日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
披裂軟骨内転術と外来で行う声帯内注入術
渡嘉敷 亮二
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2016 年 33 巻 4 号 p. 239-243

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抄録

反回神経麻痺に対する手術治療にはいくつかの方法があるが,最も確実に良い声が得られるのは披裂軟骨内転術であり当院での術後音声改善率は100%である。本手術は1週間程度の入院を必要とし,頸部外切により喉頭内腔にアプローチする。一方で,末期がんや高齢による体力低下など様々な理由で入院手術や頸部外切開の侵襲に耐えられない患者がいる。これらの患者に対して当院では日帰りでの声帯内注入術を行っている。術後の音声改善度は披裂軟骨内転術に及ばないが,短時間で低侵襲に行える治療であり,患者のQOL向上に寄与できる。

はじめに

当院では反回神経麻痺による嗄声に対して基本的には①披裂軟骨内転術,②声帯内注入術の二つの手術で対応している。①の披裂軟骨内転術は反回神経麻痺に対する音声改善手術の中で最も確実に良い声が得られる方法であり,当院での声の改善率は100%である[]。しかしながら他の術式に比べると手技がやや困難,気道合併症のリスクがやや高い,入院が必要などの問題がある。

一方で②の声帯内注入術は当院では外来での日帰り手術で行っており,披裂軟骨内転術における前述の問題が危惧される患者に対しても安全かつ簡便に行うことができる。しかしながら,音声改善効果が披裂軟骨内転術に比べて不確実である,効果が永続的でない,などの欠点がある。以下にこれら二つの手術手技についてその詳細を述べる。

披裂軟骨内転術

声帯は吸気時に開き(外転)発声時に閉じる(内転)。発声時には閉じた声帯の隙間を呼気が通過することにより声帯が振動する。この声帯の内転外転運動を行うのが披裂軟骨である。反回神経麻痺による嗄声を改善させるための手術は麻痺声帯を発声時の位置(正中)に移動させ声帯をぴたりと閉じさせることを目的としている。

麻痺した声帯は発声時に健側の声帯にはじかれ受動的に外側上方へ変位する[](図1a)。注入術や甲状軟骨形成術1型で声帯を内方に押すと声帯は正中方向へ移動するが,この披裂軟骨の外側への受動運動は解消されない[]。すなわち,これらの手術では術後にも発声時に声帯後方で上下のレベル差が生じ発声時に呼気が漏れてしまう[]。このため注入術や甲状軟骨形成術単独では声の改善が不十分な例がある。

図 1 .

3DCTで輪状軟骨の上に披裂軟骨を描出している。左声帯麻痺を上から見ている。

a)術前:左の披裂軟骨は発声時に外側上方に受動的に変位している。

b)術後:左披裂軟骨は内転し,健側である右の声帯と全く同様の位置にいるのがわかる。白色のものは1型で用いたゴアテックス。

委縮した声帯の質量(厚み)を再現する。

披裂軟骨内転術は「発声時における声帯の生理的内転を再現する」手術であるためその効果は確実である(図1b)。筆者は入院手術が可能な患者には披裂軟骨内転術を第一選択としている。

反回神経麻痺は同時に声帯筋の麻痺を伴うため,披裂軟骨内転術と同時に麻痺した声帯筋の厚みを再現するための甲状軟骨形成術1型を併用することが多い(図1a)。最近では神経筋弁移植術を併用することで声帯の厚みを再現する方法も報告され,きわめて良好な結果が得られている。これらの手術の詳細については本特集の別稿「甲状軟骨形成術」「神経筋弁植術」を参照されたい。

1.手術手技

手術は原則として局所麻酔下に行う。これは手術中に患者の声を聴きながら調節するためである。甲状軟骨正中よりやや下方に4~5cmの横切開を入れ前頸筋群を切除または圧排し甲状軟骨側面を露出させる。ドリルを用いて甲状軟骨に開窓する。後方の窓は披裂軟骨に到達するためのもので,前方の穴は声帯のボリュームを再現するための甲状軟骨形成術1型のために用いる(図2)。神経筋弁移植の際は前方の窓を大きめに開窓する。後方の窓より披裂軟骨に到達し披裂軟骨に糸をかけ前下方に牽引し輪状軟骨に固定する(図2)。糸の牽引方向は声帯(披裂軟骨)を内転させる主要筋である外側輪状披裂筋の収縮方向であり,糸の付着部はその起始停止部(披裂軟骨・輪状軟骨)と一致している。

図 2 .

手術アプローチのシェーマ。甲状軟骨左側面を見ている。

後方の窓は披裂軟骨へのアプローチ,前方の窓は甲状軟骨形成術1型のための窓である。本術式の特徴は①喉頭の枠組みを破壊しないこと,②披裂軟骨を生理的に内転させる外側輪状披裂筋の収縮方向に糸を牽引することである。

手術中に患者の声を聴きながら披裂軟骨の内転の程度や,甲状軟骨形成術1型での声帯の押し加減を決定する。手術時間は約2時間から2時間半であるが,声の調節に手間取る場合や頸部手術後の瘢痕が強い例などでは3時間を超えることもある。手術の詳細は文献[]を参照されたい。

2.手術成績と合併症

筆者が過去に東京医大病院で行った手術では声の改善率は100%である(図3)。統計上は1秒しか出ない声が3秒になっても改善と判断されるが実際には3秒の声では患者の満足は得られない。披裂軟骨内転術ではほとんどの例で術後の音声機能検査上も正常またはそれに近い声を獲得することができる。

図 3 .

手術前後の平均呼気流率(MFR:mean air flow rate)

MFRは1秒間に声帯を通過する呼気量で正常値は200(ml/sec)以下である。反回神経麻痺の患者は肺の手術後で肺活量が低下している例もあるため,発声持続時間よりもMFRのほうが声門閉鎖の程度を正確に反映する。全例で改善がみられている。

術後合併症として最も危惧すべきは喉頭浮腫による呼吸困難である。理論上は吸気時の声帯の開きは半分になるので本特集で述べられているすべての音声改善手術に起こり得る合併症である。しかしながら他の手術に比べて喉頭内腔の操作範囲が広いためその割合は高いかもしれない。呼吸困難が生じた場合は気管切開を行うか,気管内挿管の後浮腫が引くのを待って抜管する。当院では2015年の時点で気管切開を要した例は128例中2例(1.6%)である。ちなみにメイヨークリニックの報告では内転術で気管切開を要する割合は6.8%である[]。

外来で行う声帯内注入術

声帯内注入術はわが国では全身麻酔下に行われることが多く入院も必要である。筆者は入院治療に耐えうる患者には基本的に前述の披裂軟骨内転術を勧めている。その理由は前項で述べたように改善率が100%であり術後の声もほぼ正常レベルまで改善するためである。しかしながら反回神経麻痺患者の中には全身状態が良くないなど何らかの理由で入院手術に耐えられないあるいは入院を望まない患者もいる。披裂軟骨内転術は局所麻酔で行い頸部の切開が必要なため,このことを理由に手術を躊躇する患者もいる。そのような患者に対しては外来で手軽に低侵襲に行える手術が必要であるが,本特集で取り上げられている手術はすべて入院手術を基本としている。

外来で行う声帯内注入術は古くから行われているが内視鏡の発達や手技の改良によりより手軽に日帰りで行われるようになってきた。本稿では筆者が考案した屈曲したカテラン針を用いる手技についてのべる[,]。

1.手術手技

外来での声帯内注入術は経鼻内視鏡で声帯を観察しながら行う。麻酔は胃カメラや気管支鏡と同様4%リドカインの表面麻酔で行う。

ネブライザーで4%リドカインを吸入した後,直径4mmの経鼻内視鏡の鉗子チャンネルからリドカインを喉頭内腔に直接散布する。内視鏡の先端を声門下(気管上方)に挿入しても反射が起きなくなれば麻酔は十分である。

23G60mmのカテラン針を図4aのように指で屈曲させる。注入材料は通常シリンジ内に入った状態で販売されているためこのシリンジに針を装着し,上甲状切痕(いわゆる“のど仏”)の上方から針を刺入する。内視鏡で針先が声帯内に入るのを観察しながら注入部位注入量を決定する(図4)。針の刺入時と声帯への注入時に患者が痛みを訴えることはほとんどない。全身麻酔で注入を行う場合は過剰注入により時に声が悪化することがあるが,本術式では術中に患者の声を聞くことが可能でありそのリスクを軽減することができる[,]。

図 4 .

甲状舌骨間経由の声帯内注入術。

a)23G60mmのカテラン針をのど仏直上より刺入する。

b)左麻痺声帯へのCaHA注入。声帯突起を内方移動させるように声門後部を大きく膨らませる。この操作では披裂軟骨の生理的な内転は得られない。

2.注入材料

注入材料としては古くはシリコンが用いられてきたが現在は入手困難である。筆者が用いているのはヒアルロン酸(HA)とカルシウムハイドロキシアパタイト(CaHA)である。これら二つの材料は声帯麻痺に対する治療材料として欧米で広く用いられているものであるがわが国ではまだ医療材料として認可されておらず,個人輸入で入手している。

HAは最も効果の長いものでも4~6カ月で吸収され,CaHAのそれは平均で18カ月とされている[10]。先述のように何らかの理由で入院手術を望まない患者に対してはCaHAを用いることになる。図4bに注入術直後の喉頭所見を提示する。

一方HAはその持続時間の短さから回復の可能性のある反回神経麻痺に対して回復を待つまでの間に注入することができる。わが国では反回神経麻痺が生じた場合自然回復の目安である6カ月間経過観察とされることが多いが,その間患者はコミュニケーションの著名な低下と誤嚥に悩まされることになる。麻痺が生じた場合早期にHA注射を行えば自然回復までの患者のQOLは向上する。仮に回復せず永続的な手術を行うことになってもHAは吸収されているため手術の障害とはならない。麻痺の発症後早期に声帯内注入術を行うと,そうしなかった群に比べ有意に自然回復率が高まったとする報告もある[10]。

おわりに

最後に反回神経麻痺手術後の嗄声に対する披裂軟骨内転術と外来での声帯内注入術の特徴を表1にまとめさせていただいた。

表 1 .

披裂軟骨内転術と外来で行う声帯内注入術の利点と欠点

筆者の方針を簡潔に述べると

① 入院手術に耐えうる患者に対しては最も効果が確実な披裂軟骨内転術を第一選択とする。

② 入院手術に耐えられない,あるいは望まない患者に対しては,表面麻酔下に外来で声帯内注入術を行う。

ということになる。例外的に全身麻酔での手術や他の術式を選択することもあるが,患者のQOLを考慮した場合,当院ではこれら二つの術式のいずれかを選択することがほとんどである。

【文 献】
 

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