘍に関しても,腹腔鏡手術の有用性に関する報告が散見されるものの[7,8],治療適応および術式に関して,一定の見解が得られていない。外科的摘除の適応に関しても定まった方針は確立していないが,基本的な適応条件としては,単発・孤立性であること,摘出により治癒もしくは予後延長が期待できること,と考えられる。術式の是非に関して検討された研究はなく,今後の検討課題であると考えられる。
副腎悪性腫瘍に対する腹腔鏡手術の是非に関して一定の見解が得られない理由としては,術前診断が難しいことも要因となっていると思われる。本検討においては,副腎皮質癌に関しては5例ともに,術前画像診断にて副腎原発癌の可能性を示唆されていた。腹腔鏡手術を選択した症例に関しては,サイズが3.8cmと小径であったため,腹腔鏡手術を選択した。腹腔鏡手術を選択した本症例に関しては,観察期間が16カ月と短いため,制癌性の評価に関しては,更なる経過観察が必要である。
転移性悪性腫瘍の術前診断においては,PET-CTが有用であるとされている。当院においても,悪性腫瘍の既往があるために,転移性副腎腫瘍を疑い,PET-CTを施行した10例すべてに強い集積を認めたことで,術前に悪性腫瘍であると診断しえた。ただし,肺癌の既往があり,PET-CTにおいても強い集積を認め(SUVmax=32.6),肺癌副腎転移と術前診断を行ったのにも関わらず,腹腔鏡下摘除術による病理組織学的診断にて,悪性所見を認めなかった症例があった。術前悪性腫瘍の診断においては,PET-CTが偽陽性を示す場合もあるので,注意が必要である。
当院において,腹腔鏡手術から開腹手術へ移行した症例を1例認めた。径3.2cmと比較的小さい腫瘍であったが,下大静脈と強固に癒着しており,手術の早い段階で開腹への移行を決断した。下大静脈を一部切除する形で腫瘍摘除を行い,出血量も少なく,輸血も不要であった。副腎自体が下大静脈・腹部大動脈などの大血管,肝臓・膵臓・脾臓・腎臓などの主要臓器に囲まれており,周囲との癒着を認めた場合は,躊躇することなく早い段階での開腹手術への移行が,手術を安全に施行できるものと考えられた。
副腎悪性腫瘍に対する術式に関して,副腎皮質癌自体が稀な疾患であり,また,転移性腫瘍に関しても,手術適応の決定が難しいことから,明確な選択基準がないのが現状である。当院での手術成績においては,比較的小さな腫瘍に関しては,術前に癒着を予測することは困難ではあるが,開腹手術への移行を念頭においた上で,腹腔鏡下切除は施行可能であると考えられた。ただし,本研究は症例数の少ない検討であり,エビデンスレベルの高い臨床研究の結果が必要であると考えられた。
本論文の要旨は第28回泌尿器内視鏡学会総会(2014年11月28日,福岡市)において示説した。