2016 年 33 巻 2 号 p. 83-87
甲状腺癌取扱い規約第7版の細胞診報告様式は,すでに国際基準となっているThe Bethesda System for Reporting Thyroid Cytopathology:BSRTCを採用しているが,本邦の状況に合わせて一部改変されている。判定区分は検体不適正,囊胞液,良性,意義不明,濾胞性腫瘍,悪性の疑い,悪性の7区分に分類され,各々に該当する所見および標本・疾患,頻度,精度管理などが記載されている。
現在,甲状腺細胞診の報告様式としては,甲状腺癌取扱い規約第6版(2005年)に記載された報告様式が定着している[1]。これは1996年に米国病理学会のパパニコロウ・ソサエティーにより提唱された甲状腺細胞診ガイドラインをもとに検討されたものである[2]。それからほぼ10年が経過し,甲状腺癌取扱い規約第7版が刊行された[3]。第7版の新報告様式では,すでに甲状腺細胞診報告様式の国際基準となっているThe Bethesda System for Reporting Thyroid Cytopathology:BSRTC[4~7]を採用しているが,本邦の状況に合わせて一部改変されている。
細胞診の報告書は判定区分とその所見より構成される(表1)。まず,標本が不適正か,適正かを判断し,不適正の場合には診断は行わず,その理由を記載する。適正の場合には,判定区分,判定の根拠となった細胞所見および推定される病変を可能な限り具体的に記載する。判定区分は検体不適正,囊胞液,良性,意義不明,濾胞性腫瘍,悪性の疑い,悪性の7区分に分類する。また,画像所見との整合性を考慮して診断することが望ましい。
甲状腺細胞診の判定区分と該当する所見および標本・疾患
標本作製不良(乾燥,変性,固定不良,末梢血混入,塗抹不良など)のため,あるいは病変を推定するに足る細胞ないし成分(10個程度の濾胞上皮細胞からなる集塊が6個以上,豊富なコロイド,異型細胞,炎症細胞など)が採取されていないため細胞診断ができない標本を指す(表2)(図1,2)。検体不適正とした標本は,その理由を明記する(例;細胞少数,細胞の乾燥や変性,末梢血混入,塗抹不良など)。囊胞を示唆する組織球,血液,筋肉,線毛細胞などは判定基準の対象にならない。本区分では再検が望ましい。
検体の適正・不適正の基準
検体不適正。乾燥変性が強く,細胞診断は困難である。
検体不適正。血液のみで,濾胞上皮細胞やコロイドはみられない。
本区分が占める割合は細胞診検査総数の10%以下が望ましい。10%を超える場合は採取方法,標本作製方法についての検討が必要である。
2)囊胞液(Cyst Fluid)囊胞液で,コロイドや濾胞上皮細胞を含まない標本を指す(図3)。本区分のほとんどは良性の囊胞である。稀に囊胞形成性の乳頭癌が含まれることがあるため,定期的な経過観察が望ましい。画像上,囊胞内に充実部がある場合は,充実部からの再検が望ましい。
囊胞液。多数の泡沫細胞がみられる。濾胞上皮細胞はみられない。(LBC標本)
悪性細胞を認めない標本を指す。本区分には正常甲状腺,腺腫様甲状腺腫(図4),甲状腺炎(急性,亜急性,慢性,リーデル),バセドウ病などが含まれる。
良性(腺腫様甲状腺腫)。大小不同の濾胞がみられる。
細胞学的に良性・悪性の鑑別が困難な標本を指す(図5)。他の区分に該当しない標本,診断に苦慮する標本も含まれる。濾胞性腫瘍および好酸性細胞型濾胞性腫瘍を推定する標本は除く。具体的には,乳頭癌の可能性がある(乳頭癌を示唆する細胞が少数,腺腫様甲状腺腫と乳頭癌の鑑別が困難,濾胞性腫瘍と乳頭癌の鑑別が困難,橋本病と乳頭癌の鑑別が困難),特定が困難な異型細胞が少数,腺腫様甲状腺腫と濾胞性腫瘍の鑑別が困難,橋本病と悪性リンパ腫との鑑別が困難,などが含まれる。本区分では再検が望ましい。
意義不明:核腫大,核変形,核小体などがみられる上皮性細胞が出現している。良性・悪性の区別が難しい。
意義不明が占める割合は,検体適正症例の10%以下が望ましい。この数値から明らかに逸脱するときは細胞診断に関する検討が必要である。
5)濾胞性腫瘍(Follicular Neoplasm)濾胞腺腫または濾胞癌が推定される,あるいは疑われる標本を指す(図6)。好酸性細胞型や異型腺腫を推定する標本も含まれる。本区分の多くは濾胞腺腫,濾胞癌であるが,腺腫様甲状腺腫,乳頭癌,副甲状腺腺腫のこともある。再検により他の区分に変わる可能性は低い。
濾胞性腫瘍。立体的な小濾胞状配列がみられる。乳頭癌に特徴的な核所見はみられない。
濾胞性腫瘍が占める割合は,検体適正症例の10%以下が望ましい。この数値から明らかに逸脱するときは細胞診断に関する検討が必要である。
6)悪性の疑い(Suspicious for Malignancy)悪性と思われる細胞が少数または所見が不十分なため,悪性と断定できない標本を指す。本区分には種々の悪性腫瘍が含まれるが,その多くは乳頭癌である(図7)。「濾胞癌の疑い」という診断名は用いない。乳頭癌を疑うが濾胞性腫瘍が否定できない標本も含まれる。なお,その他に本区分に含まれる可能性があるものとしては硝子化索状腫瘍,異型腺腫,腺腫様甲状腺腫,橋本病などがある。
悪性の疑い(乳頭癌の疑い)。核内細胞質封入体,核形不整,核の溝などがみられ乳頭癌が疑われるが,乾燥変性しており,断定はできない。
悪性の疑いは,その後の組織学的検索で本区分の80%以上が悪性であることが望ましい。この数値から明らかに逸脱するときは細胞診断に関する検討が必要である。
7)悪性(Malignant)悪性細胞を認める標本を指す。本区分には乳頭癌(図8),低分化癌,未分化癌,髄様癌,悪性リンパ腫,転移癌などが含まれる。
悪性(乳頭癌)。乳頭癌に特徴的なすりガラス状クロマチン,核内細胞質封入体,核の溝,核形不整などがみられる。
新報告様式はBSRTCを採用しているが,病変の頻度,社会的背景,治療方針の違いなどから,BSRTCをそのまま本邦に導入するには問題があり,多少修正を加えている。
1)区分の名称BSRTCにおける「意義不明な異型Atypia of Undetermined Significance;AUSまたは意義不明な濾胞性病変Follicular Lesion of Undetermined Significance;FLUS」,「濾胞性腫瘍Folicullar Neoplasm;FNまたは濾胞性腫瘍の疑いSuspicious for Folicullar Neoplasm;SFN」は,本規約では名称をより短縮して,かつ馴染みやすくし,それぞれ「意義不明Undetermined Significance」,「濾胞性腫瘍Follicular Neoplasm」と称した。
2)泡沫細胞のみみられる囊胞液BSRTCでは,泡沫細胞のみみられる囊胞液は,囊胞形成性乳頭癌の可能性が否定できないとして「検体不適正」に区分されている。本規約では,そのような症例の悪性の危険度は「検体不適正」よりも低く,「良性」とほぼ同様であることから[8],適正と判断し,「囊胞液」として独立した区分で報告する。
3)濾胞性腫瘍の判定基準BSRTCでは,15個以下の細胞集塊で,構成細胞の少なくとも2/3が円周状に配列するものを小濾胞状配列と定義し,結合性が乏しく,細胞密度が高く,重積性があり,集塊の大きさが均一で,さらに採取細胞量が多い場合を「濾胞性腫瘍または濾胞性腫瘍の疑い」に区分し,これらの条件を満たさない場合は「意義不明な濾胞性病変/意義不明な濾胞性病変」に区分している。本規約では,上記のすべての条件を満たしていない場合でも,濾胞性腫瘍が推測できる場合は「濾胞性腫瘍」に区分する。
4)濾胞性腫瘍と濾胞型乳頭癌の区別が困難な標本BSRTCでは,「濾胞性腫瘍または濾胞性腫瘍の疑い」あるいは「悪性の疑い」に区分され,切除が推奨されている。本規約では,濾胞性腫瘍を考えるが濾胞型乳頭癌が否定できない場合は「濾胞性腫瘍」とし,濾胞型乳頭癌を考えるが濾胞性腫瘍が否定できない場合は「悪性の疑い」,どちらとも言えない場合は「意義不明」に区分する。
5)悪性の危険度と推奨する臨床的対応BSRTCでは,悪性の危険度と推奨する臨床的対応が記載されている。しかし,本邦と欧米では各腫瘍の頻度,切除の適応,社会的状況が異なる。たとえば,濾胞性腫瘍の場合,BSRTCでは診断のために切除が推奨されているが,本邦では他の検査を加味して切除の適応が考慮される。また,悪性の場合,BSRTCでは切除とされているが,本邦では低リスク微小癌例では経過観察も選択肢の一つである[9]。したがって,BSRTCの基準をそのまま本邦の報告様式に導入することできず,本規約では,悪性の危険度と推奨する臨床的対応には言及していない。
過去から現在まで,国内外,更には甲状腺外臓器を含めると多様な細胞診報告様式が提案されているが,甲状腺細胞診においては診断内容および精度の統一化のために甲状腺癌取扱い規約第7版の報告様式を是非採用していただきたい。なお,国際的にはベセスダシステムが標準となっていることから,取扱い規約の「検体不適正」と「囊胞液」を一括して「検体不適正」とすることにより,英文報告に対応可能となる(表3)。
細胞診報告様式の比較