日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
甲状腺乳頭癌術後にneedle tract implantationをきたした1例
大石 一行澁谷 祐一高畠 大典岩田 純松本 学
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2016 年 33 巻 2 号 p. 115-120

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抄録

症例は42歳女性。甲状腺乳頭癌に対して左葉切除術を施行した(T3N1aM0Ex1 pStageⅠ)。その4年後に左頸部の皮下腫瘤を触知し,エコーで皮下および前頸筋群左側に腫瘤を認め,FNAで甲状腺乳頭癌の再発と診断した。両者が直線上に並び,初回手術前の穿刺経路と一致したためneedle tract implantationを疑い,両者を一塊に切除した。病理検査で術前に確認した2つの腫瘤は甲状腺乳頭癌の転移と診断され,その他の乳頭癌もFNAの穿刺経路に一致していた。

甲状腺乳頭癌でneedle tract implantationをきたす確率は0.14%と報告されており比較的稀である。Needle tract implantationの特徴や治療について文献的考察を含めて報告する。

はじめに

穿刺吸引細胞診(Fine needle aspiration:以下FNA)は甲状腺癌の診断目的に日常的に施行される。その合併症として出血,急性甲状腺腫大などに遭遇することはあるが,甲状腺癌の穿刺経路播種(Needle tract implantation:以下NTI)を経験することは非常に稀で,0.14%と報告されている[,]。今回甲状腺乳頭癌術後4年でNTIをきたし,手術を施行した1例を経験したので文献的考察を含めて報告する。

症 例

症 例:42歳,女性。

主 訴:頸部腫瘤触知。

既往歴:1992年バセドウ病と診断され,4年間内服加療を行って寛解した。2011年10月甲状腺エコーで腫瘤を認め,FNAで乳頭癌疑い(class Ⅳ)と診断され,2011年12月当科で甲状腺左葉切除術(D1uni)を施行した。以後,他院でフォローアップを行っていた。

現病歴:2015年11月左頸部腫瘤を触知したため当科を受診した。

血液検査所見:FT3 2.97pg/ml,FT4 0.87ng/ml,TSH 3.012μIU/ml,Tg 23.0ng/dl,TgAb<10IU/ml,TPOAb<5IU/ml,TRAb<1.0IU/l。

初回超音波検査所見(2011年10月):左葉峡部に最大径9.5mm大の腫瘍を認め乳頭癌を疑った(図1)。

図1.

初回超音波検査所見:左葉峡部寄りに6.9×4.9×9.5mm大の形状不整,境界不明瞭,内部は低エコーで均一,一部で前頸筋群との境界が不明瞭な腫瘤を認めた。

初回手術(2011年12月):前頸筋群への腫瘍の浸潤はなく,前頸筋群を横切して甲状腺を露出させた上で左葉切除術(D1uni)を施行した。

初回病理組織学的検査所見:乳頭癌(T3N1aM0Ex1 pStageⅠ)であった(図2)。

図2.

初回病理組織学的検査所見:左葉腹側に10×9×4mm大の白色結節を認め,乳頭癌(T3N1aM0 pStageⅠ),pEx1(軟部組織への浸潤は認めるが,辺縁への露出はなし)と診断。

身体所見(2015年10月):左頸部皮下に約3mm大の可動性良好な硬い小結節を,その深層に約10mm大の可動性やや不良で硬い結節を触知した。

超音波検査所見:皮下に最大径4mm大の腫瘤を,左側前頸筋群内最大径6mm大の腫瘤を認め乳頭癌再発を疑った(図3)。後者に対するFNAで乳頭癌再発と診断した。

図3.

超音波検査所見:皮下に3×2×4mm大で形状整,境界明瞭,内部は低エコーで均一な腫瘤を,左側前頸筋群内に5×6×6mm大形状不整,境界不明瞭で内部は低エコーで微細高エコーが散在する腫瘤を認めいずれも乳頭癌の再発を疑った。

経 過:この時点で2つの結節が以前にFNAを施行した腫瘍の直線上にある可能性が高くNTIの可能性が否定できないと考え,2015年12月に乳頭癌の皮下および前頸筋群内再発(NTI)と診断し皮下腫瘤および前頸筋群合併切除術を施行した(図4a)。手術時間53分,出血量5ml。術後合併症なく経過し2PODに退院とした。

図4.

摘出標本:皮膚から前頸筋群まで一塊に切除し,2カ所に境界不明瞭な白色結節を認めた。

摘出標本:2つの腫瘤は境界不明瞭な白色結節であった(図4b)。

病理組織学的検査所見:4カ所に乳頭癌の再発を認め,いずれも穿刺経路に位置しておりNTIと判断した(図5)。

図5.

病理組織学的検査所見:4カ所(皮下,左前頸筋群内,左前頸筋群外腹側・背側)の病変を認め,いずれも乳頭状,管状構造を示し,核溝,核内細胞質封入体が見られ,乳頭癌の転移と診断した(a:HE染色(×40))。4カ所とも穿刺経路に一致するように位置しておりNTIとして矛盾しないと判断した(b:HE染色,マクロ像)。

考 察

FNAは様々な腫瘍に対する診断目的に行われており,とくに甲状腺腫瘍に対するFNAの合併症として,出血・血腫(甲状腺結節内,甲状腺周囲組織),違和感・疼痛・ショック症状,反回神経麻痺・声帯麻痺,急性甲状腺腫大,気胸,急性化膿性甲状腺炎,腫瘍の梗塞,穿刺経路再発,組織学的変化などが挙げられる[]。

癌腫を穿刺した際に播種が起こる確率は癌腫の種類により高低はあるものの,消化器系悪性腫瘍に対するFNAでは0.003~0.009%と非常に低いため,通常副甲状腺癌を除いて禁忌になることはない[]。さらにNTIは起こしてもそれらが遠隔転移をきたすことはほとんどない[]。通常FNA後に周囲組織や循環に散布された腫瘍細胞はホストの免疫反応などによって臨床的遠隔転移をきたす前に破壊されると考えられているためである[]。副甲状腺に対するFNAについては副甲状腺被膜損傷でparathyromatosisが起こり,対象細胞がいかなる場所でも生着し増殖しやすいという特徴があるため禁忌とされており,実際に副甲状腺癌に対するNTIの報告はこれまで2例しかない[,]。NTIは膵癌,肝癌,前立腺癌,中皮腫,肺癌で報告が多いが,中枢神経系腫瘍,肉腫,胸腺腫,乳癌,後腹膜腫瘍などでの報告もある。甲状腺乳頭癌でNTIをきたす確率は0.14%と報告されており,頻度が多いとされる膵癌,肝癌の発生率が1.4%,1.6%であることと比較すると10分の1と非常に稀であるが,これは乳頭癌の生物学的特徴として進行が緩徐であるということ,頸部では穿刺経路が腹部と比較して短いこと,使用する穿刺針径が細いということが関係している[,,]。またNTIをきたしても,術後I131内用療法やTSH抑制療法により播種細胞の増殖が抑制されている可能性もある[10]。NTIのリスクファクターとして,穿刺針径(太),穿刺回数(多),陰圧未解除下での抜針,穿刺内容の注入,免疫抑制状態,未治療癌の残存などが挙げられるが,リスク軽減のためにFNAガイドラインで23G以下の穿刺針を用いて,陰圧を解除した状態で抜針することが薦められている[1011]。

甲状腺癌のNTIはこれまでに24例の報告がある[,101223](表1)。組織学的には乳頭癌,濾胞癌,未分化癌,腎細胞癌転移で,穿刺回数は1~12回,使用穿刺針径はほとんどが22Gもしくは23G,播種部位は皮膚,真皮,皮下組織,前頸筋群内,胸鎖乳突筋内と様々だが,ほとんどが手術にて切除可能であった。FNAからNTIの診断までの期間は1~144カ月と様々であった。

表1.

Needle tract implantation報告例のまとめ。

甲状腺癌のNTIの特徴として,①乳頭癌の中でも低分化癌や腺外浸潤を伴う癌でNTIのリスクが高いこと,②NTIの腫瘍は原発巣よりも悪性度が高い可能性があるもののNTIそのものによる死亡例はないこと,③FNAからNTIの診断までの期間が腫瘍の成長活性と関連があること,④短期間(2~68カ月)でNTIをきたした症例は術前術前にリンパ節転移を診断できたが,長期間(87~131カ月)の症例では術後にリンパ節転移と診断されたということなどが検証されている[18]。また,NTIの予防策として,細い穿刺針の使用,対象を高分化型甲状腺癌に限定,過度のピストン運動で甲状腺背側の被膜を貫通しない,術中原病巣切除と同時に胸骨舌骨筋を合併切除,術後TSH抑制療法などが推奨されている[10]。しかし腫瘍そのものの性質(播種細胞数,腫瘍細胞の接着性,結合織量,酵素活性,免疫状態)がNTIに関与している可能性も否定はできない[]。

一方で,必ずしも原因がNTIとは限らないが,皮下もしくは前頸筋群内に再発(Subcutaneous or intrastrap muscular recurrence:以下SIMR)をきたした29例の乳頭癌を検討した報告では,45%で遠隔転移を認めていたことから,SIMRが遠隔転移の強い予測因子となり得るため補完全摘を施行するべきともされている[24]。

本症例では,①皮下転移の存在がNTI以外で説明ができないこと,②前頸筋群内転移転移はNTI,もしくは初回手術時に前頸筋群を横切した際に原発巣の被膜浸潤の部位から播種した可能性が考えられたが,術中に後者をきたすような操作は行っていなかったこと,③病理検査で確認された残り2カ所の腫瘍も含めて4カ所の腫瘍と原病巣の位置関係がほぼ一直線上に存在していたこと,以上より総合的に判断しNTIと診断した。当院では22G針を用いて合計2回のFNAを行っているが(前医で1回施行しているが詳細は不明),ルーチンで吸引後陰圧を解除して抜針しており,操作ミスで吸引した細胞を注入するようなこともなく,FNAの手順に問題は見当たらず,NTIは不可避であったと考える。また,術前に腫瘍の位置関係からNTIを予測し,穿刺経路を含めた組織を一塊に切除し,病理で穿刺経路に一致した偶発癌も確認できているためR0の手術が行えたと推測する。ただし,SIMRであったことを考慮すると,遠隔転移再発に備えた補完全摘や,術後外照射という選択肢も考えられるが,SIMRの遠隔転移のリスクファクターである55歳以上,clinical node metastasisを満たさなかったため前者は行わず慎重な経過観察を行う予定とした[24]。当院では甲状腺癌に対する外照射の適応を,局所制御不能かつ急激な増大傾向を伴うものとしているため後者は施行しなかった。

ほとんどの施設では,上記注意点を遵守した上でFNAが施行されており,その中でわずかながらNTIが発生してしまうことは避けられない。実際にNTIをきたした場合には穿刺経路を一塊にして切除することが再発予防に重要であり,そのためには術前にNTIの可能性を予測することが欠かせない。さらに,SIMRの特徴も周知した上で補完全摘や外照射といったオプションも高リスク症例には検討する必要がある。

おわりに

甲状腺乳頭癌術後のNTIを経験した。甲状腺腫瘍の日常診療で頻回に施行するFNAの合併症の1つとして念頭におく必要がある。

本論文の要旨は第28回日本内分泌外科学会総会(2016年5月,神奈川)において発表した。

【文 献】
 

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
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