日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
甲状腺乳頭癌の特殊型
大石 直輝近藤 哲夫
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2016 年 33 巻 2 号 p. 73-77

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抄録

甲状腺乳頭癌は,腫瘍細胞の特徴的な核の形態学的所見によって定義されており,重畳核,すりガラス状核,核溝,核内細胞質封入体といった核所見が乳頭癌を特徴づけている。一方で,乳頭癌は多彩な組織像を呈し,乳頭状構造を主体とする通常型以外にも,特徴的な組織構築,細胞所見,周囲間質の変化を伴った組織亜型が存在する。甲状腺癌取扱い規約第7版ではこれらを特殊型variantとし,1)濾胞型,2)大濾胞型,3)好酸性細胞型,4)びまん性硬化型,5)高細胞型,6)充実型,7)篩型を収載している。近年,それぞれの特殊型に特徴的な臨床像,生物学的態度,遺伝子異常が明らかにされつつあり,これら特殊型を理解しておくことは実臨床上も有益である。本稿では,取扱い規約に記載された乳頭癌特殊型のなかで,代表的な「濾胞型」,「びまん性硬化型」,「高細胞型」,「充実型」,「篩型」の定義,臨床像,病理組織所見,遺伝子異常を概説する。

はじめに

甲状腺乳頭癌は,病理学的には腫瘍細胞の核所見により特徴づけられる。すなわち,核の腫大enlargement,不規則な核の輪郭,重畳核overlapping nuclei,すりガラス状核ground glass nucleus,核溝nuclear groove,核内細胞質封入体intranuclear cytoplasmic inclusionといった核の所見が,乳頭癌を定義している。乳頭癌はその名の通り,通常,乳頭状構造をとり増殖するが(通常型乳頭癌),なかには特徴的な組織構築,細胞所見,周囲組織の変化を伴うものがあり,甲状腺癌取扱い規約ではこれらを特殊型variantとして記載している(表1)。近年では,それぞれの特徴的な臨床像,生物学的態度,遺伝子異常も明らかにされつつあり,これら特殊型を理解しておくことは実臨床上も有益である。本稿では,取扱い規約第7版に記載された乳頭癌特殊型のなかで,代表的なものを概説する。

表1.

乳頭癌の特殊型(取扱い規約第7版)

濾胞型乳頭癌 Papillary carcinoma,follicular variant

濾胞型乳頭癌は比較的頻度の高い特殊型で,⑴乳頭状構造を欠き,濾胞状構造のみからなること,⑵乳頭癌に特徴的な核を伴うこと,が診断基準である。元来,濾胞状に増殖する腫瘍はすべて濾胞癌と診断されていた経緯があるが,乳頭癌と同様の特徴的な核所見を呈する濾胞状腫瘍は濾胞癌よりも乳頭癌に近い生物学的態度をとることがChemらにより明らかにされ,濾胞型乳頭癌の概念が確立された[]。濾胞型乳頭癌の臨床像は,後述する浸潤性か被包性かの分類により大きく異なると考えられるが,全体として通常型乳頭癌よりも甲状腺外進展,リンパ節転移の頻度が低く,予後良好であるとの報告がみられる[]。

病理組織学的に,腫瘍細胞が濾胞状構造優位に増殖し,濾胞内腔にはコロイドをみることが多い(図1)。明瞭な乳頭状構造は定義上,認められない。濾胞を取り囲む腫瘍細胞の核は,正常濾胞上皮細胞と比べて腫大し,クロマチンの淡明化(すりガラス状核)や核溝を伴う。核の重畳や核内細胞質封入体も認められるが,通常型乳頭癌ほど顕著でないことが多い。上記のように,本腫瘍の診断には“乳頭癌に特徴的な核所見の認識”が濾胞癌/濾胞腺腫との鑑別に重要である反面,この核所見がどの程度の強さで,何%の細胞に認められれば診断に十分なのか,についてコンセンサスが得られているとは言い難く,病理医の間でも一致率の向上が今後の課題である[]。

図1.

濾胞型乳頭癌。濾胞状に増殖し,乳頭状構造は明らかでない。

濾胞型乳頭癌は,周囲甲状腺組織に浸潤する浸潤性濾胞型乳頭癌と,線維性被膜に完全に覆われた被包性濾胞型乳頭癌とに分類される。近年,被包性濾胞型乳頭癌の生物学的態度について解析が進み,再発・転移をきたす症例がほとんどないことが明らかになった。したがって,被包性濾胞型乳頭癌の治療は外科的切除のみで十分と考えられ,“癌”との病名が過剰診断である,術後放射性ヨード内用療法などのover treatmentを避けるべきという考えから,被包性濾胞型乳頭癌の新たな診断名としてnon-invasive follicular tumor with papillary-like nuclei(NIFTP)が提唱されている。

濾胞型乳頭癌の最も頻度が高い遺伝子異常はRAS遺伝子(NRASHRASKRAS)の点突然変異であり,約半数の症例でみられる。また,PAX8/PPARG遺伝子再構成も一部の症例にみられる。通常型乳頭癌の過半数でみられるBRAF遺伝子の変異は,濾胞型乳頭癌では10%~15%程度と頻度が低く,比較的稀なK601E変異が相対的に多い。これらの知見は,濾胞型乳頭癌が分子遺伝学的に通常型乳頭癌とは異なり,濾胞腺腫/濾胞癌により近い性格を有することを示唆している。

びまん性硬化型乳頭癌 Papillary carcinoma,diffuse sclerosing variant

びまん性硬化型乳頭癌は全乳頭癌の1~2%を占める特殊型である[]。小児から若年成人に好発し,10代から20代で最も多くみられる。また,女性優位に発生する。通常,腫瘍が甲状腺の片葉ないし両葉をびまん性に浸潤しながら増殖するため,びまん性甲状腺腫として認識され,腫瘤形成が明らかでないことが多い。リンパ節転移の頻度が80%~100%と高く,側方リンパ節転移を伴うことも多い。遠隔転移も10~15%と比較的頻度が高く,特に肺への転移が多い。したがって,診断時,進行している症例も少なくないが,比較的予後良好で,死亡率も通常型乳頭癌より低いとされている。

病理組織学的に,腫瘍が甲状腺内でびまん性に浸潤,増殖し,高頻度にリンパ洞内にも浸潤する(図2)。多数の砂粒小体がみられ,しばしば扁平上皮化生を伴う。周囲に膠原線維による硬化性間質がみられる。背景の甲状腺には,リンパ球を主体とする炎症細胞浸潤が目立つ。

図2.

びまん性硬化型乳頭癌。リンパ管内主体に乳頭癌が増殖し,石灰化,扁平上皮化生を伴う。背景には線維化,リンパ球の浸潤をみる。

びまん性硬化型乳頭癌ではRET/PTC遺伝子再構成の頻度が高く,およそ60%の頻度でみられる。RET遺伝子の主要な転座相手はPTC1CCDC6)およびPTC3NCOA4)であるが,びまん性硬化型乳頭癌においてRET/PTC3を有するものはRET/PTC1を有するものと比べ,より難治である可能性が示されている[]。一方,BRAF変異の頻度は一般的低く,0~24%である[,]。また,最近ではALK遺伝子再構成とびまん性硬化型乳頭癌との間で相関が指摘され,今後の更なる症例の蓄積が待たれる[]。

高細胞型乳頭癌 Papillary carcinoma,tall cell variant

高細胞とは,“細胞の背丈が幅の3倍以上”である腫瘍細胞である。この基準を満たす高細胞は通常型乳頭癌でも一部分にみられるが,取扱い規約第7版は“高細胞が腫瘍組織の50%以上を占めるもの”を高細胞型乳頭癌と定義している。高細胞型乳頭癌は,通常型乳頭癌と比べてより侵襲性が高く,高齢の患者に多い,腫瘍径が大きい,甲状腺外進展の頻度が高い,病期が進行した症例が多い,再発率および死亡率が高い,といった臨床的特徴を有している[]。

病理組織学的に,上記基準を満たす高細胞が優位(腫瘍の50%以上)に増殖する(図3)。基本的な組織構築は通常型乳頭癌と同様であるが,乳頭状構造がより密で,細く繊細な間質を伴うことがある。腫瘍内の線維化は一般的に乏しい。通常型乳頭癌と同様に,核溝,核内細胞質封入体がみられるが,すりガラス状核は時として目立たない。細胞境界は明瞭で,好酸性で比較的豊かな細胞質を有する。なお,“高細胞”の割合が全体の50%に満たない,つまり高細胞型乳頭癌の診断基準を満足しない場合でも,高細胞の割合が10%を超えた場合は予後に影響を与えるため,高細胞の割合を病理所見に付記することが望ましいとの意見もある[]。

図3.

高細胞型乳頭癌。背丈/幅が3以上の高細胞が優勢である。

高細胞型乳頭癌の分子遺伝学的特徴として,BRAFTERT promoterの変異頻度が,通常型乳頭癌と比較して高いことが挙げられる。Xingらは,BRAFTERT promoterの両方の変異を有する乳頭癌は予後不良であると報告しており,このような症例の頻度が通常型乳頭癌では7.3%であったのに対し,高細胞型乳頭癌では26.3%であったと報告している[]。高細胞型乳頭癌のaggressiveな生物学的態度を支持する結果であり,興味深い。

充実型乳頭癌 Papillary carcinoma,solid variant

充実型乳頭癌は,充実性シート状の増殖を示す成分が,優位(全体の50%以上)である乳頭癌である。取扱い規約第6版では低分化癌に含まれていたが,第7版では乳頭癌の新たな特殊型として独立した。充実型乳頭癌は乳頭癌全体の1~3%を占め,小児,若年者に多い。当初は電離放射線被曝との関連が指摘され,チェルノブイリ原発事故後の症例で頻度が高いと報告されていた。一方で,被曝の有無に関係なく,ヨード摂取量が少ない地域で頻度が高いとする意見もある[10]。成人に発生する充実型乳頭癌は,通常型乳頭癌と比べ,肺への遠隔転移が多く,死亡率もやや高いと報告されている。一方,チェルノブイリ原発事故後,小児にみられた充実型乳頭癌の予後は良好である。

病理組織学的に,乳頭癌の核所見を有する腫瘍細胞が,線維血管性隔壁を伴って充実状,シート状に増殖する(図4)。部分的に濾胞状構造を伴うことも多い。索状の増殖パターンもとりうるが,壊死や核分裂像の明らかな増加は認めない。

図4.

充実型乳頭癌。充実性,シート状の増殖を示す。

本腫瘍の組織診断に際しては,予後不良な低分化癌との鑑別が重要である。充実状,索状の構造が優位な点で両者は共通しているが,低分化癌でみられる凝固壊死,核分裂像の増加は充実型乳頭癌では認められない。また,充実型乳頭癌は核溝,すりガラス状核,核内細胞質封入体など乳頭癌に特徴的な核所見を伴う点も鑑別点である。低分化癌は増殖能が高く,p53変異の頻度が比較的高いことから,Ki67(MIB-1)やp53に対する免疫染色も有用な補助診断となりうる。

小児・若年者に発生する充実型乳頭癌は,RET/PTC遺伝子再構成,特にRET/PTC3の頻度が高い[1112]。全体としてBRAF遺伝子の変異の頻度は低いが,一部の症例でV600E以外の稀な変異が報告されている[13]。

篩型乳頭癌 Papillary carcinoma,cribriform variant

篩型乳頭癌は,乳頭癌全体の0.5%未満を占める稀なvariantである。取扱い規約第6版では篩(・モルラ)型として記載されていた。取扱い規約第7版,WHO分類(2004)ともに乳頭癌の特殊型と位置づけているが,乳頭癌とは独立した組織型とする意見もある。

本型には,家族性に発生するものと散発性に発生するものが知られている。家族性では,家族性大腸ポリポーシス(familial adenomatous polyposis:FAP)もしくはGardner症候群の一部分症としてみられ,典型的には若年女性の甲状腺内に多発する。家族性大腸ポリポーシスの初発症状として本腫瘍がみつかることも多く,家族歴が明らかでない場合は診断確定後に大腸内視鏡検査,APC遺伝子検査が推奨される。リンパ節転移は10%~20%にみられる。通常予後良好であるが,低分化癌への進展が一部の症例で報告されている[14]。

病理組織学的に,周囲と境界明瞭な結節を形成し,被包化されていることも多い。立方状ないし円柱状の腫瘍細胞が,篩状,乳頭状,充実状などの多彩な構造をとって増殖する(図5)。濾胞状構造も呈するが,内腔にコロイドを伴うことは稀である。桑実化生morulaは本腫瘍に特徴的な構造で,多くの症例でみられる。免疫組織化学的に,β-cateninの核内異常集積,エストロゲン受容体,プロゲステロン受容体の発現を認める。

図5.

篩型乳頭癌。

家族性大腸ポリポーシスを背景とした家族性の症例では,癌抑制遺伝子であるAPCの不活性化変異が胚細胞性にみられる。散発性に発生した症例は,APCの不活性化変異ほか,β-cateninをコードするCTNNB1,PI3KをコードするPIK3CAの活性化変異を体細胞性に有する[1516]。BRAFの変異は報告されていない。

おわりに

乳頭癌は病理学的に特徴的な核所見をもって定義されるが,組織構築,細胞形態により多彩な特殊型が存在し,特徴的な臨床像を呈する。本稿では,これら乳頭癌特殊型について,臨床像,病理組織所見,遺伝子異常を概説した。

【文 献】
 

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