日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状軟骨形成術Ⅰ型
梅野 博仁
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2016 年 33 巻 4 号 p. 228-232

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抄録

甲状腺手術後の一側反回神経麻痺に対する音声改善手術として,声帯内注入術と同様に甲状軟骨形成術Ⅰ型は世界で広く行われている。甲状軟骨形成術Ⅰ型は喉頭枠組み手術の中の一つで,患側声帯の部位に一致した甲状軟骨部を開窓し,同部に外からインプラント材料をフランジとして充填し声帯を内方に移動させる術式である。使用するフランジは施設で異なるが,シリコンブロック,ポリテトラフルオロエチレン(ゴアテックス®),ハイドロキシアパタイト,チタンプレートなどが使用されている。患者の喉頭形状は個人差が大きく,われわれは患者の単純喉頭CT検査から得たDICOMデータを利用し,個人の喉頭に合致した適切なフランジの形状作製に取り組んでいる。この取り組みがⅠ型の治療成績の向上に繫がることを期待している。

I.はじめに

現在行われている主な喉頭枠組み手術は甲状軟骨形成術Ⅰ型,Ⅱ型,Ⅲ型,Ⅳ型と披裂軟骨内転術であり,これらの手術手技は音声外科手術の一領域として一色らが確立し体系付けた[,]。本稿では甲状腺手術後の一側性反回神経麻痺による声門閉鎖不全に対して,主として音声改善を目的に施行される甲状軟骨形成術Ⅰ型について解説を行い,Ⅰ型の将来展望についても述べる。

II.甲状軟骨形成術I型(I型と省略)

患側声帯の部位に一致した甲状軟骨の一部を開窓した後,同部にインプラント材料をフランジとして充填し声帯を内方に移動させる術式である。Ⅰ型は1974年にIsshiki, et al[]によって報告され,世界に広く普及した。一般的にⅠ型は発声時に両側声帯上縁が同じ高さに位置する声帯レベル差がない症例がよい適応とされており,局所麻酔で術中に患者の音声改善を確認しながら施行する場合が多い。Ⅰ型の声帯内方移動による気息性嗄声の改善効果は数多く報告されてきた。しかし,声帯を内方移動させる発想自体は古くから存在した。1915年にはすでにPayr[]が甲状軟骨にU字型切開を行って内側に押し込む声帯内方移動術を報告している。1952年にはMeurman[]が声帯を内方移動させるため肋軟骨を甲状軟骨内面と内軟骨膜の間に挿入する手技を報告し,本邦では1968年にSawashima, et al[]が甲状軟骨翼上端から採取した軟骨片を甲状軟骨正中より甲状軟骨内軟骨膜下に挿入する手技を報告している。患側声帯部位に一致した甲状軟骨部の開窓と同部へのフランジ充填による声帯内方移動という斬新な発想であるⅠ型の報告以降,喉頭内に充填するフランジの材料と挿入方法の面で工夫と改善が繰り返されてきた。Isshiki, et al[]は術式の発表当初は,甲状軟骨の一部を利用した。現在は種々の施設でシリコンブロック,ポリテトラフルオロエチレン(ゴアテックス®),ハイドロキシアパタイト,チタンプレートなどが使用されている。様々な物質が使用されるのは,各々利点と欠点があるためである。薄い甲状軟骨の一部を軟部組織内に充填するだけでは,声帯を十分に内方移動させるボリュームが得られない場合が多い。また,シリコンブロックは切離が容易で,手術中にフランジ形状をトリミングしやすいが,液体シリコンではヒト・アジュバント病発症の可能性があり,固形シリコンも慎重に使用されている。ゴアテックス®は喉頭内に充填しやすく組織親和性も高いが,充填後にどの様な形状で声帯を内方移動させているのかが不明瞭である。実際に,佐藤ら[]はゴアテックスとシリコンによるⅠ型の治療成績を比較し,シリコンブロックを用いた方が術後の治療成績が良好であったと報告している。ハイドロキシアパタイトも組織親和性は高いが,材質が硬く,術中のトリミングは容易ではない。平野ら[]は事前にトリミングしたハイドロキシアパタイトを用意し,その治療成績を報告している。チタンプレート[]は組織親和性が高く術中に形状をトリミングできるが高価である。このように,フランジの材料にはそれぞれ利点と欠点があり,フランジに何を用いるかは施設によって異なるのが現状である。

III.I型の治療成績向上への試み

Ⅰ型の治療成績向上に影響する因子として,フランジ材料の選択も大切であるが,最も重要な因子は異なる個々の喉頭形状に応じたフランジの形状である。患者の喉頭形状は性差・体格差に加えて甲状軟骨板が成す傾斜角度や甲状軟骨板の厚さなど個人差が大きい。これがⅠ型の治療成績が安定しない理由と考えている。そこで,われわれは患者の単純喉頭CT検査から得たDICOMデータを利用し,個人の喉頭に合致した適切なフランジの形状作製に取り組んでいる。3D-CTで作成した喉頭モデルに麻痺側声帯レベルでフランジを挿入したデザインを図1]を示す。フランジを挿入する声帯レベルの喉頭をほぼ実物大で市販の3Dプリンターを用いて出力し,手術中にその喉頭像を参考にしながらシリコンブロックでフランジを作成する試みを行っている。実際の反回神経麻痺症例における3Dプリンターで出力された声帯レベルの喉頭像を図2]に示す。この取り組みによって,より精度の高い音声改善効果が得られるものと考え,臨床に取り入れている。

図1.

3D-CTで作成した喉頭モデルに麻痺側声帯レベルでフランジを挿入したデザイン(文献より引用)(協力:マテリアライズジャパン株式会社)

図2.

3Dプリンターで出力された声帯レベルの喉頭像を示す。喉頭内腔の正中線ならびに甲状軟骨の傾斜を点線矢印で示し,左右の甲状軟骨の厚さを両矢印で示す。(文献より引用改変した)

また,Ⅰ型と並んで声門閉鎖不全の改善を目的に行う喉頭枠組み手術の一つに披裂軟骨内転術(内転術と省略)がある。内転術は披裂軟骨の筋突起にナイロン糸をかけ,披裂軟骨自体を内転させて声帯を内転させる術式で,1977年に一色[]によって報告された。内転術は一側声帯麻痺でも,発声時の後部声門間隙が大きな症例や発声時の左右声帯上面の位置に差がある(レベル差のある)症例がよい適応となる。このような症例の多くは声帯萎縮による声帯弓状変化も伴うので,内転術とⅠ型を同時に施行する場合が多い。甲状腺手術後の反回神経麻痺では発声時の後部声門間隙が大きな症例やレベル差を認める症例は少ないため,Ⅰ型や声帯内注入術を単独で施行する場合が多い。ところで,発声時にレベル差があり,後部声門間隙が大きい症例では,披裂軟骨内転術を施行することなくⅠ型のみでの十分な音声改善は難しいのだろうか。最近,Benninger, et al[10]は発声時の声帯レベル差や広い後部声門間隙を認める症例でも声帯後方まで内方移動させれば,良好な治療成績が得られることを報告している。著者らも発声時のレベル差を伴った広い後部声門間隙を認める症例に対し,Ⅰ型のみでの十分な音声改善を得る試みを行っている。実際に出力した喉頭モデル(図2)[]と喉頭モデルを参考に作製したシリコン製のフランジ(図3)[]と喉頭内に充填する前と後の写真を図4]に示す。この喉頭モデルは実際の喉頭のほぼ原寸大である。喉頭内腔の正中線ならびに甲状軟骨の傾斜を点線矢印で示し,左右の甲状軟骨の厚さを図2]に両矢印で示すと,左右の甲状軟骨の形態差が大きいことが分かる。このような症例では,喉頭モデルを使った術中のフランジ形状のデザインに有用であった。出力した喉頭モデルを参考として手術中にシリコン製のフランジを作成使用した症例の手術前後の喉頭ファイバースコープ所見を図5に示す。術前に麻痺側である左声帯は弓状に萎縮していたが,術後は弓状変化は改善した。また,術前発声時に大きな声門間隙を認めたが,術後は発声時声門間隙はほとんど消失した。この症例では最長発声持続時間は術前5.4秒から術後12.2秒に延長し,発声時平均呼気流率は術前458ml/sから術後149ml/sに減少した。しかし,大きなフランジを喉頭内に挿入すると患者が喉の違和感を訴える場合があり,必ずしも手術操作は容易とはいえない。また,術中に甲状軟骨内軟骨膜を温存すると大きなフランジ挿入が難しくなるという問題もある。Ⅱ型と声帯内注入術による音声改善効果は同等であるが,術後音声の改善度にばらつきが生じやすいのは声帯内注入術よりもⅠ型に多い傾向がある[11]。Ⅰ型の手術手技自体は決して難しい手術ではないが,術後音声改善の精度を一定に保つのは難しい。そのため,今後は患者個々の喉頭に合致したオーダーメイドのフランジ形状作製によるⅠ型の音声改善精度を上げる工夫が必要であると考えている。

図3.

喉頭モデルを参考に作製したシリコン製のフランジを側方a),上方b)から見た写真を示す。(文献より引用)

図4.

左側喉頭内にシリコン製のフランジを充填する前と後の術中写真を示す。(文献より引用)

図5.

手術前後の喉頭ファイバースコープによる声門像を示す。

IV.甲状腺手術後の反回神経麻痺に対する音声改善手術の選択

甲状腺手術後の反回神経麻痺は発声時の後部声門間隙が大きな症例やレベル差のある症例は少ない。そのため,音声改善を目的とする手術は音声改善効果が同等と考えられている[11]声帯内注入術またはⅠ型を行う場合が多い。著者の施設では1992年10月から2010年8月までの間,甲状腺手術後の一側反回神経麻痺51例に対して声帯内脂肪注入術を42例(82.4%),Ⅰ型を9例(17.6%)に施行した。声帯内脂肪注入を施行した症例が多かった理由は甲状腺手術を受けた対象に女性が多く,整容面からⅠ型による新たな頸部外切開創を作りたくない患者が多く,皮膚切開を要せず,侵襲が小さい声帯内注入術を希望する患者が多かったからと考えている。

V.おわりに

1.甲状軟骨形成術Ⅰ型の術式,歴史,手術適応,手術後の音声改善効果について解説を行った。

2.Ⅰ型ではDICOMデータによる3Dプリンターの応用など,個人の喉頭形状に合致したオーダーメイドのインプラント作成による手術精度の向上が期待される。

3.甲状腺手術後の一側反回神経麻痺に対する音声改善術はⅠ型より声帯内脂肪注入術を受けた患者の方が多かった。

【文 献】
 

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