日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Print ISSN : 2186-9545
症例報告
集学的療法によって寛解に至った甲状腺未分化癌3例
野口 仁志内野 眞也村上 司山下 裕人野口 志郎
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2016 年 33 巻 2 号 p. 128-134

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抄録

甲状腺未分化癌は極めて予後不良な疾患であり,確立した治療法は今のところ存在しない。われわれは2006年からドキソルビシン(DXR)とシスプラチン(CDDP)を使用する化学療法にバルプロ酸を併用する方法を試行しており,手術と放射線治療を加えた集学的治療によって予後の改善に努めている。その結果として,手術から2年以上経過しても無再発生存している症例を3例経験したのでここに報告する。

症例要約

(症例1)初診時51歳,男性,2006年11月診断(細胞診)。CTにて甲状腺右葉を占拠する長径4.1cmの腫瘍(Stage ⅣA)。経口バルプロ酸1,200mg/日,CDDP 100mg/m2とDXR 50mg/m2を4週に1回,2クール投与と同時に41.8Gyの放射線外照射を行い,手術および15Gyの術中照射を行った。術後,DXR30mg/m2を投与。術後病理,complete remission. 2014年。7月現在,無再発生存(既発表)[]。

(症例2)初診時69歳,男性,2010年9月診断(細胞診)。CTにて甲状腺右葉を占拠する長径5.0cmの腫瘍(Stage ⅣA)。経口バルプロ酸1,200mg/日とCDDP75mg/m2,DXR37.5mg/m2を4週に1回,術前2クール,術後1クール施行。化学療法終了後に45Gyの頸部外照射を行った。術後病理,anaplastic carcinoma. 2014年7月現在,無再発生存。

(症例3)初診時71歳,男性,2013年7月診断(針生検)。CTにて甲状腺右葉を占拠する長径5.0cmの腫瘍(Stage ⅣB)。7月12日手術を行ったが腫瘍は微量に遺残。術後病理,anaplastic carcinoma.経口バルプロ酸1,200mg/日とCDDP75mg/m2,DXR37.5mg/m2を1クール,その後およそ20%減量して2クール施行。化学療法終了後に45Gyの頸部外照射を行った。2014年7月現在,無再発生存。

以上,バルプロ酸併用集学的治療による甲状腺未分化癌長期無再発生存例3例を経験したのでここに報告する。

はじめに

甲状腺未分化癌は極めて悪性度が高く予後不良な疾患で,全甲状腺癌の1~2パーセント程度を頻度であるが,甲状腺癌の死亡者数のおよそ半数を占めると言われている。本疾患には未だに確立された治療方法は存在せず,多くの治療法や新薬が試みられているものの,明らかな優位性が示されるものは未だ報告されていない。

バルプロ酸はHDAC阻害作用があることが近年注目されており,in vitroで培養未分化癌細胞に対する抗癌剤の作用を強めることが報告されている。当院では2006年から甲状腺未分化癌に対して経口バルプロ酸とドキソルビシン・シスプラチン併用療法(AP療法)の組み合わせ,さらに手術と放射線治療を加えた集学的治療を試行しており,一応の成績を収めている。以前報告した完全寛解例1例に,無再発生存例2例を追加してここに報告する。

ただし,本報告はバルプロ酸併用を推奨するものではなく,対照的な症例としてさらに手術のみで長期生存を得た症例1例を並記し,バルプロ酸の影響の有無を判定することは現時点では困難であることを示す。

症 例

症例1:男性,51歳(初診時),体表面積2.0m2

主 訴:前頸部腫瘤。

既往歴・家族歴:特記事項なし。

現病歴:2006年11月中旬前頸部に違和感を自覚。やがて腫瘤と圧痛を自覚するようになり症状発現5日後に近医耳鼻科を受診,亜急性甲状腺炎と診断され当院紹介となった。耳鼻科受診2日後当院初診。

現 症:初診時,甲状腺右葉全体を占拠する硬い可動性不良の腫瘤を触知し,穿刺吸引細胞診にて甲状腺未分化癌と診断された。同日施行された単純CTにおける腫瘍サイズは3.0×4.1×3.5cmで気管を軽度圧排,総頸動脈に接近,内頸静脈との接触は認めなかった。有意なリンパ節腫大は認めず,肺野に転移と思われる陰影は認めなかった。Stage ⅣAに該当。

経 過:2006年11月初診日入院。入院日よりバルプロ酸1,200mg内服開始,前負荷開始。入院翌日DXR 100mg(50mg/m2)およびCDDP 200mg(100mg/m2)投与,その後,後負荷。2006年12月から2007年1月にかけて2.2Gyの放射線外照射を19回に渡って施行している。12月後半に前負荷。翌日第2クール(DXR 100mg,CDDP 200mg)後負荷。第2クール後のCT検査では腫瘍サイズは2.8×3.5×3.0cmと縮小しており,39.74%の体積減であった。2007年1月中旬前負荷,翌日第3クール(DXR 100mg,CDDP 200mg)後負荷。第3クール後のCTでは腫瘍サイズは2.3×3.3×2.8cm(図1)で,入院時から56.44%の体積減であった(stable disease)。2月中旬手術。翌週DXR 60mg(30mg/m2)投与。3月中旬退院。その後,1年ごとに陽電子放出断層撮影(PET-CT)検査,年2回頸部超音波エコー検査などを行っているが再発は発見されていない。

図1.

症例1.右治療前,左治療後。バルプロ酸併用AP療法3クール後で若干の腫瘍縮小が伺えるが,SDの範囲内である。

手術所見:甲状腺右葉および左葉下極の一部を切除し,気管周囲および右側頸部リンパ節を郭清した。胸骨甲状筋および胸骨舌骨筋に浸潤を認め合併切除。総頸動脈,内頸静脈,右反回神経は腫瘍から離れており,温存できた。右上副甲状腺も温存できた。腫瘍カプセルの破損を避けるために,合併切除した前頸筋を把持して牽引しつつ手術は進められた。反回神経喉頭侵入部付近では腫瘍カプセルを破らず気管壁側を鋭的に切離した。侵入部を中心2cm四方に15Gyの術中照射を施行した。

病理所見:腫瘍の大部分は線維化組織と壊死物質で,わずかに乳頭癌を含んでいるのみであった。一部にごく少数大細胞の遺残と思われる細胞が散見された。筋肉組織の腫瘍浸潤部には腫瘍細胞は認めなかった。Pathological complete responseと考えた。

症例2:男性,69歳(初診時)体表面積1.7m2

主 訴:前頸部腫瘤。

既往歴・家族歴:特記事項なし。

現病歴:2010年8月前頸部腫脹を自覚し近医耳鼻科を受診。甲状腺精査を進められ,8月25日,地域中核病院で穿刺吸引細胞診を施行し悪性(未分化癌疑い)と診断され当院紹介。9月9日当院を初診。

現 症:初診時,甲状腺右葉全体を占拠する硬い可動性不良の腫瘤を触知し,穿刺吸引細胞診にて甲状腺未分化癌と診断された。同日施行された単純CTにおける腫瘍サイズは5.0×4.5×8.0cmで気管の前に回り込むように接しているものの明らかな浸潤はなく,総頸動脈に接し,内頸静脈との接触は認めなかった。気管周囲リンパ節に腫大を認めた。エコーでは右側頸部リンパ節にも最大17mmの腫大を認め,穿刺吸引細胞診を施行したが所見は良性であった。Stage ⅣAに該当。

経 過:9月後半にバルプロ酸1,200mgとピオグリタゾン30mgを内服開始。同日前負荷開始。翌日DXR 70mg(37.5mg/m2=65mg,四捨五入)およびCDDP 130mg(75mg/m2)投与,その後,後負荷。第一クール後のCTでは腫瘍サイズは5.4×4.8×9.5cm。浸潤などに変化なし。単純CTにおいて腫瘍中心部はやや低吸収で,中心部に壊死が生じている可能性は示唆されたものの腫瘍サイズは増大していた(136.8%)。10月後半前負荷。翌日第2クール(DXR 70mg,CDDP 130mg)後負荷。第2クール後の頸部単純CTでは腫瘍サイズは5.2×4.5×10.0cm。浸潤などに変化はなし。腫瘍中心はやや低吸収で周辺部分は菲薄化していたが,腫瘍は依然として治療開始前より大きかった(130.0%)(stable disease)(図2)。12月初頭手術。2週間後前負荷。翌日第3クール(DXR 70mg,CDDP 130mg)後負荷。2011年10月から11月にかけて,1.8Gyの頸部外照射を25回施行した。その後,単純CTと頸部エコーで経過観察しているが,再発は発見されていない。

図2.

症例2.右治療前(造影CT),左治療後(造影なし)。バルプロ酸併用AP療法2クール後,腫瘍は増大しているが,SDの範囲内である。腫瘍径は増大しているものの,中央の壊死部分が拡大しており,腫瘍実質は菲薄化している。

手術所見:右葉未分化癌は動静脈とは比較的容易に分離でき線維性の癒着があるのみであった。右反回神経,迷走神経,気管とも癒着は認めず,下咽頭収縮筋に小範囲の浸潤を認めたが合併切除で肉眼的には遺残なく切除できた。左葉に硬結を触知したため左葉上極のみを残す甲状腺亜全摘を行い,気管周囲郭清と右側頸部リンパ節郭清を行った。積極的に転移を疑う所見はなかった。迅速病理診断では,右葉は未分化癌,左葉は乳頭癌と診断された。術中照射は行わなかった。

病理所見:右葉には82×50mmの未分化癌,左葉には8×7mmの微小乳頭癌を認めた。未分化癌組織は広範囲の壊死とそれに伴うcyst形成を認めた。顕微鏡レベルで乳頭癌成分の混在を認めた(図3a-c)。48個中2個のリンパ節に甲状腺乳頭癌の転移を認めた。未分化癌の転移は認めなかった。甲状腺外脂肪組織に浸潤を認めた。

図3.

a:症例2.広範囲な壊死と混在する未分化癌の組織像。

b:症例2.一部cyst形成を伴う未分化癌の組織像。

c:症例2.乳頭癌成分の混在を認める未分化癌の組織像。

症例3:男性,71歳(初診時)体表面積1.69m2

主 訴:前頸部腫瘤。

既往歴・家族歴:特記事項なし。

現病歴:2013年5月より食欲不振,微熱,右前頸部腫大を自覚し,6月末に地元病院を受診したところ専門医へ紹介された。穿刺吸引細胞診で甲状腺未分化癌疑いとされ当院紹介。7月初頭当院初診。

現 症:初診時,甲状腺右葉全体を占拠する硬い可動性不良の腫瘤を触知し,穿刺吸引細胞診にて甲状腺未分化癌と診断された。前医で6月末に施行された単純CTにおける腫瘍サイズは4.7×3.8×4.5cmで卵殻状の石灰化を有し,気管,食道を右側から圧排していた。総頸動脈,内頸静脈との接触は明らかではなかった。腫瘤に接する気管右側壁では粘膜がやや肥厚しており,気管浸潤の可能性が示唆されたものの気管内腔への突出はなかった。CTで気管周囲リンパ節に10mm程度の腫大を認めたが,エコーでは明らかではなく,リンパ節穿刺吸引細胞診は施行されなかった。7月3日の喉頭ファイバーでは,下咽頭・喉頭に異常はなく声帯は両側良好に運動していた。穿刺吸引細胞診では乳頭癌の所見であったが,入院後針生検が施行され,ごく少数ながら大型の異型細胞の存在が確認された。2013年7月入院。2日後よりバルプロ酸1,200mg内服開始したが,細胞診と針生検の結果が矛盾したため化学療法に先行して手術を施行。術後病理で未分化癌と確定診断された。Stage ⅣBに該当。

経 過:7月中旬前負荷開始。翌日DXR 60mg(37.5mg/m2)およびCDDP 125mg(75mg/m2)投与,その後,後負荷。下痢を伴い,Na 119mEq/l,K 3.1mEq/l,Cl 80mEq/lに至る電解質異常を呈した第2クール以降は抗癌剤を減量し,DXR 50mgおよびCDDP 100mgとした。第2クールは8月,第3クールは9月に施行した。2014年2月から3月にかけて頸部外照射1.8Gyを25回照射した。その後,フルオロデオキシグルコース陽電子放出断層撮影(FDG-PET)と頸部単純CTおよび頸部エコーで経過観察しているが,術後2年を経過しても明らかな再発は認めない。

手術所見:腫瘍は甲状腺右葉を占拠し,気管,輪状軟骨,輪状甲状筋,甲状軟骨に浸潤しており,甲状腺左葉の一部を残す甲状腺亜全摘術を施行し,気管前および右気管傍リンパ節郭清を行った。右反回神経に腫瘍は癒着していたが神経は温存した(術後喉頭ファイバーでは右声帯の運動麻痺を認めた)。前頸筋に浸潤を認めたが合併切除した。気管,喉頭軟骨,輪状軟骨へ浸潤を認め,鋭的剝離を試みたが腫瘍は少量遺残したものと思われる。腫瘍は中心部が壊死していたが,腫瘍切除の際に浸潤部から穿破し壊死組織が流出した。生理食塩水で洗浄した。

病理所見:50×45mmの一部石灰化を伴う未分化癌で広範な壊死を認めた。針生検で見られた細胞よりもさらに異型性の強い細胞を認め,限局的に好中球の浸潤も著明であった。しかし,前頸筋浸潤部は反応性の変性であり腫瘍細胞は認めず,摘出された8個のリンパ節にも転移は認めなかった。乳頭癌成分は認めなかった(図4a,b)。

図4.

a:症例3.未分化癌の組織像。線維組織の混在を認める。b:症例3.乳頭癌の核所見は認めない。

考 察

当院では2006年末から甲状腺未分化癌に対してバルプロ酸を併用した集学的治療を開始しており,2013年末までに25例の症例を経験しているが,そのうち12例にバルプロ酸併用AP療法を施行し,3例(無再発長期生存例1例を含む)に腫瘍縮小効果を認め(ただしSD),7例(長期生存例1例と無再発長期生存例1例を含む)に腫瘍縮小効果を観察できず,3例(無再発長期生存例1例を含む)は手術が先行したことなどにより判定不能であった。バルプロ酸使用開始以前と比較すると生存期間は延長しているが,初診時既に多発遠隔転移を有する手術不能例や高齢により積極治療をためらった症例が多く,根治例は少ない。ここに提示する症例はいずれも病変が頸部に限局しており,比較的早期に発見されたものであった。早期発見されたものに対して積極的に介入することによって良好な結果を得ている。

この報告は新規治療法のスタディとしてではなく,あくまでも生存例の症例報告としてここに提示する。

(使用薬剤)(表1

上記3例は一律に1,200mgのバルプロ酸を経口投与しながら化学療法を行っている。バルプロ酸は古くから抗てんかん薬として使用されており,偏頭痛や双極性感情障害にも適応がある。長期連用すると甲状腺機能を抑制することも知られている。近年,比較的弱いHDAC阻害作用があることが発見され,HDAC阻害剤ClassⅠに分類されている。甲状腺未分化癌由来の細胞系のDXRに対する感受性を高めることがin vitroで報告されており[],甲状腺癌を再分化させる作用があると言われている[]。報告ではin vitroでは0.7mMのバルプロ酸でDXRの効果増強が見られたとされているが,これはおよそ100μg/mlに相当し,成人では1,200mg経口投与時の血中濃度(70μg/ml前後)より高い。バルプロ酸はすべて通常錠で経口投与し,原則退院時まで継続した。

表1.

各症例使用薬剤および治療内容

第2例はバルプロ酸に加えてピオグリタゾンも併用している。チアゾリジンジオンの抗腫瘍効果を狙って今まで数例の症例に使用した。PPARγリガンドであるチアゾリジンジオンは細胞周期のG1期での進行を抑制することで細胞増殖抑制を引き起こすとされている。また,腫瘍細胞のアポトーシス誘導作用もあると言われている。前者にはp27Kip1の発現量亢進が[],後者にはp53の産生亢進が関与していると報告されている[]。

DXRとCDDPは投与日から4週間間隔をあけて5週目に次のクールを投与した。1週目はハイドレーションと抗癌剤投与,2週目は悪心嘔吐の制御,3週目は顆粒球減少の管理がそれぞれ必要であり,4週目は一旦自宅へ帰れる場合もあった。1週間程度のずれが生じる場合もあったが,概してスケジュール通り投与できている。4週目の外泊以外はすべて入院で治療・観察している。

第一症例はDXRとCDDPを3クール投与した後に術後DXRのみを1クール投与している。第二症例と第三症例はDXRとCDDPを3クール投与している。何クール繰り返すかに関してもこれまでに試行錯誤を繰り返しており,1クールでPDとなり治療継続を断念した症例もある一方で5クール繰り返した症例もあった。3クールという数字には経験則以外に根拠はない。未分化癌の場合,経験的に3クール繰り返して反応がなければ4クール目でも明らかな反応は見られないのが普通である。逆に効果があっても4クール以上繰り返せば腫瘍が抗癌剤に対する耐性を獲得する率も高くなる。よって,現在は2ないし3クール後に手術で腫瘍を摘出することを目標として治療している。なお,非常に積極的な治療であり,副作用などを考慮して現在75歳未満の患者のみを適応としている。

(ハイドレーション)

前負荷は1日2リットルから4リットル,後負荷は3日ないし4日2リットルから4リットル,使用液は生理食塩水,T1維持液,T3維持液,5%ブドウ糖液に10%食塩注を20ml加えたもの,10%マルトース溶液など様々なものを試行錯誤で試用した。電解質調節が必要な場合は内容を換え,栄養状態の低下時にはフィジオゾールを使用することもあった。ここに提示する三症例では生理食塩水,T3維持液,10%マルトース溶液とT3維持液をそれぞれ使用している。

(副作用)

ピオグリタゾンの併用により抗腫瘍効果の増強を認める事例もあったが,抗癌剤と併用すると血清アルブミンが低下する傾向があり,タイムリーな手術や放射線治療の障害になるためその後使用しなくなっている。低アルブミン血症は手術などを延期する理由にはなり得るものの,それ自体を新規副作用と考えるべきかどうかは検討の余地がある。

バルプロ酸のみを併用した症例では通常の抗癌剤治療で予想される副作用は認めたが,明らかにnovelな副作用は見られなかった。悪心,嘔吐,脱毛,味覚障害,末梢神経障害,顆粒球減少などは認めたものの,使用したDXRとCDDPの量に対して通常予想される副作用の範囲を超えるものではなかった。

(評 価)

症例1では著明な腫瘍縮小を認めたが,症例2では腫瘍はむしろ中心壊死の進行と共に増大しており,必ずしも腫瘍のサイズ変化が治療の効果を反映しない。現に,腫瘍縮小効果があった症例でも長期生存できなかった事例もある。また,甲状腺未分化癌は転移先で突然変異を起こし治療に対する耐性を獲得することがあるため,一部の病変は縮小しても他の病変は増大することがしばしば見られる。そのため,target lesionを設定しても,当初主な病変であると思われていたtarget lesionが他のnon-target lesionに大きさで逆転されてしまうこともあり,RECISTを適応することが困難であることもしばしばある。腫瘍の増大が見られても必ずしも治療は無効ではなく,逆に腫瘍が縮小していても必ずしも予後は改善していない。したがって今回はRECIST評価ではなく緩解した症例だけを報告するにとどめた。

バルプロ酸の併用がいかほどの効果があったかは現時点では不明である。今のところバルプロ酸の併用が治療効果を高めるという客観的な比較検討ができる段階にはない。過去の未分化癌自験例も腫瘍サイズの変化を詳細に記録しているものはなく,前述の通りRECIST評価でも明らかな改善は認め得ない。バルプロ酸を除いたAP療法による甲状腺未分化癌の治療を行った自験例もない。現時点で治療開始から5年以上経過した4症例中1例,3年以上経過した9例中2例がバルプロ酸併用集学的治療で無再発生存している。しかし,甲状腺未分化癌の中には稀に外科治療のみで良好な経過をたどる症例がある。現に同時期に手術のみを施行し,高齢のため化学療法を行わなかった3症例のうち1例が3年以上無再発生存している。よってバルプロ酸を使用して治療が成功した症例がたまたま良好に反応する症例であった可能性を否定することは本報告では出来ない。

過去の症例との比較検討は症例報告の範疇を逸脱する上に,今までの治療が画一的ではなく,手法が多岐にわたるため比較に適さず,かえって誤解を招く可能性がある。以下に提示する数字はあくまでも参考値である。1980年から2006年までのバルプロ酸使用開始以前の当院における甲状腺未分化癌治療例はstage ⅣAが6例,stage ⅣBが32例,stage ⅣCで加療した症例が6例で合計44例あった。甲状腺未分化癌の診断がついた日から死亡日までの期間はstage ⅣAが平均283日,中間値207日,stage ⅣBが平均376.6日,中間値149日,stage ⅣCが平均109日,中間値109日だった。365日以上生存したのは5例で11.4%であった。完全寛解と同等と思われる長期無再発生存例は1例(2.3%)で診断から4,841日生存した後老衰と診断され死亡している。バルプロ酸併用AP療法を行った12例はstage ⅣAが2例,stage ⅣBが5例,stage ⅣCが5例,当院受診前に診断されていた症例が3例,当院受診以前に手術・放射線治療・化学療法を受けていたものが1例,当院退院後に放射線治療などの追加治療を他院で受けていたものが2例あった。365日以上生存したのは4例で33.3%,無再発生存例は上記3例(25%)であった。12症例の診断から死亡日までの期間は平均711日,中間値241.5日であった。Stage ⅣCを除いたStage ⅣAとstage ⅣBだけで比較すると,バルプロ酸使用以前の38例は生存期間が平均361.8日,中間値157.5日であったのに対し,バルプロ酸使用後の7例は平均886.7日,中間値213日であった。(生存例3例は2015年6月末日までで計算。)ただし,バルプロ酸以外の条件がそろっていないのであくまでも参考値である。バルプロ酸併用の有効性に関しては現時点では結論は出せない。

結 語

われわれは集学的治療によって長期無再発生存した甲状腺未分化癌の症例を3例経験した。バルプロ酸の効果有無の判定には至っていない。

甲状腺未分化癌は極めて予後不良で確定した治療法は未だに存在しない。その悲惨な転帰のため多くの医療従事者は積極的介入を忌避する傾向がある。だが,積極的な介入によってある程度の治療成果は得られうる。

従来の治療に対するバルプロ酸併用治療の優位性は現時点では証明できないため,この報告はバルプロ酸の併用を推奨するものではなく,臨床経験を報告するのみにとどめる。

【文 献】
 

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