日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
内視鏡下甲状腺良性腫瘍切除術における保険収載後の課題と展望
佐々木 章大塚 幸喜新田 浩幸肥田 圭介水野 大栗原 英夫
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2016 年 33 巻 4 号 p. 219-222

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抄録

臨床確認試験,高度医療,先進医療Aで長期間行われてきた甲状腺良性疾患に対する内視鏡下甲状腺部分切除,腫瘍摘出術と内視鏡下バセドウ甲状腺全摘(亜全摘)術が,2016年4月にようやく保険収載された。本術式を先進医療で実施してきた施設が中心となって,関連学会などから「安全な手術導入のための内視鏡下甲状腺手術の見解」などを示し,本術式を安全に普及する体制を構築することが今後の課題である。また,手術費料では,内視鏡補助下甲状腺切除術よりも手術器具代が高価である完全内視鏡下甲状腺切除術を考慮した診療報酬点数の改定も,本術式の普及には必須と考える。今後の展望としては,完全内視鏡下および内視鏡補助下甲状腺切除術のそれぞれの利点を,患者,医療従事者と社会に周知していくことが本術式の発展に重要と考える。

はじめに

著者らは,1998年8月から甲状腺良性結節に対して乳房アプローチ法による完全内視鏡下甲状腺切除術を導入[],本術式を応用して,1998年11月にはバセドウ病に対する内視鏡下甲状腺亜全摘術を開始した[]。その後当科では,2007年からは臨床確認試験(厚生労働科学研究補助金),2010年からは高度医療で本手術を継続し,手技の工夫と良好な成績を報告してきた[11]。2014年には日本内分泌外科学会と日本甲状腺外科学会合同の内視鏡下甲状腺手術ワーキンググループが設立され,先進医療A(未承認,適応外の医薬品,医療機器の使用を伴わない医療技術)で本術式のデータを集積し,保険収載を目指した取り組みが進められた。ワーキンググループによる2年間の臨床研究の結果,内視鏡下甲状腺部分切除,腺腫摘出術と内視鏡下バセドウ甲状腺全摘(亜全摘)術が,2016年4月にようやく保険収載された。今回,内視鏡下甲状腺良性腫瘍切除術における保険収載後の課題と展望について報告する。

平成28年度診療報酬点数の改定

第60回日本臨床外科学会総会(1998年)で故 大上正裕先生が「甲状腺疾患に対する新しい外科手術―前胸部アプローチによる内視鏡下甲状腺切除術(世界初)」を発表した。その衝撃的な発表から18年が経過したが,平成28年度診療報酬点数が改定され,内視鏡下甲状腺部分切除,腺腫摘出術と内視鏡下バセドウ甲状腺全摘(亜全摘)術が,保険収載された(図1)。

図 1 .

平成28年度診療報酬点数の改定

施設条件としては,1)外科,頭頸部外科,耳鼻咽喉科または内分泌外科を標榜している病院であること,2)外科,頭頸部外科,耳鼻咽喉科または内分泌外科について10年以上および区分番号「K461-2」,「K462-2」および「K464-2」の手術を術者として合わせて5例以上実施した経験を有している常勤の医師が1名以上配置されていること,3)緊急手術体制が整備されていることが付記された。近年の新規保健収載術式よりも施設・術者基準が緩和されたが,完全内視鏡下甲状腺切除術では,一般的な内視鏡外科手術の経験が必須である。

完全内視鏡下甲状腺切除術の適応

甲状腺良性疾患に対する内視鏡下手術の適応は,従来の開創手術と差はない。良性腫瘍では,有症状で頸部外観に変化を生じている大きな甲状腺腫,穿刺吸引細胞診で良性から境界領域の単発性結節性甲状腺腫を適応としている。腫瘍径が5cm以上では手術難度が高くなり,手術時間の延長が懸念されるが,囊胞性病変では腫瘍径7cm未満,充実性病変では腫瘍径5cm未満で,腫瘍の下極が触知できる患者を手術適応としている。

バセドウ病では,副作用のため抗甲状腺薬が使用できずアイソトープ療法を希望しない,甲状腺腫が大きく抗甲状腺薬では難治な患者などである。これらの患者に対して内視鏡下手術を希望した場合に限って,十分なインフォームド・コンセントを行い施行している。手術成績を検討した結果,本術式の安全な適応は,CTによる推定甲状腺重量が60g未満の患者である。甲状腺重量60g以上の患者では手術難度が高く,手術時間延長と出血量増加に注意が必要であるが,甲状腺重量100g未満の患者には本術式を安全に実施できている[11]。当科では,1998年8月から2016年4月までの期間に,甲状腺良性腫瘍85例,バセドウ病69例に対して内視鏡下甲状腺切除術を経験した(表1)。

表 1 .

内視鏡下甲状腺切除術の患者背景(1998年8月~2016年4月)

手術手技の概要と課題

現在,色々なアプローチによる内視鏡下甲状腺手術が施行されている。1998年に清水らが報告した内視鏡補助下頸部手術(Video-assisted neck surgery, VANS)は,前胸部鎖骨下外側からのアプローチで,皮弁を吊り上げて手術操作腔を作成する方法である[12]。この術式は,頸部切開法と同じ手術器具が使用可能で,内視鏡外科手術の経験が少ない内分泌外科医が導入し易い術式であることから,現在国内で最も普及している。

これに対して,著者らが施行している完全内視鏡下甲状腺手術は開創手術とは異なり,前胸部から頸部に手術操作腔を作成する必要があり,また,手術操作では内視鏡手術器具を使用することから,内視鏡外科手術と甲状腺手術に熟練した術者が行うべき方法である。完全内視鏡下甲状腺手術は,VANSよりも手術難度が高いので,手技のコツとピットフォールを理解することが重要である。乳房アプローチ法による内視鏡下甲状腺切除術では,前胸部から頸部に手術操作腔を作成後にCO2送気が必要であり(図2),手術視野は甲状腺下方から見上げる形となり,開創手術に比べて視軸と操作軸のなす角度は大幅に小さくなるので,安全に手術を行うためには手技のトレーニングが重要となる。

図 2 .

完全内視鏡下甲状腺切除術の手術風景

また,本術式ではトロッカー3本,超音波凝固切開装置,クリップ,バイポーラ凝固鉗子などの内視鏡手術器具が必要であり,VANSよりもコストがかかる点も問題である。岩手医科大学外科では先進医療A(295,810円)で完全内視鏡下甲状腺手術を実施していたが,今回の保険収載により,内視鏡下甲状腺部分切除術(片葉)で-118,710円,内視鏡下バセドウ甲状腺全摘(亜全摘術)で-43,710円となり,病院経営の面でも問題である。手術費料では,VANSよりも手術器具代が高価である完全内視鏡下手術を考慮した診療報酬点数の改定も,本術式の普及には必須と考える。

内視鏡下甲状腺手術の安全な実施と今後の普及を目指して

内視鏡下甲状腺手術の普及を目指して,患者に安全で安心な手術を受けていただく取り組みが重要な課題である。2014年4月に保険収載された高度肥満症に対する腹腔鏡下スリーブ状胃切除術を例にすると,診療報酬点数での手術料が低く,施設・術者の条件が厳しく設定されたために,2014年に実施された症例数は179件と普及していない。この結果は,患者と内科医に肥満外科手術の効果や利点の周知がまだ足りないこと,手術リスクが高いこと,収益面での問題などと考える。日本肥満症治療学会では,肥満外科手術認定制度委員会が中心となって,学会として患者さんたちが安心して肥満外科治療が受けられる施設をホームページ上で公開している[13]。肥満外科手術実施施設の認定基準としては,1)卓越性に対する施設の義務,2)手術経験と件数,3)指定された医療責任者の設置,4)ACLSまたは同等の生命維持に関する資格を持つ医師の存在,5)肥満外科手術に必要な設備と器具,6)肥満外科治療に専念する外科医の存在,7)クリニカルパスと標準化された手術術式,8)チーム医療であること,9)患者サポートグループ,10)レジストリー登録で評価された。内視鏡下甲状腺手術も容易な手術ではないので,本術式を先進医療で実施してきたワーキンググループが中心となって,関連学会などから「安全な手術導入のための内視鏡下甲状腺手術の見解」などを示し,本術式を安全に普及する体制を構築するべきである(図3)。

図 3 .

内視鏡下甲状腺手術における今後の課題と展望

おわりに

内視鏡下甲状腺手術における今後の課題と展望をまとめると,第1目標としては患者に安全な手術を提供することを目指して,ワーキンググループへの施設見学と手術指導,本術式の効果と利点について患者,医療従事者と社会へ周知することが優先事項である。そして,本術式を普及させるためには,医療技術再評価提案書による完全内視鏡下甲状腺切除術の点数見直しが重要と考える。

【文 献】
 

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